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イギリスの学校教育とぬいぐるみ

Teddies at School

以前、9歳の息子が通っているロンドンの小学校から「修学旅行にぬいぐるみを1つだけ持ってきてもよい」という通達があったことをTwitterで紹介したらとても反響があったので、イギリスの学校でぬいぐるみが果たしている役割について、ここでもうすこし詳しくお話しすることにします。

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イギリスでは、ぬいぐるみ全般のことをよく「テディ(Teddy)」と呼びます。「テディベア」を略した言葉ですが、必ずしもクマのぬいぐるみを指すわけではありません。テディは英国の幼稚園〜小学校の教育現場にたびたび登場します。

まず、イギリスの幼稚園ではぬいぐるみを小脇に抱えて登園してくる子は珍しくなく、「テディベアズ ピクニック」といって、園児たちが教室あるいは屋外で輪になって座り、おのおの家から持ってきたぬいぐるみを抱っこしながら先生に絵本を読んでもらったり、ビスケットや切り分けてもらったフルーツを食べる、という時間があります。息子の幼稚園では毎週1回設けられていました。

そのあとに通ったロンドンの共学の公立小学校では、Reception(4-5歳)とYear1(5-6歳)の2学年で毎週金曜日に「ゴールデン タイム」と呼ばれる遊びの時間がありました。高価だったり壊れて困るものでなければ、家から何でも好きなおもちゃを持参してよい、というルールで、ぬいぐるみを持ってくる子もいればミニカーを持ってくる子も。

続いてYear2 (6-7歳)の学年になると、各クラスで1匹、クマのぬいぐるみを「飼い」、週末は生徒が持ち回りで家に連れて帰って「お世話」をする、そしてその様子を専用の日記帳に書き記したり写真を貼ったりして記録しなくてはならない、という決まりごとがありました。息子のクラスのテディベアは雄で「バーナビー」という名前。パジャマ、洋服数着、「B」のアップリケがついた手作りの赤いスーパーマンのようなマント、歯ブラシを所有していて、小さなリュックにそれらを詰め込んで生徒の家にお泊まりに行くのです。冬休みや春休みにお世話担当にあたった生徒はバーナビーを家族旅行へ連れて行ったりもするので、休み明けの日記帳を開くと、バーナビーがイングランドの田舎の川でカヤックに乗っていたり、エッフェル塔を背に記念撮影をしていたり、時にはナイアガラの滝の前で生徒手作りのレインポンチョを着せてもらって水しぶきを浴びている写真なども見られるのでした。生徒は女の子も男の子も、バーナビーのお世話の順番がまわってくるのを今か今かと楽しみにしていました。幼い頃から自分よりさらに小さいものを思いやり、お世話をする心を育てる、興味深い取り組みのひとつだと私は感じました。

家の引っ越しとともに、息子はYear4 (8-9歳)の学年から私立の男子校へ編入しました。これまでとうってかわって、男子オンリーの学校生活です。息子は基本的に自宅から通学していますが、学校の敷地内には1泊から子どもを泊まらせることができる「ボーディング ハウス」と呼ばれる寄宿舎があり、時々そこで寝泊まりをすることもあります。自立心を養うため、あるいは親が出張が多い、など、さまざまな理由で長期にわたってボーディング ハウスから学校に通う生徒もいます。13歳まで通う学校なので、高学年ともなると背が高く体格がしっかりした生徒も多いですが、修学旅行と同じく、ボーディング ハウスにもまた「ぬいぐるみと一緒に宿泊してよい」という規則があります。

