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資本コストについて思うこと -資本コストとROE-

資本コストはすごく分かりづらい概念だと思う。
「資本コストってなんですか?」って言われると非常に困る。

「WACCですよ!」とか答えればいいのだろうか。
じゃあWACCって?株主資本コストって?それってどうやって算定するの?ROEと関係あんの?資本コストを意識した経営って何?意味あるの?

考えるときりがないようにも思える。
ただ、わからない部分の多くは教科書的な話がほとんどである。ちょっと厚めのコーポレートファイナンスの教科書を読めば解決するはずだ。しかし更なる深みにはまることもある。

ここから整理。
資本コストは元々企業価値評価や投資判断における加重平均資本コストを指す。これは負債コストと株主資本コストの加重なのだが、使い方として後者のみを指す場合も「資本コスト」といわれる。株式価値を求めることを目的とした価値評価においては株主資本コストしか着目しないため、文脈によるとも言えよう。
企業価値評価の概念とは、つまり投資家が投資先企業の価値をどう見積もるかという話である。

企業価値算定における代表的な方法にDCF法がある。将来のキャッシュフローを予測して、それを割り引いて現在価値にする。予測された現在価値と、今見えている実現価値を比べて相対的な割高、割安を判断する。
この時用いられる将来キャッシュフローは、足元の数値を定数として使ったり、直近成長率を加味したものが使われたりする(キャッシュフロー計算には様々方法があるが、ここでは棚上げする)。
割引率については、加重平均資本コストを算出するなら負債と資本の両方が必要となる。負債は財務諸表データ等から調達金利を予測し、資本は株式の期待収益率で割り引けばよい。ということになっているはず。(内部の投資判断にWACCを使うなら負債金利はもっと予測しやすいだろう。)

さて、これだけでも突っ込みどころは多々ありそうだ。
たとえば、負債の利子も株式のリターンも将来的に変動するのにどうやって予測に盛り込むの・・・?という感じだ。実際には鉛筆をなめる部分も多いだろう。単純な方法では、たまたま足元に転がっている数字が将来も続くと思えばよい。
こうした問題を解決するために、これまでたくさんの頭脳が、さまざまな方法を考案してきた。将来の配当の予測誤差が現時点の株価を決定する、みたいな話も何かで読んだ気がする。

さて、資本コストの話に戻ろう。
ここからは特に株主資本コストに焦点を当てる。
先ほど、資本は株式の期待収益率で割り引けばよいと言ったが、これが難しいのだ。
株式のリターンといえば実現値だが、期待収益率は実現値ではなくあくまで期待値である。潜在的に投資家には要求収益率というものがあり、これを上回る期待収益率が見込める先に投資をする。
要求収益率=自分たちが求めるハードルレートは自明な数値だが、銘柄の期待収益率はよくわからない。単純に株式の直近リターン=期待収益率でいいのかというと、そうもいかない。前述の実現値、期待値の観点が理由のひとつ。さらに、ひとえにリターンといっても、絶対的なリターンだけでなく、ベンチマークとの相対的なパフォーマンスや、他の金融商品と比べて優れているのか、ポートフォリオのリスク・リターンが改善するのか、という視点も必要となる。つまりハードルレートも含めた定義の問題になる。そういうわけでシャープレシオ、トレイナーの測度、ジェンセンのアルファなど、さまざまな測定指標が登場している。ただ、今回はこれらも棚上げする。

株主資本コストの算出で良く出るのがCAPMである。CAPMはマーケットポートフォリオに対する銘柄の相対的なリスク・リターンをシンプルな式で明示できる。ただ、CAPMは現実世界での説明力は低いことが知られている。そもそもCAPMは完全市場を前提としているし、マーケットポートフォリオによる回帰もあらゆるリスク資産を前提とするCAPMの世界からは離れている。
他にもマルチファクターモデルなど様々方法があるが、結局完全な方法というのはない。これは不確実な将来を完全に予測することが不可能、という意味合いでもあろう。

説明力が低い、方法がないということは、その方法では結局銘柄の期待収益率がわからないということであり、投資家は困ってしまう。
そこで目をつけられたのがROEだ。ROEが少なくともハードルレート以上であれば良いだろうという理論づけがなされた。これがエクイティ・スプレッドの考え方である。エクイティ・スプレッドとはROEと株主資本コストの差のことで、まさに株主にとって価値の本源とも言える部分だ。株式の現在価値を残余利益モデルに書き下したときに現れる部分でもある。株主資本コストよりも高いリターン(ROE)がなければ、企業の価値は徐々に減っていくはずで、ゴーイングコンサーンの必須条件とも言えよう。

つまり、価値源泉の関係となる「ROE>株主資本コスト」と投資判断基準となる「株主資本コスト>要求収益率」という構図において、株主資本コストが見えないので「ROE>要求収益率」としているのである。
ほぼ不可能な株主資本コストの推計はいったん置いといて、実務的にROEを見始めたところはわかる。しかし結局のところ株主資本コスト推計の話は全然解決してないのである。これがもやっとポイントであり、資本コストの話がいきなりROEの話に置き変わるのである。

株主資本コストの推計には、CAPMに代表される株価データをベースとしたアプローチと、会計情報をベースとしてインプライドなコストを求めるアプローチがある。
次回は後者のアプローチを取り上げようと思う。

参考…
竹原 均[2019] 「マルチファクターモデルの実証的比較―自己資本コスト推定への応用上の諸問題―」 『証券アナリストジャーナル』57(3) p8-16
久田 祥子[2016] 「サーベイ論文:インプライド資本コストの推計方法と検証結果について」 『東海大学紀要政治経済学部』第48号(2016)p267-282
柳 良平[2013] 「Equity Spreadの開示と対話の提言」 『企業会計』65(1) p86−93

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