採石場にて:トイレには行かない方がいいんじゃないかなぁ、というお話

小説家になろう【夏のホラー2021】テーマ「かくれんぼ」出品

 トイレには行かない方がいいんじゃないかって話なんですけどね、兄弟が勤めている職場のトイレに休日行くなんてのは止めておいたほうがいいみたいです。

 この話を持ってきたのはAさん、五十過ぎの男性なんですが、Aさんの子どもの頃の話だっていうんです。
 Aさんが中学校に上がるまでお父さん転勤が多くて家族であちこち引っ越しで移動してまして、そのうちの一つ、小学校低学年の時、山の中の村に短い間いたときなんですが、昔の話ですし田舎ですし、遊ぶところといったら山とか川とか自然なんですね。その中で唯一都会の人だったら遊べなさそうな場所で、採石場があったんです。
 Aさんには歳が離れたお兄さんがそこで働いておりまして、Aさんもたびたび連れて行かれまして、仕事の邪魔にならないよう遊んでいいよと。職場の皆さんにも可愛がられ、学校の友達もできて、その友達に連れられて川遊びをしたり虫取りをしたりと楽しく暮らしておりまして。
 とある日曜日、山でかくれんぼをやろうということになりました。
 じゃんけんで鬼が決まり、その子が数を数え始め、みんな思い思いに隠れるんですが、A君突然トイレに行きたくなった。
 男の子なんだからおしっこならそこら辺ですればいいんですが、大きい方で、誰かに見られたら恥ずかしい、そこで遊んでるところから採石場の建物が見えるので、そこでさせてもらおうと思いまして、「タイム!」と叫びました。
 鬼の子がカウントを止めまして「どうしたー?」と叫びまして、「ちょっとトイレ!続けてて!」と怒鳴って返事も待たずに採石場に走る。
 走って走って、どうやら間に合いそうだと。
 今日来る前、A君のお兄さんが出かけるとき事務所の鍵を落としてそのまま行ってしまい、A君が拾ってみんなの目に付くところに置こうと思っていたのですが、何故か、なんとなくポケットに入れて遊び場に来てしまったんですね。だから休日の事務所トイレを申し訳ないけど使わせてもらおうと。
 走って採石場に到着し、大型車が何台も停まっていているのをくぐり抜け、階段を上がり鍵を開けてドアを開ける。
 そこでAさんの記憶は途切れているんです。
 その後っぽい記憶は別の土地に引っ越して、日常生活を送っている記憶なんです。
 別に覚えてないのはかまわないですし、他にも覚えてない土地のことはたくさんあるでしょう、たんに(あぁ、あんなこともあったなぁ)てなもんなんですが。

 そもそもその土地のこと、鬼ごっこのことを思い出したのは、テレビを見ていたらインターネットの地図サービスの特集をやっていたからで、地図モードから航空写真モードへの切り替えとか、サービス提供会社が道を実走して人の目視点の風景を見られるとかやっていたので興味を持って地図サービスのサイトを立ち上げて、自分の家周辺とか行ったことのある旅先を見ているうちに、その土地の駅が目に入ったからなんだそうです。
 もう何十年も経っているので駅周辺はすっかり変わってしまった、自分が住んでいたところも変わっているみたいだし記憶が薄れているしで(こんなんだっけかなぁ)と思いながら見ていたら、森と道は変わっておらず、採石場もあって、(あぁ、懐かしいな!)と。
 昔を懐かしんで同居してる母親にこの当時のことを話たら、もう母親は高齢だしあちこち引っ越しているからその土地のことは覚えていないって言うんです。
 ならばと兄に電話して、この当時の記憶の確認をしようとしたら、
「え?俺採石場では働いてないぞ」と。
 Aさんびっくりしたんですがお兄さん続けて
「森林関係のところで少し働いていたんだよ。採石場は行かなかった。お前が一人で行って可愛がられたんじゃねーの?」とのこと。
 変だなぁ、じゃあの鍵はなんだったんだろう。兄が働いていた森林事務所の鍵で、あのときは採石場の建物のドアは鍵が開いていたんだろうか。
 と考えていて、他にも一緒に遊んでいたみんなの顔や名前も思い出せない、うーんなんだっけなぁとは思うのですが、やっぱり小さかった頃の記憶ってこんなにも無くなるものなのかと悲しく思う程度なんですね。

 それで、普通でしたらこういう思い出せない思い出ってのはあって、それもまた忘れて日常を過ごすようになるんでしょうけど、Aさん、その後仕事でそっちの方に行くことがありまして、時間もありそうだからと当時住んでたところに行ってみることにしたんですって。やめときゃいいのにというか、やらなきゃよかったってんですがね。

 そっち方面の仕事を終わらせ、忙しくない時期なんで有給を取って二泊予定を立てて、最寄りの駅近くのビジネスホテルに仕事道具を置いて身軽になって、バスに乗って住んでたところに行くんです。
 まぁ当時も駅の方にはしょっちゅう行ってたわけでもないので道中の景色がどれだけ変わっているかもよく解らないんですけど、バス降りまして、区画整理でも行われたのか何軒もある家の配置も見覚えがない、当時の住所をたよりに住んでた家に行ってみると、やっぱり違うっぽい、その後来た人が家を建て替えちゃったんだなぁと。
 ただ山に行く道は変わってなくて歩いて行くんですけど、森の中って逆にどこの森も変わらないじゃないですか、森の中で働いている人じゃなければ森の中の違いなんて区別着かないと思うのですよ、なのでAさん、いつか見知った場所に出るんじゃないかと歩き続けまして、採石場の建物が見えるところまで来ました。

