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日本社会のしくみを考える(読書部)

人口動態をテーマにしたプロスクール読書部の課題図書の最後の本は「日本社会のしくみ 雇用・教育・福祉の歴史社会学 (講談社現代新書) 」、優しい文章にはなっていますが600ページほどあるこの新書は、読みごたえがあり、丁寧に今の日本の社会が形成された経緯とともにその仕組みを説明しています。読み進めていくと今まで学んできたことや違和感を感じてきたことが体系的につながるような感覚があり、とても面白い本でした。

正社員が減って非正規雇用が増えたのではない?

欧米は実力主義で、日本は大企業が強く新卒採用が主流、近年は非正規雇用が増えて問題になっている、というようなことは多くの人が聞いたことがあると思います。でも何が問題なのか、なぜそうなったのかの経緯までは知らない人も多いのではないでしょうか。
本書の冒頭で現状に触れていますが、正社員の割合は30年前も今もそんなに変わっていないことがかなり驚きでした。正社員が減って非正規雇用になったのというよりは、地元型(自営業)の減少により、非正規雇用が増え、社会保障から漏れてしまう人が増えていることでした。そしてそれは、地域に被雇用者が増え、消費も地域外に奪われ稼ぐ力を衰退させることにもつながります。これはいわゆる地方創生やまちづくりにもつながる内容ですが、今回は日本社会の一員として、組織に属する立場として、思うところをまとめてみました。

いまの日本社会の仕組みを作っていったもの

日本の社会はどのように形作られていったのか。本書はかなりのボリュームなので全体を要約するのは難しいですが、具体的な事例と共に以下の内容が説明されています。

・欧米型雇用では、「職務」に応じて人を採用するが、日本型雇用は「職能」を基準として、会社に属したあと職務が与えられる
・日本型雇用の最大の特徴は、人材の評価基準が会社の外部にないこと
・欧米では、横断的基準欧米では、同じ職務であればどの企業でも同じ賃金を求めることができる横断的基準があり、また職種別の労働組合があるので、労働者からすれば、転職や中途採用など横の異動が容易
・日本は大企業に入るには新卒採用以外に門戸は狭く、会社の中でのみの評価を受けるので、横の異動は簡単ではない
・潜在的な能力(学歴)や、社内でのがんばりが評価される
・日本型雇用が「就職」というより「就社」だ、と言われるのはこの特徴から来ており、「就社」するときに評価されるのは、長期的な経営を支えるため職務に対応する潜在的能力であり、その基準となっていたのは学歴であった(欧米のような横断的な基準がなく、学歴しかなかった)

自分が社会の中で経験しているのは雇用される側のほんの一部ですが、こういった仕組みを少しでも理解できると、色々と腑に落ちることもありました。
終身雇用や年功序列の仕組みは、戦前には日本以外にもあり、戦後にも欧米でも採用される動きがありました。欧米と日本で違いが出てきたのは、様々な経緯が重なった結果ですが、欧米は職種ごとの組合などがもともと強く横断的な基準を求める動きがあったのに対し、日本には職種別の組合などがなく、また会社による社員の平等(安定的な雇用)を求め、終身雇用や年功序列、定期的人事異動などの経営者側の条件を受け入れた、ということが主な理由のようです。

経済成長期にはよかった

今の日本の大企業や公的な組織が悪いということではなく、これらは戦前からの日本の状況や、歴史的経緯によるもので、大企業や行政が主導していた経済成長期には、組織の経営のためにはある程度合理的な仕組みであったと言えます。そのために大学が学歴というもので潜在能力を保証する必要もあったと言えます。欧米型の雇用にも、自分の能力を上げるため大学院にいくような学歴競争があったり、格差の拡大など、いいことばかりというわけではありません。
ただ、今の日本においては、経済成長期はとうに過ぎ、団塊ジュニアの世代から管理職のポストが足りなくなっています。また、国際化にともない作業の人件費を海外の人材雇用で抑えることができたり、技術の発展によりベテラン作業員が必要のない仕事も増えてきました。人口減少が進展する今の日本社会では、行政の役割も変わり、人手が必要な公共工事やインフラも縮小していく段階にあります。今までの仕組みでは対応ができなくなってきたということです。

