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【ATEEZ 世界観⑦】 THE WORLD EP.FIN : WILL DIARY ver. ストーリー和訳

ATEEZの2ndフルアルバム『THE WORLD EP.FIN : WILL(DIARY ver.) 』に収録されているストーリーを日本語訳しました。 

'미친 폼 (Crazy Form)' Official MV

THE WORLDシリーズ3作目であり、プレステージアカデミー襲撃事件のその後が描かれます。


  1. ZERO : FEVER Part.1

  2. ZERO : FEVER Part.2

  3. ZERO : FEVER Part.3

  4. ZERO : FEVER EPILOGUE

  5. THE WORLD EP.1 : MOVEMENT

  6. THE WORLD EP.2 : OUTLAW

  7. THE WORLD EP.FIN : WILL ◀いまここ

  8. GOLDEN HOUR : Part.1


▼世界観についてざっくり知りたい方はこちらをどうぞ!


▼あらすじで要点を押さえたい方へ!



あらすじと概要

[前回のあらすじ]
少年の兄を救うため、プレステージアカデミーに潜入したATEEZ。そこでソンファが出会ったのは、元いたA世界でソンファを自由にし、Be Freeと刻まれたブレスレットを残して去った少女の姿だった。学生団体・サンダーの団体長として活動する少女をZ世界から救おうと決意するソンファ。そんなソンファをよそに、作戦は次の段階へと移行する。ウヨン、ユノの活躍で兄弟は再開を果たし、ATEEZのパフォーマンスで多くの人々が覚醒。作戦を成功裏に終え撤退するATEEZだったが、少年を追っていたソンファはサンダー団体長の少女に誘われ煙の中へと消えてしまう。一方、支配者・Zの執務室では、プレステージアカデミー校長がテロの責任を負って射殺されるのだった。

今作『THE WORLD EP.FIN : WILL 』のストーリーでは、プレステージアカデミー襲撃事件のその後、新たな敵の拠点へと舞台を移し、ATEEZと政府の熾烈な戦いが描かれます。前回登場した学生団体・サンダーの正体も明らかに。

タイトル曲のティーザー第1弾'미친 폼 (Crazy Form)' Official MV Teaser 1では、プレステージアカデミーと思しき建物が映っています。


本編


A. INTRO

広場の風景は数ヵ月前、ATEEZがパフォーマンスをしたときとはまるきり変わった。感情誘発者たちが刻んだ〝Wake Up〟〝Be Free〟などを象徴するグラフィティが街のあちこちに描かれており、それを防ごうとする勢力が覆った目隠しが貼られていた。世の中はシステム化された人々とシステムから外れた人々にわかれ、お互いがお互いを阻み、懐柔しようとする戦いが激しくなった。政府は黒いフェドラの男たちを監禁したあと、一人一人の顔を把握することができず、黒い海賊団をテロリストとして発表した。市民の通報を奨励するレベルを超え、[感情誘発を試みる者は黒い海賊団と規定し、市民の安全のため、廃人場への追放ではなく即決処分する]という政府の発表と、ATEEZメンバーたちの顔が描かれた懸賞手配ポスターが都市のあちこちに貼られた。

荒廃した広場を横切る車が中央で止まった。車から降りたガーディアンたちが、一糸乱れずに動く。広場の中央に新しく建てられた展示台に、何かを手際よく設置した。ロープを下ろし、縛って引っ張る。ガーディアンたちは手をぱっぱとはたいて展示台から少し下がり、自分たちが設置したものを一度見渡すと、「このくらいでいいか」というようにふたたび車に乗り込んだ。

ガーディアンの車が消えると、静寂が訪れた。静けさの中で、小さな足音が聞こえはじめる。路地に隠れていた感情誘発者たちが、ゆっくりと歩いてきた。そのうち幾人かは展示台に近づくことができず、その場にどさりとへたり込んで泣きだした。四角い枠で構成された展示台のフレームの下で、人々の足がゆらゆらと宙に浮かんでいた。誰かの家族、誰かの恋人、誰かの友人だった感情誘発者たちだった。グラフィティを描いて遮断器を撒いた感情誘発者がガーディアンに捕まると、政府の発表どおりもう彼らは廃人場行きではなく、即決処刑された。政府はそうして、これ見よがしに広場に彼らを掛けていた。絶え間なく世にあふれて世界を変えようとする感情誘発者たちに向けた宣言であり、一種の見せしめだった。ずっと抵抗し続ければ、お前もこうなり得る、という。

広場には、静寂の代わりに悲しみと怒りの嗚咽が満ちていた。一時は燦然さんぜんと輝いていた彼らにすがりついて、あなたの犠牲を無駄にしない、という誓いをするのみだった。これ以上、こんな世の中で生きていけない。愛する人をすでに失ったが、もう失うことはできない。これ以上、こんな世の中で子どもたちを生かしてはおけない。みなが同じ気持ちで泣き、赤くなった目で決意した。黒い海賊団とATEEZに知らせなければならない。私たちの存在を。

プレステージアカデミー襲撃事件は、この世界にとって小さいが意味のある亀裂をもたらした。この一度のパフォーマンスは徹底した統制下に隠されたが、噂と感情誘発者を通じて広がっていき、次第に世間は半分にわかれていった。物語は、ふたたびプレステージアカデミー襲撃事件直後、黒い海賊団のバンカーに戻る。


01

黒い海賊団のバンカーに集まったメンバーたちは、目標を達成しても通夜さながらの雰囲気だ。少年の兄は、バンカーの片隅で泣き疲れて眠っていた。

「ソンファ兄さん、無理やり連れていかれたんじゃなかった。確かに見たんだ、自分で歩いて行ったんだよ。一体どうして」サンのつぶやきに、ヨサンが推測するように答えた。「ソンファ兄さんが学校のトイレであの女の人を一目見たとたん、すごく驚いた顔してた。ぼう然とした顔っていうのかな? それで広場でその人の手を握っていた兄さんの顔は、なんていうか、懐かしい人を見つけた感じ? ソンファ兄さんのその表情が不思議でずっと考えてたんだけど、たぶん僕たちがいた次元でソンファ兄さんがずっと探し回っていたBe Freeブレスレット、あの人について話すときみたいだった」メンバーたちはあきれた表情で、冗談じゃないとヨサンに声を上げた。ヨサンは何か言おうとしたが、突然バンカーの外の監視カメラを見ながら指差した。
「あれ? ソンファ兄さんだ!」