 さすがに採石場は変わらないんですよ、覚えているまんま、なのに奇妙なのは大型車両が一台もない、削られた山と建物だけが記憶のままで、逆に採石の範囲が広がってないのかが奇妙に思えるんです。
 なんか記憶どおりなんだけど五十年近く経っているのに記憶通りっておかしくないか?と思うのですが、大型車両がないぶん、もう廃業しちゃったのかなとも思える。
 建物が見える位置からまた三十分くらい歩くんですけどね、バスを降りてから、集落を通ってここまで来て、採石場に着くまで誰にも会わない、うーん、過疎なのかなぁと思いつつ、変わらず懐かしく奇妙に思う採石場敷地に入って建物まで歩きまして、そこでようやく気がついたんですが、
 車を停める場所は敷地一杯にあるんですが、雨が降ったときでも濡れずに建物に入れるように、一階は駐車スペースになってるんですよ、車二台分くらいしかスペースないんですけど、雨も降るときは降りますからね、建物を作ったときに濡れるのが嫌だって人が設計したんでしょう、でトイレも一階にあるんです。作業してる人がトイレに行きたくなったとき、いちいち二階の事務所まで上がらずに済むよう、一階にもトイレはあるんです、じゃなんであのときの自分は二階に上がって二階のトイレを使おうと思ったんだろう?一階は汚かったのか?鍵を持っていたからかな?とよく解らないんですが、まぁ深く考えず階段を上りましてね、
 ドアをノックしても返事がない。今日は休みなのかと思いつつ、ドアノブを廻してみると、廻るんです、ドアが開くんです。
 外出してるのかな?とドアを開けますと、机があって椅子があって、机の上に何か黒い物があるんですけどそれ以外は何もなくてガラーンとしている。埃っぽくて、あぁ、やっぱりもう廃業したのか、と。


 部屋に入って黒い物のそばに行きますと、黒い木の枠が重ねられていて、一つ持ち上げてみると、遺影なんです。
 子ども遺影がうつ伏せで重ねられているんです。
 びっくりしてバタンと落としてしまったんですが気になったものはどうしようもない、びくびくしながら一番上の枠をひっくり返すと男の子の遺影で、またびくびくしながら次の枠をひっくり返すと別の男の子の遺影でと、六枚全部子どもの遺影で、男の子が四人、女の子が二人なんです。
 なんだこれ!と思ったら脇にクリアファイルがあって、中を見てみると五十年ほど前の新聞記事の切り抜きがたくさん入っていて、採石場で遊んでいた子どもを不注意の社員が轢き殺してしまったと、その関連記事が入れられていたんです。
 大型車両の下に子どもが潜り込んでいて、確認しなかった社員が車を動かして死なせてしまったんだけど、子ども一人なら、まぁ悲惨ではあるけれど無い事故ではない、しかし一度に六人も死なせてしまったのは不注意にもほどがある、同情の余地無し、会社にも責任があるだろうと地域で大問題になって、採石場は廃業を余儀なくされたという流れなんです。
 Aさん呆然としまして、自分がここにいた時期ってこの日付だっけと考えるんですが解るわけもなく、この六人が自分と遊んでいた子ども達なのかも解らない、解らないで「えぇー!」と呆然とするしかないんです。
 呆然とするしかなくて、記憶通りの場所にあるトイレのドアを開ける気にもなれなくて立ち尽くしていたら突然
「忘れてしまったんなら仕方がないですねぇ」と女の人の声がして、驚いたのなんの、でそっちを振り向こうとしたら、真後ろからまた「思い出せないんなら、仕方がないですねぇ」って同じ声がして、気を失ったんでしょう、次の瞬間、バス停にいてバスを待っていました。
 時間通りにやってきたバスに乗って、ビジネスホテルをキャンセルして家に帰ったっていうんですけどね、

 母親にこの当時のことを尋ねても覚えてないと言いますし、兄が自分の交友関係を知っているわけもないですし、当時一緒に遊んでた連中も生きていたらもういい年齢でここに住んでいるのか解らないし、そもそも家を覚えていない、そして自分の記憶も当てにならないことで、Aさんは考えるのを止めよう思い出すのも止めようと思うんですけど、一つだけ、

 これ、休みの日なんだけど、あのとき自分がトイレに行ったから起こったことなんじゃないか?

 という気がしてならなくて、これだけは何かの拍子に頭に浮かんでどうしようもなくなるんだそうです。

「というのも、トイレに行って、用を足し終えて、かくれんぼに戻った記憶がないんですよ。
 あの六人の遺影があのとき一緒に遊んでいた子ども達がどうか思い出せない、採石場は休日で誰もいなくて、大型車の下で待っていたって何が起こるわけもないんですけれど、それでも自分が採石場の二階のトイレに行ってしまい、そのあと何故かかくれんぼのことを忘れて家に帰ったら、みんなが(Aのやつ、戻ってこないな)と採石場に移動して待っていて、それで事故が起こったんじゃないかと。
 それが当たっている確率がどれほどあるのか解りませんが、可能性はゼロではない、自分が全ての原因でみんなを死なせてしまったんじゃないかという思いは抑えられないんです。
 だって自分の記憶に全く自身がないんです、何かもっと忘れていることがあるのかもしれません。
 だからそもそも、トイレには行かない方がいいんでしょうね、特に兄が勤めていると思っている会社のトイレには」


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