日本社会のこれからに何が必要か考えてみる

終身雇用の組織に属していても、戦後の日本型雇用の限界を多くの人が感じていたり、老後の不安がぬぐえなかったり、AIに乗っ取られるのではないか、自分の仕事がなくなるのではないかと不安になるのは、日本型雇用の組織に適応できている人材だからこその悩みとも言えます。ただ、人事異動が多く、汎用的な能力やがんばりが評価される状況では、個人の専門能力は上がらず、意欲も上がらず、それがいずれ組織全体の衰退につながります。
日本でも今までに成果主義を単独でに取り入れようとして、それも失敗していますが、本書ではその理由として、人事考査や昇進などの評価基準が不透明であることが、社会の仕組みの改革を失敗させてきたとしています。(以下引用)

…1990年代に、各人の職務が不明確な状態のまま「成果主義」や目標管理を導入した。しかも、職能資格による社内等級はそのままだった。そのため、管理職の賃金が高い構造が維持されたまま、中堅レベル以下は職務が不分明なまま目標設定や裁量労働を強いられた。
 それにもかかわらず、この会社が「成果主義」を導入したのは、バブル期に大量入社した中堅層の賃金抑制が目的だったからだった。こうした「成果主義」の導入は、若手・中堅層の指揮を低め、彼らの離職率が上昇した。さらに抑制された賃金を補うため、残業代を目的に職場に居残る社員が増え、かえって人件費は二割近く増加してしまった。

出典:「日本社会のしくみ」P542 より

安易にコストカットしようとして、逆に人件費がかかるという、わかりやすいエピソードでした。やはり、回り道のように見えても、個人の能力が上がるしくみを作ることや、人材育成に投資していく必要性を感じます。労働者を組織に当てはめるのではなく、個人として育てることが組織の成長にもつながる…当たり前のことを言っているようですが、実はそれがなかなかできない仕組みになっているのが、現在の日本の社会なのだと思いました。

自分の立場でできることを考える

ではこれからどうしていくべきか、ということについてですが、本書では結論はそれぞれの価値観によるもので、これが議論のきっかけになれば、と結んでいます。
日本社会全体をしくみから考えていくと、今の状況を革命的に変える方法はないことがよくわかりました。個人の能力を生かして会社や組織も成長させる、というのは理想的ではありますが、家庭の状況や将来の目標などから、組織にいてもそのような働き方をしたい人ばかりではないことも想像できます。そして非正規雇用の労働者などに対しては、年金や生活保護も含めて、社会保障でカバーする部分も必要になると思います。「地元型」の自営業を増やすためには、国や自治体のサポートが必要な場面もあるでしょう。経営者側は、人材に投資していく仕組みづくりや基準を明確にして能力を評価することが自分たちのためにもなることを理解する必要もあります。個人の力を育てる教育も必要です。
などと色々考えていくと、いち個人には何もできないような気にもなります。実際、会社や組織のなかでは個人としてできることは限られています。ですが、社会を作る一人として、それぞれが自分の立場にできることを考えて行動していくほかに方法はないと考えます。環境や能力があるなら「地元型」で自営業で地域の特色を生かす事業をおこなうこともひとつの方法です。個人でできないことが会社や組織の中ではでき、それが地域経済や社会福祉に貢献することができるのだとすれば、会社や組織を社会に合わせながらも、会社や組織に属する者としての責務を果たし、自分に投資して学び続け、スキルアップをしていくことが必要だと改めて思いました。広い視野も持ちつつ、結局は個人個人で行動したりや努力することが、これからの日本社会を作っていくのだろうと思います。

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