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APACのAI活用最前線を読み解く

APAC地域で浮き彫りになったAI活用格差

近年、APAC地域においてAI投資は急速に拡大し、DX(デジタルトランスフォーメーション)の一環として多くの企業が先行者に追いつこうと模索しています。IDCがSAS Institute(以下、SAS)の委託を受けて行った最新の調査「IDC Data and AI Pulse: Asia Pacific 2024」によると、約43%もの企業が「今後12カ月以内にAI投資を20%以上増やす」と回答しています。

一見、投資意欲は十分に見えますが、その一方で「自社はAI先行者である」と断言できる企業はわずか18%にとどまりました。
では、なぜこのようなギャップが生まれるのでしょうか。本記事では、長年国内外のDX推進に携わってきた私が、APAC地域のAI活用実態と日本の現状を独自の視点で紐解き、これからのAI活用戦略において何が求められるのかを深堀りしていきます。

参考:EnterpriseZine Press「AI活用で成功する企業と失敗する企業の“差”は何か? APAC地域での調査で見えたギャップを紐解く」


AI“先行者”と“追従者”を分かつ決定的なポイントとは

今回の調査では、“AI先行者”と呼ばれる組織は単に「投資額が多い」ことではなく、以下のような明確な条件を満たしています。

  • 明確なガバナンスと倫理観:AIのバイアスや公平性、セキュリティ面に配慮し、モデルの透明性を確保

  • 長期戦略的なアプローチ:短期的な成果にとどまらず、中長期でのAI活用ロードマップを描く

  • プラットフォーム整備とデータ基盤強化:データを的確に管理し、モデルを運用するための基礎体力

  • 戦略的なAI活用:事業戦略とAI施策が密接にリンクし、テクノロジーをビジネス価値へ変換

こうした「戦略的先行者」はたとえ数が少なくとも、極めて加速的な進化を遂げつつあります。一方、追従者は「とりあえずAIを使ってみる」段階にとどまり、十分なROIや成果につなげられず、“次のステップ”を踏み出せていません。


日本企業が直面する三重苦:戦略欠如・人材不足・インフラの遅れ

DXの文脈でしばしば語られる「戦略的視点の欠如」は、生成AI分野でも露呈しています。

  • 戦略欠如:多くの企業がPoC(概念実証)や小規模なユースケースを複数持っているものの、企業全体のビジネス戦略と結びついていない

  • 人材不足:APAC全体では35%がAIスペシャリスト不足を訴える中、日本は42%とさらに顕著(参考:IDC公式サイト

  • インフラの遅れ:俊敏性を欠くインフラ、レガシーシステムに依存する構造。加えてマネジメント層のリテラシー不足は、投資を戦略化する際の足かせに

さらに日本独特の傾向として、外部SIerやコンサルティング企業への丸投げ体質があります。これが自社内にノウハウを蓄積しづらくし、AIを自社ビジネスと直結させる際の障害になることも珍しくありません。


グローバル規制と倫理への備え:AIガバナンスの新たな戦場

AIがビジネスを変革する力を秘める一方、その利用は社会的・倫理的インパクトを伴います。現在、各国で異なるAI規制が進行中ですが、将来的には国際的な基準整備に向かうと予想されます。

SASは、米国政府やEUのAI規制法などグローバルな動きに直接関与しながら、「信頼できるAI・責任あるAI・説明可能なAI」を提供するためのフレームワークを整備中です。日本企業も総務省のガイドラインや国際標準を視野に入れ、早期からガバナンス体制を構築することが求められます(参考:総務省AIガイドライン)。


ビジネストランスレーターの重要性:AIを真にビジネス価値へ転換する役割

AI技術やデータサイエンティストが不足している、あるいは十分に力を発揮できていない要因は、ビジネス側との“橋渡し”が欠けていることが大きいです。

ビジネストランスレーター」と呼ばれる役割が今後ますます重要になります。このポジションは、

  • ビジネス戦略とAI活用を結びつける

  • データサイエンティストが生み出すモデルの価値を、顧客ニーズや事業目標へ転換する

  • エシカルAIの側面を理解し、組織全体を横断するガバナンスを確立する

といった機能を担います。ビジネストランスレーターの存在は、AI活用が単なる実験で終わらず、持続的な競合優位をもたらすための鍵になります。


成功事例から学ぶ“シナリオベース”アプローチの有効性

SASが提唱する“シナリオベース”アプローチは、単にモデルを導入するのではなく、「どのようなビジネスシナリオで、どのようなアウトカムを狙うか」を明確にするものです。これにより、以下が可能になります。

  • トレーサビリティの確保:どのモデルが誰によって作られ、何のデータを使ったか、どの意思決定に影響したかを一貫管理

  • 既存IT資産の有効活用:レガシー環境を活かしつつ、新たなモデルをシームレスに運用する

実際、ある金融企業では投資先評価をリアルタイムで行うことで高度な意思決定を実現しており、これは市場の変動に迅速に対応する戦略的なAI活用の好例です。こうした成功事例は、“シナリオファースト”で考えることの重要性を如実に示しています。


読者への提言:AI活用の“次の一手”をどう打つか

では、IT企業勤務者やDXコンサルタントとして、今日から何をすべきなのでしょうか。

  1. 戦略起点でのAI導入計画立案
    単なるPoCやテスト導入にとどまらず、自社のビジネスゴールに直結する「シナリオ」を描き、そこから必要なデータ、モデル、インフラ、スキルセットを逆算します。

  2. ビジネストランスレーター人材の育成・配置
    AIやデータサイエンスの知見とビジネス理解を兼ね備えた人材を育成・配置し、技術チームと経営層の意思疎通をスムーズにすることで、意思決定の質を高めます。

  3. ガバナンス強化と倫理面の考慮
    国際規制を踏まえたAIガバナンス・フレームワークを整え、社内で「信頼できるAI」利用の原則を明文化し、リスクマネジメント体制を強化します。

  4. グローバル視点の獲得と外部リソース活用の見直し
    外部パートナーへの依存を見直しつつ、グローバルトレンドや他国の成功事例に学ぶ。外部支援はあくまでノウハウ獲得の加速装置と位置付け、自社内の知見醸成を目指します。


終わりに

AI活用は、単なる技術投資ではなく、ビジネスモデル変革そのものといえます。真の成功は、戦略的・長期的な視点と、人材・ガバナンス・テクノロジーを有機的に結合することで初めて到達可能です。APAC地域の事例から日本企業が学ぶべきは、「先行者」としてのマインドセットと行動様式の変革です。ここで得た知見を活かし、今こそ自社の戦略を再点検し、AI活用による持続的な競争優位を築いていきましょう。
今後のビジネスシーンで、あなたの意思決定がより先鋭化し、“AI先行者”へと近づく一助となれば幸いです。

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