【教育×小説】本質研究所へようこそ(10)【連載】

■第三章 花見をする

初めて研究所に行った日から数日後の土曜日、グループLINEが入った。
「明日の日曜日、花見をします。13時に法明寺に集合。飲み物持参でね☆」

唐突である。所長の思いつきでいろんなことに誘われるというのはこういうことか。別段桜を見たいというわけではなかったけど――というかいつでも見られるし――、ちょうどこの日は休みだったし、家も近いし、せっかくなので参加することにした。もしかしたら研究所の他のメンバーも来ているかもしれない。

法明寺というのは、雑司が谷の鬼子母神の近く、研究所からも目と鼻の先にあるお寺で、周りに桜の木がたくさんあってちょっとした花見スポットとなっている。花見シーズンには屋台が出ていたり、昼間には近所の幼稚園生やインターナショナルスクールの子どもたちの散歩コースにもなっていた。

チロウが約束の13時に到着すると、そこではすでにシートを敷いて宴会が始まっていた。といってもお酒を飲んでいるわけではなく、スナック菓子にチョコレート、ジュースやお茶といったような健全なものだ。所長とユキ、そしてもう一人、小学生と思われる女の子がいた。

所長がチロウに気付くと「やあやあ、チロウくん。よく来たね」と声をかけてきた。
「あーチロウ!」ユキが大声で名前を呼んだ。ユキはいつでも明るく、誰とでも絡んでいく外交的な性格だ。チロウは嬉しさと照れくささが入り混じった、何とも言えない気持ちになる。
「おじゃまします」そう言ってシートに座ったとき、小学生の女の子と目が合った。
「こんにちは」軽く挨拶をすると、その子も礼儀正しく頭を下げて「こんにちは」と返してくれた。
「紹介するよ。こちらはマオちゃん。小学5年生。ダンススクールや英会話教室、公文式で鍛えられているスーパー小学生だよ」
そうか、小学生もこの研究所に通っているのか、とチロウは思った。身体はすらっとしていて、丸顔でいかにも幼く見えるが、その顔つきは凛とした聡明さたたえている。
「チロウです、よろしくね」
「よろしくお願いします」

この日は朝から良い天気で、絶好の花見日和だった。
「どうだい、満開の桜は。心が洗われるだろう」
「本当、気持ちいいね」そう言いながらユキはスターバックスで買ってきたらしいクリームたっぷりのカフェラテらしきものを飲んでいる。
「ねえねえ、ジュース飲んでいい?あっ、そっちのチョコ頂戴」マオはまずはお菓子といった感じだ。
「そうですね」チロウは同意する。もちろん桜は綺麗だ。特に近くで見るとその勢いに圧倒される。だけど家のごく近所だし、別にそこらへんを歩いている時だって見ているわけだし。花見というものをどう楽しめばいいのか分からない、というのがチロウの正直なところだ。

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