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【読書】のマガジン

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2019年12月の記事一覧

クリスマス=家族の集い

■アガサ・クリスティー『ポアロのクリスマス』 「きみ、人間は誰でも嘘をつくものですよ―イギリスでいう”牧師の卵”のように、いろんな種類の嘘をね。だから、重大な嘘から無害な嘘をえり分けることは、有益ですよ」(P.250) クリスマスということで読んでみたポアロシリーズの一冊。冒頭で著者がわざわざことわっているように、”血にまみれた兇暴な殺人事件”を題材にしている。 クリスマス、と聞いて多くの日本人がイメージするハッピーなムードとは無縁のこの状況はしかし、本場(欧米?)のク

心に残る「さよなら」

■レイモンド・チャンドラー『ロング・グッドバイ』(結末ネタバレあり) 「アルコールは恋に似ている」と彼は言った。「最初のキスは魔法のようだ。二度目で心を通わせる。そして三度目は決まりごとになる。あとはただ相手の服を脱がせるだけだ」(P.39) さて……何から書けばいいかなぁ。 まずはじめに、私は村上春樹による新訳を読んだ。これについて主に二つの点で良いと思ったので理由を書いておきます。 一つ目は、巻末の訳者解説にとても読み応えがあったこと。マーロウシリーズについて、と

群像劇の面白さ

■アガサ・クリスティー『ナイルに死す』 エルキュール・ポアロはひとり呟いた。 「男を愛している女と、女に愛させている男。さあて、どうかな?私も心配だ」(P.43) 巻末の解説にあるように、エキゾチックな土地を舞台とすることでマンネリ(自分にとっては二冊目なので実感はないけど)が回避され、ナイル川のクルーズという非日常感、エジプトの強い日差し、その中で立ち振る舞う美しい女性たちと日焼けした(であろう)陽気なポアロ……が効果的に描かれていた。 分厚い本の前半、ほぼ1/2近く

「想像力はよき下僕だが、主人には不向きだ」

■アガサ・クリスティー『スタイルズ荘の怪事件』 ポアロは微笑した。「想像力を働かせすぎるんですよ。想像力はよき下僕だが、主人には不向きだ。もっとも単純な説明が、いつでもたいてい当たっているんです」(P.139) この一冊には示唆に富む台詞が多くあった。処女作だから純度が高いのかも(という気がしたけれど、まだこれを含めて二冊しか読んでないのでなんとも言えない)。 冒頭の引用は、中でも忘れられない一文だった。これは推理に限らない真理だと思う。ポアロのような理性的な人間であり

「魔法の秘薬にりんごを漬けよう」

■サイモン・シン『暗号解読(上)』 一九三八年、チューリングはぜひにと言って『白雪姫と七人の小人』という映画を見た。後にチューリングの同僚は、ぞっとするような不気味なセリフを、チューリングが歌うように口ずさんでいるのを聞いた。「魔法の秘薬にりんごを漬けよう、永遠の眠りがしみ込むように」(P.304) 第二次世界大戦中、イギリスのブレッチリー・パークでの暗号解読を引っ張ったアラン・チューリングという天才数学者は、ドイツ軍の「エニグマ」による暗号を解読するなどの偉業を成し遂げ