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ちんちんエッセイ 『生雪見だいふく』

「それがね、ないの、ないんだよ、どこにも。前回出会ったOKマートに行ってもないんだよ。生雪見だいふく

 と、馴染みの商店で手にした雪見だいふくに語り掛ける。生雪見だいふくがなかったので、仕方なく、いつもの普通の雪見だいふくを買った。
 そしてセックスをしている。ちんちんを、雪見だいふくの中に入れながら話している。
 僕は、セックスをしながらのこの話し方が好きだ。一番本音をしゃべれるからだ。
 だが雪見だいふくは、溜息をつき、顔をそらしている。

「こっち見てよ」と、僕。
 顎を掴んで正面を向かせようとするが、抵抗される。仕方ないのでちんちんを強くつくと、雪見だいふくは「ウッ」と小さく声をあげる。

「……どこ行ったんだろう、生雪見だいふく。俺さあ、久々に物欲が湧いて、何軒も尋ねてやっと出会えたんだけどね。先月だったかな」

 一月前、僕は「生雪見だいふく」というものを知った。
 魅力的な名前だ、と思った。容姿も金をベースにした装いで、性欲をそそられる。
 普通の雪見だいふくに比べれば倍の値段だったが、アイスの代わりにクリームが入っていると聞き、その味わいを想像すると、ちんちんがたった。

 欲情した。
 久しぶりの物欲だった。コロナ禍の後、こんな風に物欲が出るのは久々だった。

 生雪見だいふくの存在を知ったその日、「精神の自殺をした自分自身の運搬」という労働を終えた後、僕は急いで高田馬場中の商店を探したが、なかなか出会えなかった。
 一つの商品を求めて、馬場中をうろつき回る。しつこく店舗を廻り、ようやく、閉店間際のスーパーマーケットに駆け込んで手に入れた。久々の物欲が解消できてうれしかったのを、生々しく覚えている。

 それで、すぐに生雪見だいふくとセックスしたのだが、正直物足りなかった。
 餅にくるまれた生クリームをただ食べている感じ。単調な味で、まあ、こんなものか、と思った。
 パンに塗ったらちょうどいいと思い、88円8枚切りの、最低の食パンに塗りつけて食べた。甘すぎないでいいな、くらいの感想だった。
 不味くはない、程度。

「やっぱり、普通の雪見だいふくが一番だよ。君でいいんだ、僕は。アイス最高。生クリームなんて、全然大したことなかったね」と、こっちを向いていない雪見に向かってささやく。

「好きだ」

「大事にしたい」

「お金がたまったら結婚しよう」

「僕は本気だよ」

「結婚しよう」

「年収が1000万円になったら、500万持って会いに行くから、その時は彼氏と別れて僕と結婚しよう」

「嘘じゃないよ。ほんとうだよ。僕は本当に君が好きだよ」

 とか言いながら、雪見だいふくの手を床に押し付け、相手が身動きできない状態にする。
 だか、ふと、雪見だいふくが僕を押し返す。

「もう、いいの?」
 雪見だいふくは身体をくねらせて僕のちんちんを抜くと、無言で服を探し出した。
 無視だ。
 僕はぼんやりとカッとなって雪見だいふくの、その赤いパッケージのヘリの「あけくち」を掴む。
 小さな悲鳴。だがお構いなく、僕はパッケージを開ける。中に丸い二つのアイスの大福――雪見だいふくが現れる。

「もう、やめてよ……やめてってばッ」と雪見だいふくが手を放そうとする。
「何なの。今日」と僕は訳を聞こうとする。
 見れば、雪見だいふくは、僕が手をかけた大福の部分が破けてしまい、中から溶けた白いアイス滲んでしまっていた。

 ああ、こういう時ほどやさしくしなきゃな、面倒くさいな、と思いながら、僕は微笑みを続けている。頑張って笑っている。

「……そりゃあ生雪見さんだって藤田君と逢いたくなくなるよ。……普通に考えてそうだよ」
 と、語気を強く僕に声をぶつける。

「ごめん」
 とりあえず謝る。謝ればなんとかなる。
 だけど収まらない。
 僕は、静かに、チッと舌打ちする。

「藤田君はさ、今も、自分が生雪見さんを食べられる立場だと思ってんの? 
 ……まだ、自分がまともでいるとか思ってる? ねえ。
 このところなに? 仕事がひと段落、とか言って、私以外の女の子何人も抱いたっていう事、わざわざTwitterに書き込んだりしてて。
 こういう事ってさあ……ちょっと、異常だよ、普通に。」
·
 どうしたんだろう。雪見だいふくは。ただのアイスじゃないか。それもアイスミルク。
 乳脂肪分がラクトアイスよりはましな程度の、100円にも満たない廉価なアイスが、何を。今日はなぜこんなに突っかかってくるんだろう。
 せっかく食べてあげているのに。

