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日本スーパードッジ連盟(コロコロ)vs日本ドッジボール協会(ボンボン)
前置き
『ドッジ弾平』のこと
『炎の闘球児 ドッジ弾平』は、1989年から『コロコロ』で連載した漫画です。
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「ドッジボールはガキの遊びではない!!」と叫んだ小学生が、ドッジボールをバカにした大人の顔面にボールを叩き込んで失神させるという、衝撃の第1話からスタート。
その後も、巨大な小学生たちが「がああっ!!」「きええっ!!」などと雄叫びをあげながらボールをぶつけ合ったりする、格闘球技漫画でした。
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上のコマは一見「顔面セーフ」ですが(そういう問題?)、『弾平』でやっていたのは普通のドッジボールではなく「スーパードッジ」なので、顔面にも当たり判定があり合法でした。
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執筆サイドとしては顔に当たってメガネが飛び散る方が「絵になる」という都合もあって、『ドッジ弾平』のボールはやたら顔面に当たります。
※異種スポーツ戦などを除くドッジの試合シーンに限って、154のヒット描写のうち、71が顔面でした。(私調べ。数え方による誤差などあります)
そうして、1991年~1992年には全47話のテレビアニメも放送。
ファミコン・スーファミ・ゲームボーイ・メガドラ・ゲームギア・PCエンジンなどでゲーム化も……。
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『ドッジ弾平』は1990年代序盤のコロコロの柱となり、連載は1995年まで続きました。
『ドッジ弾子』はじまる
その連載終了から、27年。
時代は移り、ネットやスマホの普及によって漫画の読まれ方も変わっていくなか、『コロコロ』の無料Web漫画サイトも誕生して……。
そこに『炎の闘球女 ドッジ弾子』が現れました。
これは、弾平の娘や、弾平の親友だった珍念の娘が活躍する「正統続編」。
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さっそく、珍念の娘が珍子であることが話題になっています。
(前作とは微妙にコンセプトが違う漫画になりそうですが、『ぷにる』の好評などを踏まえて、大人になった『弾平』世代をターゲットにした「Webのコロコロ」での企画としては、たぶん正解なのだろうと思います)
「スーパードッジ」のこと
ところで、『弾平』がやっていたスーパードッジは、「日本スーパードッジ連盟」の公式ルールで行われるスポーツでした。
しかし、現在では「日本スーパードッジ連盟」の活動は停止しているように思われます。
いちおう、東村山市で1995年に始まったスーパードッジの大会が恒例行事になったまま令和まで続いていたという怪談もありますが……。
「連盟」は、遅くとも2002年には活動する気を失っていたようです。(詳細は後述)
なので、『ドッジ弾子』で「スーパードッジ」をどういう扱いにするのかは、ちょっと気になっています。
(スーパードッジという名前は出さないけど、スーパードッジのルールでやっていく感じ…? 個人的には東審判長の孫娘の登場に期待したいです)
※東審判長……日本スーパードッジ連盟理事長・東正樹さんが『ドッジ弾平』に出演した姿。通称クソジャッジおじさん。
「連盟」と「協会」
さて、『弾平』が連載していた頃の「日本スーパードッジ連盟」は、「日本ドッジボール協会」とドッジボール界の公式争いをしていました。
そして、『弾平』が圧倒的に人気だったにも関わらず、現在では「日本スーパードッジ連盟」は消えて、「日本ドッジボール協会」がスタンダードになっています。
その「連盟」と「協会」の歴史については、資料ごとに食い違う記述も多いですし、たぶんみんな覚えてない気がするので、今日は、その辺を私なりにまとめてみようと思います。
それぞれの始まり
スーパードッジ爆誕
『コロコロ創刊伝説』によると、『コロコロコミック』がドッジボールの企画に着手したのは1988年。
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読者アンケートの「好きなスポーツ」の1位だったことで、平山隆編集長がドッジボールに目をつけて……。
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利田浩一さんを担当に指名したそうです。
※勝手な想像ですが、1988年7月に発売された『熱血高校ドッジボール部』ファミコン版の影響も、全くなかったことはないだろうと思います。
