曼陀羅先生が16歳でジャンプに載った読切『生まれた日に、』
前置き
『週刊少年ジャンプ』の発行部数は、1991年3・4号で600万部超えを達成しました。
さらに、1995年には653万部を記録。
その後は、『ドラゴンボール』の連載終了から部数を落としていきます。
てな感じで、90年代前半のジャンプは「600万部時代」でした。
その頃のジャンプは、メチャクチャ大勢に読まれていたハズです。
この『週刊少年ジャンプ』1992年38号も、そんな時期の1冊になります。
いちおう、当時の目次はこんな感じです。
それで、この号には「特別読切」として新人賞受賞作の掲載がありました。
第43回手塚賞入選『生まれた日に、』
当時のジャンプ読者でも、もう覚えていないかも知れませんが……。
個人的に印象深かった作品なので、今日は、その思い出を書いてみようと思います。
(手塚賞のこと)
手塚賞は、集英社が開催している新人賞です。
(ギャグ漫画は赤塚賞で、それ以外は手塚賞という感じになります)
一番評価が高いのは「入選」で、賞金は100万円でした。(現在は200万円)
手塚賞は年2回ですが、入選は「該当なし」になることが多いです。
最近だと、2007年下半期から2015年まで入選はなく、2016年上半期に「9年ぶりの入選」が出て、それから5年ほど入選がありません。
入選者は51年間で16人と、かなり「入選」を出し渋っている賞です。
ちなみに、赤塚賞は6人しか入選しておらず、その6例のうちの1つが『AT Lady!』になります。
「死んだぜ 生まれた日に死んだぜ」
そんな感じで、滅多にない「手塚賞入選」を果たしたのが、今日ご紹介する『生まれた日に、』でした。
手塚賞入選までいくと、受賞作は本誌に掲載されることが多いです。
(※特にそういうルールはなく、助野嘉昭先生などの例外もあります)
てことで、『週刊少年ジャンプ』1992年38号にて、『生まれた日に、』が掲載されたのでした。
たぶん、読者の多くはホップステップ賞と手塚賞の違いが分からないので、「手塚賞入選」と言われてもピンと来ないと思います。
なんか知らんけど今週は知らない漫画が載ってるな……くらいの認識で、気が向いひとだけがページをめくったのではないでしょうか。
すると、そこにあるのは「死んだぜ 生まれた日に死んだぜ 生まれた日に たったひとりで」という謎の開幕ポエム。
柱には、「16才の異才が描く」というアオリ文句。
この導入には、謎のインパクトがありました。
「16才」というフレッシュな響きに逆らうように、「曼陀羅」というペンネームと、ダウナーな雰囲気。
「心を見つめる目を持つ16才の異才」って、なんのこっちゃ……。
てな感じで、この読切、なんだか気になると思います。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?