こうした学校側のテディに対する寛容な態度は、実は「パストラル ケア(Pastoral Care)」の理念が根底にあります。パストラル ケアとは、元来キリスト教の「宗教的、道徳的な指導や助言」を指すそうですが、現代のイギリスの、とくに子どもを持つ親はたびたび耳にする言葉で、オクスフォード辞書をひくと ‘a teacher’s responsibility for the general well-being of pupils or students’ とあります。つまり、「教師(ひいては学校)は、生徒が健やかな状態で学校生活を送れるよう、できる限りのサポートを行う義務、責任がある」という考え方です。現在息子が通っている小学校にはパストラル ケアの専門チームがあり、Place2Beという外部のチャリティ団体と連携して子どもの精神面のケアに力を入れています。そして、パストラル ケアは未成年の子どもが通うイギリス全土の学校に見られることながら、とりわけパブリック スクールのような寄宿舎のある学校で、いっそう徹底している傾向にあります。

修学旅行も寄宿舎生活も、家族から離れて長い時間を過ごします。多くの生徒にとって、家族のいないところで自主的に身の回りのことをこなし他人と寝起きをともにするのは、どこか気が張って、時には寂しく不安な気持ちになることもあるでしょう。そんなときに、家から連れてきた見慣れたぬいぐるみは、就寝時に子どもをリラックスさせる大事な役目を果たしてくれます。「家から余計なものを持ってこないように!」と一蹴したりせず、子どもの心と体の健康を最重要視するのがパストラル ケアなのです。

実際に、息子の同級生2人にお気に入りのぬいぐるみを見せてもらいました。

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オットー「家にある僕のぬいぐるみは3つで、全部クマなんだよ」

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ジャスパー「ぬいぐるみは大好きでたくさん持ってる。お気に入りはこの牛で、今年のクリスマスは色違いの茶色を買ってもらって『チョコレートミルク』っていう名前を付けるんだ」

イギリスの男の子とぬいぐるみ

日本では、トゥイーン(ティーンの手前の8~12歳)以上の年齢になっても男の子がぬいぐるみが好きだなんて、とくに年配の世代は眉をしかめるひとが割といるように思います。ですが、イギリスではあまりそういったイメージは持たれていません。(もちろん、全くないわけではありませんが、一般的にみて。)クマのぬいぐるみは、英国ではもともと男の子が生まれたときにお祝いで贈られるおもちゃであった、ということを知っておくと、腑に落ちるかもしれません。ご存じイギリスの『クマのプーさん』(初版は1926年)も、著者のA・A・ミルンが、息子のクリストファー・ロビンとそのクマのぬいぐるみから着想した物語でした。このようにイギリスでは男の子がぬいぐるみを所有しているのはいたって普通のことなので、その子が成長していく過程で、そのまま部屋のどこかにぬいぐるみが鎮座していてもおかしくないのです。

息子の学年の修学旅行を引率した学年主任の先生(30代、1児の父)は、修学旅行前の学年集会で、ご自身のキウイ バード(昔、ニュージーランド旅行で購入)のぬいぐるみを持ってきて、「先生のテディも連れていきます。みんな、宜しく頼むよ」と生徒たちに紹介されたそうです。このことについて、先生ご本人からコメントをいただきました。

「私のキウイ バードを学年集会で生徒たちに見せたのは、修学旅行にぬいぐるみを持って来たいのなら、こんな感じで気軽にどうぞ、と伝えたかったからです。実際、旅行にはほとんどの生徒が持ってきました。最上級生になると、中にはテディの代わりに何か小さな思い入れのあるものを持ってくる子もいます。私自身について言うと、生まれてすぐ教会で洗礼を受けた時、洗礼名の名付け親が伝統的なクマのぬいぐるみをプレゼントしてくれました。他にも親戚から2つくらいもらいました。イギリスの男の子たちは、思春期になるとテディを部屋のすみから戸棚の中に移したりもするでしょうが、捨てることなく大切にしているケースがほとんどだと思います。私のテディたちもまだちゃんと自宅にいます。年季が入って存在感が増し、ますます現役という感じですよ」

※この記事は2017年10月に筆者の旧ブログに掲載した文を加筆修正したものです。

Text by Ayako Iseki           Photography by Akemi Otsuka

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