LGBT法案にまつわる混乱と恐怖
法令などの正式名称は、多くの場合かなり長ったらしいため、日常的に省略される──LGBT法案とか差別禁止法とか理解増進法とかいった具合に。
その結果、どの法のことを話しているのかすれ違ってしまうことがある。
先日、LGBT理解増進会のブログでもそのような例に触れられていた。
このような混乱は(完全に防ぐのは難しいものの)無為であり嘆かわしい。
それは確かだが、上記ブログには大きな問題が2つある。
今国会で『性的指向及び性自認の多様性に関する国民の理解増進に関する法律案』を成立させる正当性
『性的指向又は性自認を理由とする差別の解消等の推進に関する法律案』は本当に“廃案”になったのか
以下、それぞれ検討していく。
1◆今国会で『性的指向及び性自認の多様性に関する国民の理解増進に関する法律案』を成立させる正当性
>今国会で成立する見込みのある議連合意案(与野党合意案)〔中略〕は全文が見当たらない
そんなものを成立させるな、という話だ。
内容以前に手続きの順序として。
確かに上のブログ記事には全文が掲示されている。しかしこれでは参考にならない。
PDF等になっていない(後から書き換えられても分からない)
ブログに書かれているだけで理解増進会のページにも『性的指向・性自認に関する特命委員会』にも載っていない
衆議院にも参議院にも提出されていない
国会審議の記録もない
◇衆議院にも参議院にも提出されていない
上に引用した通り、衆参両院に法案としての登録が無い。
これだけでも問題には感じるが、仮に『システム的に登録が遅れているだけで、国会議員たちには同じ法案が回っていて、議論されている』のであればまだ納得はできた。
が、どうやらそういうわけでもない。
◇国会審議の記録もない
国会の会議録は、衆参どちらも次のページで検索できる。
『性的指向及び性自認の多様性』で検索しても法案としてのヒットは無い。表記揺れを懸念して『および』に変えても同様である。
(この検索システムも更新まで数日はかかることがあるが、執筆している2023年3月11日時点でも3月8日分までは反映されている)
……つまり、2023年3月8日以前には、オープンな場において全く議論されていないということだ。
これの成立にどうして賛同できようか。できるはずがない。
2◆『性的指向又は性自認を理由とする差別の解消等の推進に関する法律案』は本当に“廃案”になったのか
『性的指向又は〜』が、未だ成立していないことは事実である。
が、廃案になったというのは……?
少なくとも、今次国会(第211回常会)の議案一覧にはしっかり入っている(衆法55番)。
上のページの『議案提出回次』という項目に208回とある。
では、その208回国会での同法案の審議はどうなったかというと──『閉会中審査』という結果。
『閉会中審査』とは、平易な言い方をすれば『今回は決まらなかったので次回に持ち越し』だ。
とうに閉会している208回の議案一覧(特に『参法の一覧』)には『審議状況』が『未了』となっているものが多くある。
国会は原則として過去の内容を引き継がない(会期不継続の原則)ので、未了のまま終われば≒廃案と言えよう。
ただしこの原則の例外として、所定の手続きをクリアすれば次回の国会にも引き継がれる。
『閉会中審査』とはその手続きが通ったということで、そのことは国会会議録からも明らかだ。
第208回国会では次の通り閉会中審査と議決されている。
これを受けて今次211回でも、
何を以て“廃案”などと言われているのか? 廃されたものをわざわざ内閣委員会に付託などするのか?
3◆想像と恐怖心
ここまでは、なるべく誰もが確認できる事実だけに基づいて書いたつもりである。筆者の誤認はあるかも知れないが、読者の方にはそれを確かめうるはずだ。
対して以下は、筆者自身も確かめようのない想像である。
感情に基づいているし、陰謀論と言われればそうなのだが、個人的には『それならちゃんと否定して欲しい』と願うものだ。
現時点で、国会に提出されているのは『性的指向又は〜』であって『性的指向及び〜』ではない。
上掲のブログは“今国会で成立する見込みのある”のは後者と述べるが、だとしたらその実態が不明瞭なのだから恐ろしいのは当たり前である。無闇に恐れるなと言うならまず内容を明らかにして欲しい。
前回『未了』ではなく『閉会中審査』になった前者の方が、提出すらされていない後者よりはまだ実現に近い段階のようにも見えてしまう。
そして『性的指向又は〜』の内容には、筆者ならずとも強い不安を覚えるはずだ。
本稿では詳しく触れないが、“社会的障壁(日常生活又は社会生活を営む上で障壁となるような社会における事物、制度、慣行、観念その他一切のもの)”の“除去”について定めているのだから。
障壁となるような一切のもの。
この法案だけを読めば、『社会的障壁が除去される→女性スペースが侵犯される』と恐れるのはごく自然なことに思える。
そしてこちらは(少なくとも形式的には)現在進行形で審議中なのであり、非公式にただ“廃案”と言われてもハイそうですかと安心などできない。無用な不安だと言うならまず明示的に却下して終わらせてからだ。
民間のブログサービスを通じて“廃案”と書かれたところで、それを丸飲みに信用する方がよほど危なっかしい。
以上のような懸念がはっきりと拭われていない現段階では、“LGBT法案”に様々な(憶測も含む)不安が囁かれるのは当然の反応であり、むしろ『心配いらない』と断言する方が根拠に欠ける言説であると主張するものである。
以上
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