「……なんか怒らせちゃったんだよね。ごめんね」

 とりあえず、とりあえず、とりあえず謝れば、なんとかなる。笑って、上機嫌で謝れば。
 いつも、そう。そうやってきた。雪見だいふくを触る。僕の指が、大福のまわりの白い粉で汚れる。後で手を洗わないと。
 だけどその手は振り払われる。

「今の藤田君はさ……本当に自分が今、最低だって気づいてないの? 
 前の藤田君は、ダメなところもあったけど、何か頑張ってる中でダメなところ自虐してた。
 でも、今は、何?」

 雪見だいふくはパッケージを真っ赤にして、声をしゃくらせながら怒る。
 冷やされて、結露がパッケージの底面に溜まっている。
 泣いている。

「好きになったんでしょ? ねえ、ちゃんと生雪見さんを好きになったんでしょ? 私みたいに、抱けるから抱くって感じじゃないんでしょ?
 ……今の藤田君が、生雪見さんを大切にできると思う? 
 全然、頑張ってもない人に、おやつを食べて欲しいとは思わないし、そもそもさあ。……全然大切にたべてなかったじゃない! 味わいもせず、消費するみたいに食べて!」

 僕はぼんやりと、雪見だいふくの頭の上の部分を見ている。
 蚊がいるな、と思う。ぶーんと耳鳴りがする。

「そんな人間に、おやつは食べられたくないの。
 藤田君、一度でいいから食べられるおやつの事、考えたことある? 男とか女とかおやつとか、そういうの関係なくて、同じ人間なんだよ? 人格があるの。何でセックスの最中に他の女の子の悪口を聞かされる気持ちとか、想像したことないの?」

 おやつ、って、人間なんだろうか。

「それでも藤田君は、面白いものを作ろうと頑張っていたし、こういうのも藤田君の創作のエピソードになるのかなって思って、アタシ、嫌だったけど、話、合わせて、そうだねって、
 そうなんだよねって、
 わかるよって、
 藤田君のこと、わかるよ、って、
 アタシしか藤田君のことはわからないよ、って、
 ……優しくしないと、藤田君壊れちゃうと思ったから。
 アタシ、頑張って、して、たけど……もう嫌なの。本当に嫌。嫌なの」

 早く終わんないかな、この時間。長いよなあ。
 ……長いよなあ。

「藤田君は自分が幸せになる権利もないとか思ってるのかもしれないけど、私何度も、……幸せになっていいんだよって、伝えました。
 時々、甘いものを食べても、いいんだよ、罪悪感、持たなくていいんだよって、アタシ何度も言ったし何度も食べられたよね? 
 でも藤田君は全然約束守らない。」

 約束ってなんだろ。

「頑張るんでしょ? ――この一口食べたら作業を頑張るんでしょ?」

 ああ。それ、約束かなあ。
 なんか笑っちゃうなあと思い、なんか僕は微笑んでる。

「甘いもの食べてコーヒー飲んだら頑張って、誰にも頼まれてない自分のための作業をするんでしょ?
 なんでなの?
 あきらめたの?
 夢をあきらめた自分がかっこいいと思ってるの?
 そんな人に、私たべられるの?」

 別に諦めてないんだけどなあ。伝わらないか。
 何もしてないだけなんだけどなあ。

「そんな人に、……生雪見だいふくさんも食べられたいと思いません。
 そんな人に、私は抱かれたいとか思いません。
 よく考えてください。しあわせになってください。
 一人でしあわせになってください。
 私はもう手伝えません。もう二度とあなたの前に現れたくないです。
 これはケンカとか冗談とかじゃないです。」

 うん。

「さようなら」

 といって、雪見だいふくは去っていった。

 僕は「なんかうるさいなあ。理屈言ってたけど、てか、女子ってそういう、感情的っていうかさあ、僕にちゃんと伝わる様に言わないと、あれじゃあせっかく怒っても効果ないんだよなあーコスパ悪いんだよなあ」とか言いながら、服を着て、アメトークのアーカイブを見始めた。

 そんな感じで、生雪見だいふくが売ってないんですよね。
 さっき雪見だいふくを代わりに買ったけど、別に変わんないおいしさ。
 別に、毎日食べなくてもいいかなって感じ。
 結婚とか、別にしなくてもいいかもな。明日は月曜日だから朝早いんだよな、仕事。早く発作が収まってよかったな。ちゃんと、寝られるなあ。

 そんな感じの日曜の夕方だった。
 雪見だいふくも、生雪見だいふくも、あれ以来、買って食べていないです。

(了)

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