心配とは裏腹に、明るい顔でソンファがバンカーの中へ入ってきた。いくらかのぼせた様子で平然と入ってきたソンファに、メンバーたちは捕まった少年に対する心配と、その女(サンダー〈THUNDER〉――この世界の予備支配階層を養成するエリート階級のうち、学生たちを監視し統制する学生自治団体。A次元にある学校の先導部のようなもの――のリーダー)について行ったソンファに対する不満を吐き出した。メンバーたちの興奮をしずめて、ホンジュンが先にソンファに訊いた。

「どうなってるんだ。本当に自分からついて行ったの? 単に例の女の人に似ているから? 違うよね?」

ソンファはそのときようやくメンバーたちがどのような誤解をしているのか気づいた。メンバーたちはみな、失望に満ちた視線でソンファを見つめた。

「そんなんじゃないよ」

みな「聞きたくない」というようにソンファの視線を避けた。ソンファはふと話を止め、メンバーたちの後ろで横になっている少年の兄を見た。疲れた顔ですやすや眠ってしまった彼の姿を見ると、これほどまでに興奮したメンバーたちの心情が理解できた。ソンファは呼吸を落ち着かせ、慎重な声で続けた。

「結論から言えば、あの子を救える」


02

半信半疑の心持ちで、一人ずつソンファを見つめだした。ソンファは懐から紙きれを取り出し、テーブルの上に広げた。見慣れない地図だった。

「サンダーは、この世界の予備支配階層候補者たちエリートが集まった、僕たちみたいな団体だった。レジスタンス。あの子がガーディアンに捕まる前に、彼女がポケットにGPSを入れておいたんだって。あの子は廃人場に連れて行かれたみたいだ。そしてこれは、廃人場の地図」

みながテーブルの上に置かれた地図を見た。偽物でごまかすというには、細部まで詳細な図面だった。

「黒い海賊団の活動がはじまったのはずいぶん前からなのに、黒い海賊団に入らずわざわざサンダーという組織を別に作って、そのうえ黒い海賊団にも知らせず秘密裏に活動したのはどういう理由で? そしてお前はなんで、エリート中のエリート組織であるサンダーがレジスタンス集団だって信じるんだよ?」彼女に対する疑念を拭うことができなかったホンジュンが尋ねる。ソンファは確信に満ちた声で答えた。「高位層でなければ知ることのできない、Zの居場所を突きとめるために」みなの短いため息とともに、束の間の静寂が流れた。

そして攻撃的に質問したホンジュンはもちろん、メンバーたちの表情もはっきりと変わった。黒い海賊団が長きに渡り探しだそうとあがいても、わからないのがZの居場所だったからだ。Zは映像と音声を通じた統制放送、すなわちオンラインだけでZ世界市民と接触した。政府を補助する人々と下部組織員は広範囲に散らばって日常の市民のあいだに存在しており、黒い海賊団はそのうち疑わしい何名かを確保して、感情誘発装置を通じて彼らを懐柔し、Zの隠れ家を突きとめようと持続的に試みた。しかし、Zは主にこの世界の上位階級が勤める中央都市の近くに隠れ家を作り、外部出入りをしないという事実を確認することができただけだった。Zの隠れ家に勤める者はエリート階層の中でのみ選抜され、選抜以後、外部出入りが制御される。親衛隊のアンドロイドガーディアンは感情を持っている人間ではないため、彼らに対しては感情誘発装置は無用の長物だった。それゆえ、Zの隠れ家を見つけることは大抵不可能だと見なされていた状態だった。

エリート階級だけを集めたプレステージアカデミーなだけに、感情を自ら悟る人も、そしてその感情を平然と隠すことができる人も他の階級に比べて確率的に高く、その数も多いのだという。ただ、当面の安全と成功確率を高めるため、そして何よりも革命の前提条件になりうるZの隠れ家情報を確保するため。密かに組織を作り、政府承認の下で学校統制の役割を担う団体に偽装したのが、サンダー誕生の背景だったということだ。

そもそもこの世界の感情を誘発するすべてのものを統制しはじめたのは、サイエンサルバ-ルという、科学宗教団体に過ぎないZの組織だった。彼らは〝AIシミュレーションのベストソリューション〟〝不完全な人間の感情統制による宗教的対立とテロ、戦争のない世界平和追求〟というキャッチフレーズで政党を作り、その規模を広げながら感情規制法を立法した結果、現在の世界を事実上統治している。それだけに、この世界の階級を強固にし、人間を不良品の分別をするように区分して廃棄処分してしまうZと、そのすべての行政首班が集結しているZの隠れ家は、コントロールタワーという意味でこの世界の統制システムそのものであり、黒い海賊団にとっては絶対になくさなければならない根本的な空間だった。それゆえプレステージアカデミーよりさらに重要な意味で、この世界の象徴的な空間でもあった。

どこまでサンダー、つまり彼女の言葉を信じればいいのか確信できなかったが、ひとまずメンバーたちは現在最も緊急な問題――少年を救うために、次の目標を廃人場にすることを決心した。


行政首班:
行政組織を総括する首脳陣を指す言葉。

(訳者注釈)


03

Z親衛隊のヘッドガーディアンは、自分の足まで流れてきた血をたどって、冷たくさめたプレステージアカデミー校長の顔を眺めた。いつかは自分にもこのような処分が下されるかもしれないと思ったが、取り立てて感情もなく眺めていた。

Z 餌を投げておいたので、あの少年を救うために黒い海賊団は廃人場に行きます。廃人場では今回と同じ間違いがないよう、確実に処理してください。さもなくば、今度はあなたが交代するでしょう。

