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ジョージ秋山伝説 その2 ~『耳鳴りのする朝』『ラブリン・モンロー』など~

この記事は、こちらの続きになります。

 ※このページには、ジョージ秋山先生の漫画『耳鳴りのする朝』『戦えナム』『俺の青春』『ギャラ』『SEXドクター尖三郎』『シャカの息子』『海人ゴンズイ』『ラブリン・モンロー』のネタバレがあります。

※2020年6月に書いたnote記事が公開停止になったため、問題があったと思われる画像を修正して、無料記事の形で再公開いたします。
(連続した記事の一部なので読めないままにしておくわけにもいかず、このような措置とさせていただきました)

 

『新・日本列島蝦蟇蛙 耳鳴りのする朝』

ジョージ秋山先生は、1975年から、『平凡パンチ』で『耳鳴りのする朝』を連載します。

当時、ジョージ先生は32歳。
『耳鳴りのする朝』の主人公も「32歳の漫画家」で、ジョージ先生ご自身がモデルだと思われます。

32歳のジョージ先生

作中のジョージ先生は、幼少期によく分からないまま友達のチンコを握らされたり、飼っているウサギにカジモドと命名したり……。(※『ノートルダムのせむし男』の名前)

「もともと理由なく生まれたんだから」
「黒人と白人がやりゃあ人間が生まれる」
「野坂昭如さん あんたは世間知らずだよ」

などと、いつものジョージワールドが展開されました。

それから、いとこの女子中学生をあずかることになったジョージ先生。
相手は親戚の子供ということで、「兄妹のように接するだけだからOK」という理屈で、彼女をヒザの上に座らせたりします。

この辺で、『平凡パンチ』の編集者も思うところがあったのか、扉ページのコピーを「長編連載劇画」から「新中年インポ妄想劇場」に変更します。

そして、ジョージ秋山先生は、中学生の放尿を顔面に浴びたあと、女体化した自分がオッサンに抱かれる想像をしながらボンヤリ歩いているところを、はねとばされて死亡。

情事秋山という墓の上でカエルがセックスしているというラストを迎えました。ゲコゲコゲコゲコ。

いとこの女子中学生との関係は放り投げられたまま。
これは単なる「新中年インポ妄想劇場」だったのか、もっと深い何かなのか……。

この漫画、なかなか単行本化されなくて、『平凡パンチ』のバックナンバーで確認するしかないマイナー作品でした。
しかし、2001年に初単行本化。いまは電子書籍化されていて、自宅から一步も動かずに330円で読めてしまいます。

 

『戦えナム』

1976年~1977年に『マンガ少年』で連載したのが、『戦えナム』です。

アレキサンダー南無という坊主が、弟子と2人で旅をする物語。

「わたくしはいまだ悟りなく 悪を許すことができない わたしにできるのは悪をほろぼすことだけだ」

ということで、基本的には、王道の勧善懲悪モノに挑んだという感じです。

この作品が、ゆでたまご先生の『闘将!! 拉麺男』に影響を与えたのではないかと言われることも多いです。(なんとなく似ているので

この悪役は、ナムの手刀で頭を吹き飛ばされます。

その後、「私は食べ物のために心を売ったんです」という女性に、「生きようとする本能がそうさせたのです。この世の中であなたをせめる資格のある人間なぞ一人もいません」と断言するアレキサンダー南無でした。

ちなみに、ナムは純情で、女性の色気が弱点なのですが、頭にゾウリを乗せると復活します。

 

『みんないきてれら』

1977年、『アパッチ』という雑誌に、『ジョージ秋山の絵ッセイ みんないきてれら』が連載されました。

このコーナーは、梶原一騎先生の人生相談『青春一騎打ち』と並んで掲載。
梶原一騎先生が「アホ上司はブン殴れ!」と説教してくるページをめくると、ジョージ秋山先生が、

「その晩、オイラ、旅館に泊まって、女呼んだの。これがまあ、ひどい女でね。人間とは思えなかったのね。でも、やったの。そして、女が帰ったあと、目からとめどもなく涙がこぼれ落ちたのでごじゃります」

などと力の抜ける話をしてきて、合わせ技で気が狂いそうでした。

 

『俺の青春』

ジョージ作品には、「母親」「ブ男」「生まれてこなければよかった」「カネ」など、いくつかの重要な題材があります。
そして、1972年の『日本列島蝦蟇蛙』あたりから、「性愛」というのがジョージ作品の大きな柱として出てきました。

