床が暗くなる:トイレには行かない方がいいんじゃないかなぁ、というお話

 トイレには行かない方がいいんじゃないかって話なんですけどね、ちょとしたことがありまして、今までの話は全部引っ込めたんですよ。
 もう話を持ってこられても聞くのを止めようって思ったんですけど、どーしてもって人がいまして、押しきられまして。(2021年3月21日にまた公開に戻しました)

 その人、A子さん、そんなに友達がいるって人じゃありませんで、別に友達なんていなくてもいいって人みたいなんですが、まぁそういうことを通すと学生生活はかなり厳しいんですけれど、それでもやっぱり周囲と距離をとっていました。
 大学生になりまして、サークルにも入らず一人でのびのび好きなことをやっていたんですが、大学生というのは勉強だけやってれば進級できるかといえば、そういう人もいるにはいるんですけど、たいていの人は要領を良くした方が楽に進級できる、先輩後輩という縦の繋がり、サークルの同学年の関係という横の繋がりで情報を集めて、去年のテストはどうだったとか、この教授の出題傾向はどうだとか対策を立てて、そういう人間関係を構築する術を身につけるというところでもある、なのでA子さんもうすく狭く最低限の人間関係は維持するようになりました。

 それで親しくなったB子さん、B子さんは面倒見がいいんだかA子さんが友達としてタイプなんだか、世話を焼いてくれる性格で、A子さんに必要な情報は自分が知らないとわざわざ他の人に聞いてきて調べてくれて、A子さん申し訳なく思うやら尽くす系かと呆れるやらウゼェと思うやら、まぁA子さんもいろいろ複雑な心境になるのでりました。
 で別に喧嘩になるまでの自分の領域に踏み込ませず、B子さんがA子さんに求めること、知識や情報なんですが、知ってるから教えられること二割、全く解らなくてB子さんが自分で調べた方が早いかと思わせること七割、本当に知りたいことではなくただ話に乗っかってればよさそうだてのが一割くらいと判断して毎日を過ごしていたんですが、

 いつの頃からかB子さん、元気がなくなっている。A子さんとも他の友達とも話さなくなって、教室の隅の椅子に座ってボーッとしているのを見るようになった。
 みんなは「どしたのー?」と聞くのですが「うん、最近すぐ疲れちゃって」くらいの返事ばかりで、A子さんは(なら別に聞かなくてもいっか)と様子見に徹していたんですが、半月くらい経っても様子が戻らない。
 みんなはさんざん聞いたからもうそっとしておこうかと距離を取り始めたんですが、そのぶん今まで一度も聞かなかったA子さんが(そろそろ私も聞かないとまずいかな)と思うようになったんですよ、でようやく
「最近元気ないね、どうしたの?」と聞きましたらB子さん
「うん…」と最初は言葉を濁していたんですが、
「なんだかね、部屋のトイレの床が暗いの」と続けたんですよ。
「トイレ?」って、びっくりですよ。
「うん…電球を新しくしたら?」
「トイレ全体が暗いんじゃないの。床が暗いの」
「カビが生えてきたとか?」
「床が黒いんじゃないの。暗いの」
「床の材質が…」
「だから黒くなってるんじゃないの。暗いの」
 って、A子さんには状況が全然想像がつきません。
 今までは、といっても半月よりもっと前までは、別に違和感がなかったトイレの床が暗く思えてきて、天井の電球が劣化したわけでもない、というか電球って点くか点かないかであって時間をかけてどんどん暗くなるようなものでもない、床が光に当たっていても、光を吸収するようになるてのも聞いたことがない。
「トイレに行って座っていると、なんか床が暗いなって思っちゃって、力が入らなくなって、立ち上がるのも頑張らないといけなくなって、トイレから出ても疲れがぬけないの」
 と言われてもなんて言ったらいいか解らない。目を丸くして返事に困っていると、
「ありがとう。みんなだったらこんなこと言っても笑うだけでしょうけど、あなたはちゃんと聞いてくれると思ったの」
 と言うと、B子さん、疲れていたようで、そのまま机に突っ伏して眠ってしまいました。
 その日はもうその教室、講義で使われることもないのでそのまま眠っても大丈夫なんですが、A子さんもB子さんを一人にもできないし、なんとなく目が覚めるまでの一時間くらいを本を読んだりしてそこに過ごしていました。

 それから一週間くらいして、B子さん、大学に来なくなっちゃいました。
 どしたのかなーとは思いましたが、A子さんにも日常はあるし、B子さんの住んでるところがどこか知りませんし、他に心配している友達はいるから詳細はそっちがやるだろと関知しなかったんですが、ある日大学経由でB子さんの母親から「会ってくれませんか」と連絡が来まして、待ち合わせ場所に行ってみると年配の女性がノート持って先に来ていましてね、
 B子さんが亡くなったって言われたんですよ。
 お母さん、連絡が途絶えて心配になって、借りているアパートに行ってみたら、B子さんがトイレで座った状態で死んでいた、でも用を足してる最中ではなく、スカートも下着も普通に着て便座に座っていて、眠るような穏やかな表情だったと、
 それで一体何があったんだろうと家族全員で部屋の中を調べたり探したりしたんですけど、別に誰かに何かをされていたようでもなく、講義に付いていけないとか問題があったわけでもなく、健康問題でもなく薬をやっていたということもなさそうで、何があったのか本当に解らない、それでノートを見ていたらA子さんの名前があって、話を聞いてもらった嬉しかったとあって、何を話したんでしょうか?と。
 と言われましてもねぇ、トイレの床が暗くなって光だけでなく元気も吸い取られていた、なんてことを言われたと言えるかといえば、なんとなく言えないわけですよ、
 でも腕を組んで「うーん!」と考えまして、実際私だって言われてなんのこっちゃ解らないし、言ったってお母さんも混乱するだけだと思うけど、これ言ったって別に私に何か不都合があるか?って考えたら、何も思いつかないんで、でお母さんに
「私もB子から言われてよく解らなくて混乱しているんですが、そのまま言ってもいいですか?」と前置きをして、
「トイレの床が暗いって言ってました。その話を聞いて、元気が吸い取られているのかなって思いました」
 と正直に話して、で聞いた話はそれだけなわけですからお母さんも「?はい…」て状態で帰りましたけどね、
A子さん、
「結局私にも何が何だかよく解らない話でした。今でも想像するのも難しいです。床が暗くなるって、どういう感じなんですかね?B子もそこで死んでいたのが本当なら、なんで用を足しながらではなく、身なりが普通でそうなってしまったのか、全く解りません。ただ、苦しん死んだのでないのなら、それが唯一の〝まぁ、なにより〟ってことなんでしょうけど。
 吉野さんの話を聞いて、トイレに行かない方がいいのは、床が暗くなったらってのもあるんだろうなと思って話に来ました」


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