「はい、問題なく処理します」いかなる感情も感じられない声で、ヘッドガーディアンが答えた。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

ヘッドガーディアンが、100人あまりのアンドロイドガーディアンを率いて廃人場の中に入ってきた。ひらひらと飛ぶ青い蝶の群れが閉まるドアの隙間から入ってきて、ガーディアンが行く道に沿って飛んでいる。廃人場で働く赤い人間たちがガーディアンに頭を下げながら挨拶する風景が通り過ぎていった。赤い人間の容姿は、溶鉱炉の熱気を抱いた赤い肌に、ぼろきれのような服を着ているが、その姿はさながら妖怪というほどに醜悪だ。

わかれ道でガーディアンは左に歩き、蝶の群れもそれぞれ散らばった。そのうち一匹の蝶が右側の廊下に飛んでいく。右側の廊下の端には、鉄格子で塞がれた小さな部屋が並んでいた。各部屋には空間が窮屈に見えるほど人でいっぱいだが、まもなく廃人処理となる人々のため、一様に絶望的な空気を含んでいる。不良品と判明した人々は、感情を持った人々と身体が損傷した人々だ。力なく座っていた彼らは、不意に飛んできた蝶に視線を離すことができなかった。何人かは立ち上がり、鉄格子に張り付いて廊下を飛んでいく蝶を眺めた。希望が呼んだ幻想だろうか、という気持ちで。

蝶は廊下の突きあたりに出る。熱い空気を噴き出す溶鉱炉がぐつぐつ沸いているところへ、廃棄された人間の身体の一部がぷかぷか浮かんで、すぐ溶鉱炉の中に溶け込んだ。赤い人間はその上の橋に立ち、溶けない棒で内部をかき混ぜる。蝶はそんな様子を眺めて、他の廊下とつながっている処刑場の上に舞い上がった。ダイビング台のような処刑場に、蝶がそっととまる。羽を何度もはためかせる蝶の胴体が奇妙だった。よく見ると生物ではなく、機械で作られた胴体だった。そして胴体の先端には、カメラがついていた。


04

「GPS信号はここなのに、どうして見えないんだ?」廃人場付近の路地裏の暗がりに停められたワゴン車の中で、蝶の形のドローンを操作していたヨサンが言った。モニター画面には蝶のドローンが照らす廃人場内部の様子が映しだされており、メンバーたちは集まってサンダーから受け取った地図とともに内部をチェックしていた。

「どのみちあの子の居場所は内部のどこかだと映ってるんだから、入ればきっといるはずだ。Zの親衛隊じゃないガーディアンは別途武器を所持していないし、機動性を持って動けば勝算がある。廃人処理される前に助けるなら一刻を争うんだから、計画通りに動こう」 ホンジュンの言葉にうなずいたメンバーたちは、それぞれ席に座って毅然きぜんとした顔でシートベルトをした。

力強いエンジン音とともに、ヘッドライトが暗闇の中で光った。ハンドルを握ったミンギが荒々しくアクセルを踏み、路地を抜けて廃人場周辺の野外駐車場へと走りだした。思い切り突っ走っていたワゴン車はそのまま屋外駐車場フェンスにあたり、そのせいで倒れたフェンスは一列に駐車されている自動車の上に倒れた。ピーピーピー。各車で警告音が散発的に鳴り、静かだった廃人場周辺が一瞬にして騒がしくなった。その騒ぎで、廃人場内部にいたガーディアンも振り返った。ガーディアンまで来ているというのに突然外で騒ぎが起きたので、赤い人間たちは素早く収拾するため野外駐車場にあたふたと駆けつけた。赤い人間たちが出てくる隙を狙ってメンバーたちが中に入る。閉じたドアノブに鎖を巻き、錠前でしっかりと縛っておいた。外に抜け出した赤い人間が、再び入ってこないようにするためだった。

左側の廊下を走っていたホンジュン、ユノ、ヨサン、ジョンホは、自分たちに向かって走ってきたガーディアンに出くわした。待ち構えていたかのように駆けつけるガーディアンと格闘が始まる。レフトアイが開発した多様な武器で対抗するメンバーたち。しかし、閉じ込められた人々をバンカーに移す役割を引き受けたメンバーたちがクロマーを持っており、クロマーなしでガーディアンを相手にしていたメンバーたちの体力は、次第に落ちるばかりだった。

ガーディアンの拳に当たって床に倒れたホンジュンの頭上に、かちゃりと装填する音が聞こえた。みなが慌てた顔でホンジュンを見る。かちゃり、かちゃり、かちゃり。ユノとヨサン、ジョンホの頭上にも装填する音が聞こえた。ガーディアンに包囲されたメンバーたちがおそるおそる立ち上がり、互いの背中を合わせる。ガーディアンたちはそんなメンバーたちをぐるりと囲み、銃を狙って見張っていた。

一方、閉じ込められていた人々を黒い海賊団のバンカーに移していたソンファ、ミンギ、サン、ウヨンは、バンカーの閉じたドア越しに聞こえる騒音に動きを止めた。直感的に「何か問題が起きた」ということを感じたウヨンは、恐怖に震える人々をバンカーの内へと案内した。打撃音と悲鳴が次第に近づいてきた。

「ガーディアン武器所持。現在、全員包囲。クロマー支援が必要」と、無線機越しにジョンホの小さな声が聞こえた。廃人場側のガーディアンが武装をしたとすれば、そちらにもクロマーが必要だが、だからといってやっとのことで救った人々をここに置いて行くこともできなかった。ドアの外では、明らかに何かが起こっていた。

サンが無線機を持って言った。「海賊団バンカーの方も問題発生。少しだけ耐えて。すぐ行くから」

その瞬間。バンカーのドアがバタンと開き、血まみれになった海賊団員が入ってきて叫んだ。「海賊団バンカーがガーディアンに発見されました! 今すぐ避難し――」

後ろから振り下ろされたビームセイバーが海賊団員の背中を切った。団員はげえっと血を吐いて前に倒れた。その後ろで、ガーディアンたちがビームセイバーを持って立ち、メンバーたちを見つめていた。