たとえば、1977年の『俺の青春』(パワァコミック連載)は、隣に美女が引っ越してきたところからスタート。
しかし、ブサイクな主人公は、その美女とは本当に何の進展もせず、手近なブサイクと出来ちゃった結婚をして終了します。

お色気漫画のくせに、美女との恋愛はまったくナシ。
しかし、オナニーするばかりの主人公が、ブサイクと結婚することで『銭ゲバ』や『ばらの坂道』の主人公が自殺する前に夢想していた「平凡な家庭を作って幸せになる」というラストに到達できていたりして、救いがあるのかないのか、よく分からない作品です。

 

『ギャラ』

1979年の『ギャラ』は、容姿が悪くて家族にも嫌悪される少年が、謎の美少女に言い寄られるところからスタート。
ところが、美少女の正体は女装した美少年でした。
彼に導かれて、主人公は『銭ゲバ』のようになっていきます。

そうして、金を返せなかった女性を裸に剥いて屈辱を強いて楽しむ、キモメンとイケメンのホモセクシャルな愛……。
尊属殺人! 金! サド! 同性愛!
ジョージ先生は『少年キング』読者の性癖をどんだけ歪ませたいのか……という作品でした。

最後は、主人公の醜さを問題にしない盲目の少女によって、主人公がいちおうの救いを得て終了。
このタイプのジョージ漫画で、主人公が「虚栄と快楽と打算ではない女」に救済されるのはレアケースです。

(ただ、やや駆け足のラストですし、これがジョージ先生のたどりついた「答え」なのかというと、微妙です)

(ジョージ先生の別作品『デロリンマン』では、デロリンマンの容姿を気にせず接してくれた盲目の優しい少女が、手術で目が見えるようになると、デロリンマンを見て気絶してしまうというエピソードがあります)

1981年の『ストップ!! ひばりくん!』よりも早い女装少年ものというだけでも、なにげにスゴイ漫画でした。

『ギャラ』は、銭ゲバ系ジョージ作品の最高峰といわれることも多く、ジョージファンのあいだでは非常に人気があります。
2019年から、小林拓己先生の作画によるリメイク版も描かれました。

現代風に言うと『クラスから追放された僕が、僕のことを大好きなチート女装美少年の色気と財力で女たちに復讐する』みたいな話なので、なろうで受けそうな要素モリモリに聞こえなくもないです。
(まあ、リメイク版は「第一部完」で終わってましたけど…)

 

『SEXドクター尖三郎』

1980年から、『プレイコミック』で『SEXドクター尖三郎』を連載。
主人公の医者が、絶頂すると透視ができる能力を使って、殺人事件を解決しつつ、麻酔注射を投げまくるという話です。

女性器の愛撫の仕方・オギノ式避妊など、具体的なセックスマニュアルに分量を割いており、ジョージ先生が色々な角度から「セックス」に向き合っていることがうかがえます。
愛のない『ふたりエッチ』と言えないこともないかも知れません。

事実上のメインヒロインは実妹なのですが、一線を超えることなく終了しました。

 

『ピンクのカーテン』

1980年に始まった『ピンクのカーテン』(漫画ゴラク連載)は、実の兄妹の近親相姦などを含む物語。
愛とセックスと出産はつながっていないのでは……といった感じのアレです。

それにしてもピュアな悩みです…

※「兄妹もの」について

「兄妹もの」としては、あだち充先生の『みゆき』(少年ビッグコミック 1980年17号~)が、少し早くスタートしています。
あと、近親相姦のある漫画としては、手塚治虫先生の『奇子(あやこ)』(1972年~)にも、実の兄妹がセックスしながら星空へトリップして「にいちゃん愛してる」な場面があります。

永井豪先生の『ハレンチ学園』第2部(1970年~)でも、主人公の実妹が、「おにいちゃんの横でねていい?」と兄と同じ布団に入ったり、兄がノゾキに向かったときに「マミちゃんのだったらいつでも見せたげるのに」と寂しそうにつぶやいたりした挙げ句、結婚する兄の「二号さん」になると宣言。

あと、テレビドラマの『赤い疑惑』(1975年~)とか、70年代にもいちおう、それなりに兄妹ものはありました。

『ピンクのカーテン』は、どのページを開いても女性の裸ばかりのエロメインの漫画でした。
それ以外にも、80年代のジョージ作品は、『超人晴子』(82年)、『フィッシュ・ラーゲ』(85年)、『恋子の毎日』(85年)、『うれしはずかし物語』(86年)など、青年誌のお色気漫画のイメージが強かったです。

