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倒木法について。

私がこれまでに武術で驚嘆し、感動したことが一度だけある。他のことは知識で予測ができたようなことばかりで、ことさら、驚嘆や感動というものではない。
さきに言ってしまえば、「倒木法(とうぼくほう)」のことなのだが、この「倒木法」という言葉は、そのことを知ったあとに知ったことで、ああ、あれは「倒木法」というのだったのだな、と分かった。
「倒木法」というもの自体は、珍しい技術ではない。単に、前方へ倒れる自然の力を利用した攻撃で、少々ウデのある者なら誰でもやっていることである。
では、その珍しくもない技術の何に驚嘆を覚えたか?

忘れもしない、二十代半ばのとき、私は当時付き合っていた彼女と同棲をしていた。私はその当時、独学で人体の歩行方法を学んでいた。そんなとき、今から約100年前のアムステルダムオリンピックのポスターを見る機会があり、「おお、この当時はまだ交差歩法ではなく同側歩法で走っている選手もいたのか!」と、知ったかぶりでいたのだ。
そんなとき、同棲の彼女が寝静まった夜、「同側型歩法の特長として、後足で地面を蹴るのではなく、踵に圧力を加重していき、つま先を上げ、前へ自然と倒れる力で歩き出す」という書物の一文を読んだ。
そこで自分はどんな歩き方をしているのだろう? と、カーペットの上を二三歩、歩いてみたのだ。すると気のせいか、書物の通りに同側型歩法の特長で歩いていたのだ。練習もしたことがないのに!
気のせいということもあるので、何回か繰り返してみたが、何回やっても同側型歩法であった。私は興奮して、寝ている彼女を起こして、怒鳴られたほどであった。

まあ、あとから考えてみれば、当時は、明治大正期の体育法である「肥田式強健術」もやっていたから、自然と体が同側型になっており、これも自然と「倒木法」で歩き出していただけなのだ。
とは言っても、武術人生40年、あの夜のような驚嘆と感動と興奮は他になかった。これからもないかもしれない。とにかく、不思議な夜であった。

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