05

「一体どこから情報が漏れたんだ?」この状況が理解できないウヨンが、低くつぶやいた。バンカーの安全のためにあれほど包み隠していた場所だったのに、一体どうしてバンカーの場所がガーディアンに知られたのだろうか。内部スパイがいなければ不可能なことだった。「ソンファ兄さん……まさかサンダーのあの人にバンカーの場所を教えたんじゃないよな?」ミンギの質問に、ソンファは答えられなかった。ソンファが受けた彼女の気持ちを信じていたはずだが、もしかしたら、それが間違った判断だったのかもしれない。

「ああっ!!」

処刑場の上で悲鳴が聞こえた。少年の声だった。少年はガーディアンに捕まっていた。ホンジュンに向けていた銃を収めたヘッドガーディアンは言った。「クロマーを持っているメンバーに、こっちに来いと伝えろ。10分の猶予を与えよう。さもないとこの子は、わかるだろう?」ガーディアンはタイマーを10分にセットした。

窮地に追われたこの状況にしばし悩んでいたホンジュンは、無線機を持ってバンカーにいるメンバーたちに話した。「あの子が人質に取られている。今すぐ10分以内に4人ともこっちに来てもらわないといけないみたいだ」

海賊団バンカーのメンバーたちは、どうにかこちらの状況を早く片付けて廃人場側に移らなければならない、と思ったが、あまりにも多くのガーディアンが集まっているため戦いが簡単に終わりそうにない。メンバーたちはクロマーの空間移動機能を巧みに使いながらガーディアンを一人二人倒したが、そのとき。瞬間的に飛んできたビームセイバーにわき腹を切られたソンファが床に倒れた。すかさずソンファに向かって飛んでくるガーディアンの攻撃を防ごうと、ミンギが駆けつける。ガーディアンを倒してみたものの、同時に他のガーディアンがミンギを攻撃した。ミンギとソンファが倒れ、続いてサンとウヨンが膝をついて血の混じった唾を床に吐いた。一度押され始めると、ガーディアンは爆撃するようにメンバーを攻撃した。

廃人場から処刑場へとガーディアンに連行され、どうすることもできないホンジュン、ユノ、ヨサン、ジョンホも。バンカーの床でガーディアンに踏まれているソンファ、ミンギ、サン、ウヨンも。その瞬間、多くの考えが通り過ぎた。まるで走馬灯のように、過ぎ去った時間がめまぐるしくよぎって重なった。

黒いフェドラの男たちに会い、この世界に来て運命のように彼らが残した任務を継ぐことになり、いつしかA次元で現実に追われて度々忘れるようになった夢や感情などを、皮肉にも感情が統制されたZ次元で取り戻すことになった。私意ではなく他意によって。世の中がそんなだから、索漠さくばくたる人生を生きる人々を救うという一念のもとでここまで走ってきた。取るに足らないと思っていた自分たちのダンスと歌が、どれほど多くの波及力を持っているかを数々のパフォーマンスをしながら悟り、ATEEZのメンバーとして黒い海賊団と一緒に戦うのが幸せだと感じたのに。そのすべてが、今日で終わるんだ。

そのときだった。バチッ! という音とともに、ガーディアンがバンカーの床に倒れた。


06

一瞬、ガーディアンの攻撃が止まった。ウヨンがやっと顔を上げてみると、滑稽こっけいな仮面をつけた人々が、細長いスティックを持ってバンカーの中へと押しかけていた。メンバーたちも混乱したのは同じだった。誰なのかわからないよう皆同じ仮面をつけている姿が、どことなく奇怪で奇妙な仮面をつけた人々が、誰の味方なのかわからなかったからだ。

先頭に立った仮面がスティックを持ち上げ取っ手を引くと、スティックの先で、バチンッ! と電気が流れた。おそらく改造したスタンガンのようだった。先頭の仮面が指揮棒を振るようにスティックを前に向けて振り回すと、それを合図に後ろに立っていた仮面たちが奇声とともに走りはじめた。すでに血だらけになったメンバーたちは、なすすべもなくやられると思い、体を丸めて目を閉じた。バチッ、ドカッ、バチッ、ドカッ――散発的にこのような騒音が聞こえ、どさりどさりと何かが床に倒れる音が続いた。ひっそりと目を開けてみると、仮面たちはガーディアンを攻撃し、一気に電撃波で彼らを壊していた。まさしく故障したガーディアンたちは、床で硬くなって身動きもできなかった。先頭にいた仮面がメンバーたちに近づき、手を伸ばした。ソンファは仮面から伸びた手を握って立ち上がった。あとに続いてミンギ、サン、ウヨンも仮面たちの手を取り立ち上がった。

「この人たちは安全な場所に避難させるから、廃人場での仕事がすんだらこっちに来て」

音声変調された声の仮面は、ソンファにメモを渡し、メンバーの後ろから攻撃するガーディアンに向かって走った。ひとまず、彼らは自分たちを助ける人のように見えた。それならば、これ以上留まる時間はない。苦境に立たされているメンバーを助けるため、廃人場に行かなければならなかった。サンがクロマーを回す。ピカッ! クロマーが光を噴き出す瞬間、隅に隠れていた少年の兄もまた、光に向かって身を投げた。

「どうやら来られる状況ではないようだな」ヘッドガーディアンは、少年の頭を狙っていた銃を装填した。「残りのメンバーたち、今バンカーにいるだろう? 黒い海賊団だけでなく、お前たちが救出した廃人たち、そしてお前たちのメンバーまで残らず処理されたんじゃないか? お前たちが廃人場に潜入する前、すでにお前たちのバンカーにはガーディアンが入っていたんだ。黒い海賊団は全員処理できただろうが、クロマーを持ったメンバーを処理できなかった場合の数を考え、確認のために10分という時間を与えただけさ。10分以内にここに来られなかったということは、来られない状況ということだろう? これ以上待つ必要はなくなったようだな。どうせ、もう10分も経ったしな」