個人的には、ジョージ先生にエロを求める読者は存在するのかというのは、少し謎なのですが……。

『ピンクのカーテン』は、日活ロマンポルノになったり、エロアニメになったりと展開。
2009年になって蒼井そら主演のAVが作られたほどで、やはり、エロス需要があるらしいのですよね。

 

『シャカの息子』

80年代は「青年誌のお色気漫画家」のイメージが強かったジョージ先生ですが、少年誌にも描いておられました。
たとえば、1981年に『少年ジャンプ』で連載した『シャカの息子』

大金と権力と美女と暴力とカリスマを持った「シャカの息子」という人物が現れて、壮大な計画を始めようとしたら、唐突に撲殺されて終わる漫画でした。

「クローン人間」や「ナチスのUFO」など、数々の伏線は放置。
そもそも、どうして「シャカの息子」と呼ばれているのかも謎のまま。

「えっ これで終わり?」感はジョージ作品の中でも最上位クラスで、こんだけ作者が何をしたかったのか分からない感覚もスゴイです。

シャカの息子が乗っているナチスのUFO(意味不明)

 

『海人ゴンズイ』

1984年、『ジャンプ』に戻ってきたジョージ先生は、『海人ゴンズイ』を連載します。

『マンガ地獄変』のジョージ秋山特集では、「ジョージ秋山の輝かしいキャリアの最底辺にそびえ立つ大駄作」。

『ジャンプ』の編集者・西村繁男さんによると、「全然面白くない。少なくともジャンプの読者からの人気は最下位だった」。

……などなど、『シャカの息子』と並んで、ジョージ先生の謎漫画としてボロカスに言われている作品です。

物語は、沈没した奴隷船から生き残った黒人の子供が、流刑になった罪人たちの島に漂着するところからスタート。
その島には、自分の子供の死を受け入れられずに狂った母親がいて……。

こうして死体が骨になったあと、漂着した黒人の子供を自分の赤ちゃんだと思い込んで育て始めます。
……という冒頭は面白そうでした。

そのあと、ウツボやボラやカマスと戦って、友達を増やして、終わり。
どうでもいいエピソードからヌルリと終わるクソさ
には、一見の価値が……ありません。

ただ、ゴンズイの口癖「アチョプ」「マウマウ」の謎の響きが、読者の心に残ったり残らなかったりしました。

これ以降、ジョージ秋山先生が少年誌に連載することは、ほとんどなくなりました。

いちおう、1985年の『フランケンシュタインシンドローム少女』(マガジン・ノン)、1995年の『ドブゲロサマ』(少年ガンガン)などがあります。

 

『くどき屋ジョー』

1986年、『くどき屋ジョー』の連載が始まり、毒薬仁(どくぐすり じん)という敵が登場します。

「オリはよう」と喋る、容姿や学歴にコンプレックスを抱えた非モテ男。
このキャラクターが強烈で、ジョージ作品を代表するキャラのひとりと言われるようになります。

毒薬は、『恋子の毎日』や『極道の娘』など、ほかのジョージ作品にも出演。
1995年には『スンズクの帝王 オリは毒薬』という、毒薬を主人公にしたスピンオフも連載しました。

後年、『電波男』の本田透さんが『しろはた』というテキストサイトで、
「オリはよう、オリは、ただキモメンに生まれただけじゃにーかよう!!」
などとオリ口調で叫んでいたのも、毒薬リスペクトです。

 

『聖豚女伝説ラブリン・モンロー』

1989年~1993年に『ヤングマガジン』に連載したのが、『ラブリン・モンロー』でした。

ジョージ先生いわく、「動物の姿を借りて太平洋戦争について描いた」という作品で、ナチス統治下のような世界を描きます。

基本的には、いつもブタがオオカミにレイプされている漫画という印象。

『アシュラ』では人肉食が問題になったけど、豚肉を食うシーンならOKなんだろう? という感じにブッ込んできます。
しかし、これもまた、90年代前半の「有害コミック騒動」に巻き込まれてしまうのでした。

主人公のラブリンは娼婦ですが、セックス中に解脱するようになって、なんか仏顔になります。

そして、ラブリンの影響を受けて出家するオオカミが出るなど、ラブリンが聖豚女になっていく……という感じでしたが、連載終了。

『ラブリン・モンロー』で描こうとした精神的な世界は、90年代の悟り系ジョージ作品につながっていくことになります。

 

つづく

そんなこんなで、性愛ものを大量に描きながら、少年誌からフェードアウトしていった、1970年代後半~1980年代の話でした。

その後、ジョージ先生は瞑想による悟りに至って、宗教書みたいな漫画を描いたりするのですが……。
その話は、次のページでさせていただきます。

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