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『静かなるドン』の新田たつお先生が16歳~17歳で『週刊少年ジャンプ』『週刊少年サンデー』に載った作品群

前置き

8月5日に更新された『邦キチ! 映子さん』が、『ビッグマグナム 黒岩先生』の話題でした。

『ビッグマグナム 黒岩先生』の作者は、新田たつお先生。
その代表作は『静かなるドン』で、1988年から2012年まで連載して、単行本は全108巻も出ました。

『静かなるドン』:普段は冴えないサラリーマンだけど、実は広域暴力団の総長で……みたいな話。新田たつお先生が35歳~59歳で連載。

新田たつお先生が本格的に活動を始めたのは、21歳のころ。
『月刊少年マガジン』1975年10月号から1年ほど、『台所の鬼』という漫画を連載したのでした。

 

16歳で『ジャンプ』『サンデー』に掲載

しかし、実はそれ以前にも、新田たつお先生は高校時代に『ジャンプ』や『サンデー』の新人賞に入っています。

たとえば、『週刊少年ジャンプ』の月例賞「ヤングジャンプ賞」では、本名の「島田好晴よしはる」名義で、1970年6月期に佳作を受賞。

週刊少年ジャンプ 1970年34号

これが52年前のことで、当時、先生は16歳でした。

『ヤングジャンプ』という雑誌の創刊は1979年で、当時は『少年ジャンプ』の月例賞が「ヤングジャンプ賞」でした。
(※この時期は「新人漫画賞」という別の月例賞も同時に存在していて、混乱しがちです。西村本や後藤本でも、「新人漫画賞」が手塚賞になってから1971年に「ヤングジャンプ賞」を新設したみたいな書き方ですし…)

ともあれ、新田たつお先生が「ヤングジャンプ賞」の佳作に入った『日本ヒッチャカメッチャカ家族』は、『週刊少年ジャンプ』の1970年41号に掲載されています。

また、近い時期に、「島田よしはる」名義で「第3回少年サンデー 新人まんが賞」にも入選。
受賞作『母と子の詩』が、『週刊少年サンデー』1970年36号に掲載されています。

そんな感じで、新田たつお先生は、16歳にして『週刊少年サンデー』1970年36号と『週刊少年ジャンプ』1970年41号に掲載という、ビッグマグナムなデビューを飾っていたのでした。

 

17歳だった!

それから、1970年8月期の「ヤングジャンプ賞」でも佳作に入ります。
受賞作『うちブスちがう』が、『別冊少年ジャンプ』1971年1月号に掲載されました。

たぶん「島田よしはる作品」で一番ヤバい漫画

その後、『週刊少年ジャンプ』本誌の1971年12号に『公害坊や…』という新作読切も載りました。

さらに『週刊少年サンデー』でも、1971年31号~35号で『ノンちゃん大旋風』を連載しています。

1971年31号

たぶん、これが新田たつお先生の初連載かと存じます。
17歳の現役高校生で『週刊少年サンデー』連載は、ちょっとスゴいです。

 

補記

Wikipediaの「新田たつお」のページを見たところ、先生の高校時代の活動について、載っているのは『母と子の詩』のことだけでした。

他の漫画家情報サイトでも、『母と子の詩』の次は『台所の鬼』という感じで……。

どうやら、『日本ヒッチャカメッチャカ家族』や『ノンちゃん大旋風』については、ネットでは全然知られていないらしいです。

(Googleで検索すると、2022年8月29日現在、"日本ヒッチャカメッチャカ家族"が7件

("ノンちゃん大旋風"が5件という感じです)

と、「初期新田たつお作品」については、思った以上に知られていない気がしたので、無料部分でざっくり書いてみました。

以下は、それらの作品の内容とかについて、もう少しだけ紹介させていただきます。

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