ヘッドガーディアンが手にしたタイマーの上に浮かぶ数字が減っている。00:03、00:02、00:01……00:00。タイマーからけたたましいアラームが鳴り響いた。こうして呆気なく少年を失うことになるのか。そう思った瞬間。きらめく光ともにソンファ、ミンギ、サン、ウヨンが登場した。後ろに集まっていたガーディアンの前に颯爽と登場し、消えることを繰り返したかと思えば、いつのまにやら彼らが持っていた銃器を全部奪って溶鉱炉に投げてしまった。

すると、少年を捕まえていたヘッドガーディアンは少年の首をつかんで片手で持ち上げ、溶鉱炉に届くような高さまで下げて叫んだ。「このまま足から溶かしてやろうか? 全員ひざまずけ!」ガーディアンに拳を振るっていたメンバーたちは攻撃をやめ、一人ずつひざまずいた。ヘッドガーディアンがあごでしゃくると、他のガーディアンたちがメンバーたちをロープで捕縛する。絶望感が襲ってきた。

そのとき、この様子を後ろから見守る人がいた。無線機を通じて少年が人質に取られているという話を聞いた少年の兄は、バンカーに隠れていることができず、メンバーたちに黙ってクロマーが光ったときに飛び込んでついてきたのだ。身を潜めたまま、息を殺してこの状況を見守っていた。自分を救ってくれた人たち。自分の弟を救うために、戦いをやめひざまずいている人たち。あの人たちを助けるため、自分が動かなければならない、と思った。そして、念のため護身用に持ってきた携帯ジャックナイフをポケットから出し、手に取った。ジャックナイフを床に置き、一番後ろにいるユノに向かってぐっと押す。床を滑るジャックナイフがユノの足に触れて止まった。微細な刺激にユノが横目で足のそばを見ると、ジャックナイフがあった。その動線に沿って視線を移してみると、少年の兄がユノを見ていた。まだチャンスがある。ユノは小さく安堵しながら、ガーディアンの監視をかいくぐってジャックナイフを握った。音がしないよう注意して、自分を縛っている紐から切りはじめる。そしてすぐ隣に座っているソンファにジャックナイフを渡した。続いてソンファも自分のロープを慎重に切りはじめた。

メンバー全員を捕縛したあと、クロマーを手に入れてから、ヘッドガーディアンは何事もなく少年を処刑場の床に降ろした。ひとまず少年が無事だという事実に、メンバーたちは安堵した。少年は緊張が解けたように息をついたかと思えば、上体を起こしてヘッドガーディアンを見やった。

「もう僕の役目は終わったんですよね?」

「さすが、エリートらしく演技力も抜群だな。成功した場合、Z様はお前ら兄弟だけは特別に例外ケースとして、感情誘発者処理ではなく、統制チップ再装着後に既存階級以上へ復帰させると約束なさった」役目が終わったのか、という少年の問いに、例外にしてやる、というヘッドガーディアンの対話を聞いていたメンバーたちと少年の兄は、呆気にとられた顔で少年を見つめた。視線を感じたかのように、少年がメンバーたちの方へ向き直る。無邪気さがかえって恐ろしい顔で、少年が言った。

「すみません。黒い海賊団のバンカーを探すのがとても難しくて。先にこちらに駆けつけて助けを要請したんですよ。だからね、あんなにしっかり隠れてないで、みんながもっとアクセスしやすくしたらよかったんじゃないですか? 自分たちの団体を、もっと身近な存在にしたかったんでしょう?」

みなが信じられないという顔で少年を見つめているとき。ジャックナイフをサンに渡していたソンファは、袖から落ちたメモを拾った。バンカーで仮面からもらったものだった。メモを開けてみると、地図だった。地図にはサンダーと書かれていた。


07

大型バスの荷台の中に、廃人場から救助された人々が入った。ぎゅっとすくめたまま身を隠した人々に、「少しだけ我慢してほしい」と声をかけた仮面が、荷台のドアを閉めた。そして自分たちを見張っている者がいないか、周りをしばらくうかがってから仮面を外した。サンダーのリーダー、その女子学生だった。続いて作業服を脱ぐと、その中にはZ次元のエリート階級の学生だけが着られる制服があった。他の仮面たちもみな仮面を外し、作業服を脱いだ。プレステージアカデミーのトイレの前で見た顔だった。髪を小綺麗に整えて、バスの上に乗り込んだ。

道路を走るバスが、都心に入る検問所の前で止まる。ガーディアンはバスをしばらく止まらせた。バスの外観を見ながら、窓越しに座っている人々の顔を見る。わざわざ検問する必要のない、身元保証が可能な顔と服装だった。ガーディアンがバスの尻をコンコンと叩くと、バスがふたたび出発した。彼らの身分のおかげで、検問所をあまりにも簡単に通過した。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

感情を取り戻した兄が、廃人処理になるのではないかと。少年は恐怖に怯えてパニック状態になると、黒い海賊団に助けを求めるため、ブラックリンクに接続してバンカーの場所を突きとめようと努力した。しかし、結局見つけられなかった少年は、ブラックリンクにメッセージだけを残し、なりふり構わず廃人場に忍び込んだ。兄が連れてこられた場合、なんとしてでも救うつもりで。

一晩中隠れていたが、日が昇る頃、むしろ兄から「なぜ家に帰ってこなかったのか」という連絡が来て、安堵とともに家に帰ってきた。そうして漠然とした気持ちでつけていたコンピューターに、メッセージが届いた。ブラックリンクを通じて来た連絡だった。少年が伝えた事情を見たといい、バンカーの位置はおおよそこの付近であり、その近隣で黒い海賊団に助けてくれと叫べば、モニタリング担当が外部状況に問題がないと判断した場合助けてくれるだろう、という内容だった。そのとき、少年は考えを変えた。廃人場を直接見て、一夜にして感じた恐怖が少年の考えを変えたのだ。少年はその足でヘッドガーディアンのところへ駆け込み、自分が黒い海賊団のバンカーを見つけた場合、感情を取り戻した自分と兄を例外処理してほしい、と要請した。