そうして、『ドッジ弾平』という漫画の企画がスタート。
それと並行して、ドッジボールの統一ルールを作って、コロコロが公式大会を開くという企画も進められました。
『スーパードッジ誕生秘話』(1991年5月号掲載の読切)によると、こんな感じで会議していたそうです。
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それから、増刊号の「スーパードッジボールギャグまんが」の読切などを経て……。
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1989年10月に『ドッジ弾平』の連載がスタートしました。
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※「日本初のドッジまんが!」というのはもちろんウソで、
・1981年から『別冊コロコロ』で連載した『ドッジ球太』
・1985年から『4年の学習』で連載した『がんばれ!! ドッジーズ』
・1987年から『コミックバーガー』で連載した『爆裂ドッチャー・銀』
といった前例はありました。
ちなみに、『ドッジ弾平』開始号の読者アンケートでは、抽選で『熱血高校ドッジボール部』をプレゼントしています。
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そんなこんなで、『コロコロ』で「スーパードッジボールまんが」の連載が始まりました。
その後は予定通り、1990年5月に「第1回スーパードッジ子どもの日大会」を開催。
8月には「第1回全日本スーパードッジ選手権大会」も実施します。
「なぜ、勝手にルールを作ることができるのか。それは『スポーツのルールは、その競技者の間で統一された団体が決めるもの』(文部省生涯スポーツ課)であり、ドッジボールには、そういった団体が過去、設立されなかったからだ」
ボンボン参戦!
そうして、小学館の『コロコロ』1989年11月号で『ドッジ弾平』が始まってから、半年ほど後のこと。
講談社の『ボンボン』1990年5月号で、『爆風! ドッジボール』という連載がスタートしました。
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正直、第一印象としては、清々しいほどの便乗パクリ企画に見えました。
しかし、この『爆風ドッジ』は、「日本ドッジボール協会(J.D.B.A)」の公式ルールに基づいていると謳っていました。
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漫画の中でも、主人公たちは「J.D.B.A公認 ドッジボール全国大会」なるものに参加して、勝ち上がっていきます。
「日本ドッジボール協会(JAPAN DODGE BALL ASSOCIATION 略称・J.D.B.A)は、全国統一ルールの確立と普及をめざして活動している団体だ。ボンボンに連載がはじまった、『爆風! ドッジボール』もJ.D.B.A.の公式ルールを採用して、ゲームをすすめていくぞ!」
(J.D.B.Aのルールは「顔面セーフ」も採用しており、スーパードッジよりも普通のドッジボールに近いものでした)
「連盟」の誕生
「日本ドッジボール協会」の出現に、『コロコロ』編集部は驚きます。
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この時点(1990年4月)までに、『コロコロ』は「スーパードッジ熱血宣言」を行っていたのですが……。
「コロコロコミックは、今、この瞬間に『スーパードッジ熱血宣言』を大々的に発表する! 『スーパードッジ』とは、コロコロがこれからみんなに提供していく、新しい『ドッジボール』の呼び名」
「コロコロは『スーパードッジ企画』を超強力に推し進めていく!」
「ドッジボールには、現在、全国的な統一ルールが存在していない。これでは大会が開けない! というわけで、コロコロ公認の『スーパードッジ標準ルール』の大まかな内容も発表する!」
と、スーパードッジは、あくまでも『コロコロ』という雑誌の企画でした。
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連盟とは「コロコロスーパードッジ連盟」であって、
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「スーパードッジはコロコロ独占企画です!」と、あのマッスル北村さんも言ってました。
※マッスル北村さん(ボディービルダー)は当時『コロコロ』誌上で「スーパードッジマン」というキャラを担当。
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