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明日の心配をしない

心配なことがある。そう相談したら書き出してみるといいよと言われた。

自分の不安や心配ごとを書き出すことで、心の中でジャグリングをしていた10個以上の心配事が3つくらいに減るらしい(伝聞)。確かにそうだ。進級試験も「習った範囲全部」と言われたときはゲロ吐きそうになるが「メジャー科のみ。マイナー科は出ない」とか「循環器・呼吸器・消化器が熱い」とか、なんなら「114回がめちゃ出る、これだけ抑えとけ」ぐらい焦点が絞られればなんとかワンチャンいけそうな気がしてくる。

①病気が治りが遅い気がする。本当に治るのか不安。

②彼氏への生活面での負担が心配。

心配ごとは以上である。書き出してみたらなんてことはなかった。自分はこの2つをアワアワしながら左右何度も見比べて100個くらいあると思い込んでいたのだ。(あときりがない細かいことがあるにはあるが、小数点以下みたいなものなので切り捨てることとする。)

①について。これは主治医の先生も彼氏も大丈夫と言っている。治るか不安なのは、わからないから。心の病は血液検査のように簡単に数値化できないので、自分では判断できないのでわからないのである。しかし自分より診療経験が長く、社会経験もあり、親身になってくれる人が2人も大丈夫と言ってくれるのだ。自分の考えより確実にエビデンスレベルのグレードが高いとみてよい。

②について。これは何度も(体感100回くらい)彼氏に聞いたが「人生そういう時もある。大丈夫だよ。なんなら専業主婦になってもいいんだよ。贅沢はできないけど、2人で暮らしていく分だけの稼ぎはあるよ」としか返ってこないので、議論の余地なし。

そういえば自分は以前「将来は立派な臨床医になって、研究する彼氏を支えて生きていく」ことを目標としていた。休職した時にそれを彼氏に話したら「えっ」て言われた。彼氏は私にそんなこと1ミリも望んでいなかったのである。そう、自分は周囲の人間に「研究者と結婚するなんて大変」と言われ続け、いつの間にかそれを克服しようと勝手に頑張っていたのだ。でも実際彼氏が望んでいたのは「2人で幸せに生きていく」というとても単純なもので、稼げる方が稼げばいいというスタンスだった。仕事を休んで、彼氏と話すことで、要らないものを持っていたことに気づけたのだった。

こうして、勝手に背負っていた荷物が1つ休職中に下ろせた。

今回議題に挙げた2つの心配事も、すぐにはおろせなさそうではあるが、そのうちなんとかなると願っている。今日明日頑張ってなんとかなる案件でもないし、持っているだけでもなかなかしんどい。だからちょっと横に置いてみて、いけそうだったら手放す。荷物が減ったら、身軽になれれば、きっとたくさん動けそうだし、心配や不安に割いていた心の労力ももっと違うことに使えるかな。

思えばずっと、明日を心配しながら眠りについていた。

明日のテストは大丈夫かな。明日の病棟の患者さんの指示出しは大丈夫だったかな。明日の私は元気になっているかな。

心配してどうにかなる案件なら好きなだけ心配すれば良いが、大抵の場合どうにもならない。どうにもならないことは、どうにもならない。私の心配も私が心配してもどうにもならない(念押し)

もし明日を少しでも安心して、できるならちょっと楽しみにして眠りにつけたら、夜中起きる回数も減るんじゃないかな、と思う。

明日のお昼は大好きなテリヤキバーガーにしよう。

おやすみ。

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