自分の兄を助けてほしい、と。切実に祈っていた少年を信じていたユノとメンバーたちは、深い裏切りを感じた。

「この世界を生きていくのに感情なんていらないと言ったとき、お前が僕になんて言った? 恐怖心が過ぎれば、違った世界が見えるんだって! 本当にそうだったんだよ。表情のそれぞれ違う人たちの顔が、目隠しが消えた窓から見下ろした世界が、初めて鏡を通じて見た自分自身がさ。お前は僕より先に感情を見つけたから、よく知ってるんじゃないのか」

「兄さん……」

少年は、自分の選択を非難する兄を見て揺らいだ。

「僕が死ななければならないと思ったとき、僕が死にそうだったとき、僕を救ってくれた人たちだ。お前の目ではっきり見ておいて、どうしてこんなことするんだよ」

「どうしようもなかったんだ。僕も生きて、兄さんも生かすためには」

「最初から知らなかったらわからない。だけど、感情というものを知った以上、もうその前には戻れないじゃないか。間違った選択、できる。失敗、できるよ。取り返せばいいんだよ。次の選択をしっかりすればいいんだ。こっちに来い。そこは違うよ」

少年は自分のそばにいるヘッドガーディアンの足をしばらく見下ろして、自分に手を差し伸べている兄を見つめた。少年が近づいてこないとみると、兄はゆっくり少年に向かって歩いた。少年は悲しそうな顔でメンバーたちをうかがった。そう、誰もが間違いを犯して生きる。次の機会にそれを振り返る選択をするか、他の間違った選択で失敗を隠すかによって、人間の人生は天地の差に変わる。メンバーたちも、それを誰よりもよく知っている者たちだった。メンバーたちは少年に対する裏切りの思いを消し、彼が正しい選択をすることを切に願いながら少年を見つめた。瞳孔が激しく揺れていた少年が、やがて心の決定を下したように、近づく兄に向かって歩み寄った。

すると、ヘッドガーディアンがこくりと首を動かし、後ろに立っていたガーディアンたちが少年の兄を捕らえようと飛びついた。そのとき、足が自由になったヨサンがそっとガーディアンの足をかけた。ガーディアンたちが前に倒れ、互いに絡まる。少年の兄は、彼らを避けながら急いで少年に近づいた。二人の手が届く直前。ぐいっ、と。ヘッドガーディアンが少年の首根っこをつかんだ。そしてメンバーたちが何かをする前に、ヘッドガーディアンは少年の兄を足で蹴って処刑場の下に落とした。

「だめ!! 兄さぁん!!」

少年はヘッドガーディアンの腕に噛みつき、兄が落ちた処刑場の下へと飛び込んだ。同時にメンバーたちが自由になった手足を動かし、ガーディアンを溶鉱炉に押し込む。ミンギがクロマーを動かした。

処刑場の上で溶鉱炉に落ちる虚空に登場したミンギは、その短い刹那せつなの瞬間に、多くの判断をしなければならなかった。少年と少年の兄を、二人とも生かすことができるのか。二人のうち一人だけを生かせる状況だとしても、誰を生かすべきなのか。ミンギが下にいる少年の兄に手を伸ばした瞬間、少年の兄の下半身は溶鉱炉に沈み込んでいた。少年の兄は、まるで弟を救えと言うかのようにぎゅっと目を閉じた。凄惨せいさん な気持ちで顔を背けて、ミンギは上から下に落ちていく少年をつかんだ。少年は絶叫しながら、溶鉱炉に吸い込まれる兄を見ていた。

ミンギは少年を安全なところにのせて、クロマーを使い、ガーディアンと戦闘真っ只中のメンバーたちのもとへ駆けつけた。少年の兄が溶鉱炉に落ちたのを見届けたメンバーたちは、むごたらしい思いでもう十頭残っていないガーディアンを残らず溶鉱炉に投げ入れた。少年は、茫然自失で溶鉱炉を眺めた。あっという間に兄を飲み込んだ溶鉱炉。自分の選択が、すべてを歪めてしまった。少年の目から涙があふれた。少年の涙が、溶鉱炉の表面にぽたりぽたりと落ちた。

今や、ヘッドガーディアンだけが残った状況。ヘッドガーディアンがクロマーを持っているホンジュンを狙って駆けだした、そのとき。「死んでしまえ!」少年がヘッドガーディアンの後ろから、彼に向かって全速力で走ってきた。その力を利用して、そのままヘッドガーディアンを抱いて処刑台の外へ走る。ホンジュンが無傷の腕で少年をつかもうとしたが、力不足だった。ホンジュンは刹那、涙に染まった少年と目が合った。少年は小さく口をあけ、静かにホンジュンに向かって言った。「ごめんなさい」

ヘッドガーディアンはそのまま少年に引かれて溶鉱炉の中に入っていった。ホンジュンは凄然せいぜんたるまなざしで崩れ落ち、溶鉱炉を見つめるほかなかった。

そのとき、遠くから聞こえた〝ドン!〟という音とともに、建物が揺れた。ソンファが時間を確認する。「気持ちはわかるけど、ひとまずここから離れなきゃ。爆弾が爆発する時間になった」

「僕たちも行こう」サンがクロマーを回した。光が廃人場内部に広がるやいなや、ガガガン! 連鎖的に爆弾が爆発した。処刑場の片隅にじっととまっていた青い蝶が赤い光を放ち、ボン! と爆発した。建物のあちこちに陣取っていた青い蝶が爆発し、廃人場はまたたく間に崩れた。建物の残骸は沸騰していた溶鉱炉の上に落ち、廃人場はそうして地に沈んだ。


08

サンダー本拠地内部の前にある庭園。そこへ互いに似ている木を二本植えた。黒いスーツを着たATEEZのメンバーたちと黒い海賊団、サンダーのメンバーたちは、二本の木の前で黙礼をした。兄弟に似たその木の裏には、今回の戦いで犠牲となった黒い海賊団員の名前がついた花と木々が見えた。「きみたちの犠牲を無駄にしないよ。かならず」

ヨサンの言葉だったが、みなの意思でもあった。悲しみに満ちた人々の頭上に、ホタルが輝いた。みなの心に応えるかのように、ホタルは人々の頭の上を一度回ると、空の上に高く上がった。人々は、ホタルをまるで星のようだと感じた。そうしてしばらくホタルを眺めていた。星に願いを祈るように。

政府の監視から逃れた外角。茂った草むらの中で小さな村を形成しているここは、ずっと前にメンバーたちが出会ったグライムズ兄妹が、最初に居を構えたところだった。サンダーのリーダーである彼女の言葉によると、街で歌うグライムズ兄妹に偶然出会ったある日、彼女は「美しさ」というものを初めて感じたという。最初は頭だけで認知していたその不慣れさがなじまなかったが、時間が経つほど、人間なら必ずあるべき何かが自分から取り除かれている、という事実に気づいたと話した。

「プレステージアカデミーに通うなかで、その事実に気づいたの?」ソンファに村を案内していた彼女は、ふと立ち止まって考え込んだ。

「すでに私は、優秀人材に選ばれてサンダーメンバーとして所属している状況だった。次期団体長に選ばれた状態でもあったし」

頭がよかった彼女は、不純分子として目をつけられないため、見事に演技をしてきた。ある日、サンダーがZから功労賞を受けることになる日が来ると、ある決心が彼女の中に根づいたという。

「Zと面会できる人は限られているから。もしかしたらサンダー団体長になれば、そんな経歴をもって社会に出てきたら、他の人たちは対面が難しい彼に、私が相対することができるんじゃないか……と思って」

彼女は振り向いて、ソンファの目を見つめた。

「美しさを満喫できる世界で生きたくなったんだ」

揺らぐことなく見つめる彼女の目の向こうに、固い意思が感じられた。ふいにA世界での彼女のことを思い出し、ソンファは自分の心臓の鼓動が聞こえた。あまりにも大きくなりすぎて、彼女に聞こえるのではないか。そう懸念して、気づかれないよう視線をそらして前に歩いた。彼女は静かにソンファについてきた。

A世界とZ世界。この二つの世界は互いにずいぶん異なる世界のようだが、何かつながった世界のようだと感じた。自分たちとそっくりな黒いフェドラの男たち、彼らはA世界に住んでいたメンバーたちのように――たとえ自分たちは夢を見ていたのだとしても――ダンスを踊って歌を歌いながら人々に幸せを呼び起こす男たちだった。全く違う人間のようだったが、確かに自分たちは同じ人間だった。
彼女も同じだった。Be Freeの彼女は、人の視線など気にせず自由に踊っていた人だった。その美しさに我を忘れて見とれていたソンファは、そんな自分の姿に戸惑い、その日から規則と原則を脱して新しい道を歩きはじめた。サンダーの彼女は、自分たちの世界の彼女に似ている。そして、ソンファ自身とも似ていると思った。グライムズ兄妹の歌を聞いて美しさを感じた彼女が、その日から自分の原則と世間の規則から抜け出し、新しい道を歩みはじめたからだ。そして彼女をプレステージアカデミーではじめて見たその瞬間、ソンファは冷たく見える彼女越しに、確かにその心、まさしく美しさを知るその心が感じられた。

「私がサンダーのリーダーになってからは、感情誘発者と烙印を押して廃人処理する学生はいなかった。はじめてあのトイレできみを見たときのように、適当に脅しをかけただけだよ」

そう言って、彼女は小さく笑った。

「サンダーのメンバーたちは? きみがみんな懐柔したの?」
「感情を感じていると判断した人々に、慎重に接近した。危ないことだったから。とにかくそんななか、グライムズ兄妹を知っている人たちと接触することになった。グラムズ兄妹がガーディアンのバンカーで魂を奪われたあと、彼らを知っていて、彼らによって心を取り戻した人々がささやかに集まって、兄妹の葬儀を行ったんだ。そして兄妹が隠れて過ごしていたここに、私たちの本拠地を作ることにしたんだよ。自然に黒い海賊団の存在も知ることになったし、ATEEZのきみたちの話も聞くようになった。ぜひとも接触したかったけれど、きみたちより規模が小さい私たちは、もっと慎重に動かなければならなかったから。でも、学校で会うとは思わなかった」

ソンファと彼女のそばを人々が通り過ぎた。廃人場から救出してきた人々の面倒を見るために、サンダーと黒い海賊団が腕をまくって食べ物を運んでいた。

「黒い海賊団だけで孤独な戦いをしていると思っていたけれど、サンダーがいるなんて本当によかったよ。僕たちが知らなかったサンダーがいたように、もしかしたら、この世界には僕たちと志を同じくするたくさんの人々がいるかもしれない。彼らは僕たちとともに戦っているだろう」

サンダーの存在が力になる、というソンファの言葉が彼女の胸に響いた。「ひょっとして、自分は間違った選択をしたのではないか」という小さな不安感が心の深いところに隠れていたが、ソンファのその言葉が、不安を確信に変えた。正しい選択をしたという確信に。


Z. OUTRO

ATEEZと黒い海賊団のプレステージ奇襲パフォーマンス――政府はそれをテロと命名したが――以後、プレステージアカデミーは臨時廃業した。破れた目隠しと設置された鏡を除去し、よりお互いの監視が強くなるよう、パノプティコン構造にリモデリングを始めた。在学生たちは等級によって近くの学校に転校させられ、そうしてサンダーのリーダーはプレステージアカデミーレベルの優秀な学校に移った。卒業を無事に終えた彼女は、レフトアイの助けを借りて感情有無テストをパスして――探知機が心拍数を一定の速度で記録できる機械を発明してプレゼントした――残った卒業試験も問題なく一位で終えた。

パノプティコン:
18世紀に考案された、理想的とされる監視構造。円形または多角形に配置された独房の中央に見張り塔がある、中央監視が特徴。全展望監視システムとも訳され、収容者は常に監視を意識するほか、相互監視の効果もある。

(訳者注釈)

断然優秀だった彼女なので、政府側から彼女をピックアップし、Zの儀典ぎてん管理職に任命された。勤務初日、平常心を維持していた彼女も、ついにゴールが見えてきたと思い緊張しはじめた。外部からの侵入に敏感な場所なので、ここで彼女の正体がわかれば、すぐに射殺されることは自明だった。鏡を見ながら髪を整え、呼吸を整えた。「大丈夫。今までよくやってきた」と、鏡の中の自分を見ながら言った。

儀典管理職:
警護や身の回りの管理をする仕事。

(訳者注釈)

家の前まで迎えに来たガーディアンについて、彼らの車に乗り込んだ。〝果たして彼の隠れ家はどこにあるのだろうか。きっと見つけにくいところにいるんでしょう?〟と心の中で思いながら、フロントガラス越しの風景を追った。正確に描写できなければならないため、周辺の建物や標識を見ながら道を覚えた。〝なんでここに行くんだろう?〟 慣れ親しんだ道に沿って車が走った。車は広場に向かった。ここまで近いところにZの執務室があるとは思わなかった。広場の真ん中にある高く巨大な中央銀行ビルの地下駐車場に向かい、その中でも、〝関係者以外立ち入り禁止〟と書かれているプライベート空間に入った。周囲をさえぎる壁のあいだに停車し、ガーディアンの案内に従って、車から降りて隠し廊下に入った。廊下の真ん中にあるエレベーターに乗る。ペントハウスの階をガーディアンが押すと、エレベーターがすみやかに上がって行った。

チン! 澄んだベルとともにエレベーターのドアが開かれる。まるで別世界に来たかのように長い廊下にしたがって歩いた。ガーディアンの足音と自分の足音が、洞窟のような廊下に反響する。廊下を通って、銃や刃物のような危険物がないか検査する検査台を通過しまた廊下に沿って歩くと、両側に開いた窓越しに、各部屋ごとに業務をしている人々が見えた。まるで水族館に閉じ込められた魚のようだった。そのあいだを通って端にたどり着くと、大きな扉が現れた。あたかも彼女を見ていたかのように、ドアの前に立ち止まるやいなや大きな扉が口を開いた。洗練された執務室の中は、その巨大な広さとは反比例して、何かがぎゅっと詰まっているように感じられ、息が詰まりそうだった。部屋の壁はすべてガラスの中だった。その中には、激しく揺れるエネルギーの微粒子が、ぎっしり詰まっていた。

執務室で勤務する人間をはじめて雇用するとき、Zは必ず自分の目で人を見るらしかった。それが本当の最後のテストだった。テストに通過してから入館証の役割をするIDカードを受け取ることができるが、執務室で勤務するすべての人が必ず使わなければならない入館証にはカメラとオーディオがつき、一から十まで監視する機能もあった。

Z この数多の分子の中で、あなたのものはどれでしょうか?

背もたれの高い椅子の向こうに座っている彼が尋ねた。きっとZだろう。彼女は音が聞こえないように注意し、唾を飲み込んだ。

「どういう意味かよくわかりません」

Z ガラスの壁越しにあるあの光る分子たち、耳の横に埋め込まれたチップと連動している感情エネルギーたちです。一時はもっと強力な光を噴出しましたが、感情誘発者のデモが激しくなり、反逆者に転じた彼らのエネルギーが消えたんですよ。

Zは椅子を回して彼女を見た。彼女は揺るぎない目で彼を正視した。椅子からゆっくりと立ち上がったZが、最後のテストはすでに始まっているのだ、というように、気味の悪い笑みを貼りつけ彼女に向かって歩いてきた。

Z あなたは車の中から周囲をよく見ていましたが、廊下でも、このガラスの壁越しにある分子たちも、好奇心に満ちた顔で見つめています。好奇心も感情でしょう。ご存知だと思いますが、好奇心は危険です。

Zは彼女のあごを片手でつかんだ。あごをあちこち動かし、彼女の表情をうかがう。

Z あなたの分子はここにあるのでしょうか? それとも、ないでしょうか?

ああ……ここまで来る道からがテストの始まりだったのか。まさか私たちの計画が、全部失敗するのだろうか? こうして私は死ぬんだろうか。恐怖で全身の血が冷えるような気がした。しかし、まだ判断するには早計だ。Zが質問を投げかけたということは、結論を出さなかったという意味だ。平常心を維持しなければならない。絶対、見抜かれてはいけない。

「好奇心とはなんでしょうか?」

彼女の答えに、Zは面白い反論とでも言うように、彼女のあごから手を引いた。続けて言ってみろと言わんばかりに、彼女の口を見つめながら待っていた。

「感情ではなく、思考です。私が働くことになるところで、業務を把握するために構造を調べたのです。私の分子は当然ここにあります。確認が可能でしたら、確かめてください」

Zは視線でガーディアンに命令した。ガーディアンは、彼女の耳の横のチップが正常に作用するかどうかをチェックした。彼女が動揺する理由はなかった。ずいぶん前に覚醒を通じてチップが光を失うと、学校で悟られないために自ら方法を見つけていた。チップを操作して差し込むと、好きな瞬間に感情をコントロールされ、望まない瞬間に感情を解くことができた。ガーディアンの手にチップは反応し、黄色い光を放った。その時になって、ようやくZは満足そうな笑みを浮かべた。

Z では、感情誘発者に対するあなたの意見は?

彼女は冷たい顔で答えた。「不要な不純物です」



FIN.



意訳部分+コメント

意訳した部分の解説と、解釈がわかれそうな部分を紹介しています。
編集中


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▼目次

  1. ZERO : FEVER Part.1

  2. ZERO : FEVER Part.2

  3. ZERO : FEVER Part.3

  4. ZERO : FEVER EPILOGUE

  5. THE WORLD EP.1 : MOVEMENT

  6. THE WORLD EP.2 : OUTLAW

  7. THE WORLD EP.FIN : WILL

  8. GOLDEN HOUR : Part.1


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