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豆話/夢に落ちる時なんて


 今日もまたこの瞬間を待っていた。覚醒と眠りの狭間。ゆらめく意識。引きのばしたくてわざと寝返りをうってみる。眠りに入ろうとする意識を必死になって引き上げる。いったりきたり。もうくたくたで眠りたくて仕方がないのに、この時から離れたくない。何もかもから解き放たれた心地。身体の浮遊感がたまらなくて。

 「眠いなあ……」

 独り言を言ってみる。室温は適温、あたたかくもあり涼しくもある。布団はふわり。今日は休日だったから物干し竿にばさりと干した。ぬくまる布団にくるまる時を想像し、待ちきれない気持ちを抑えた。安らぎの香りを探してたどり着いたシトラス、そっと枕にふる。果実の海にぷかり浮かんだ自分、重なる太陽の香り。
 今日も一日頑張りぬいた。ほかほかの布団が優しくいたわってくれる。この時のために今日を走りぬいたのだ。この時があるから頑張れる、頑張ったからこそのこの時なんだ。この時こそ本当の自由を感じられるのかもしれない。

 けたたましい音が響いた。目覚まし時計の音だ。半分起きていた右手がアラームを止めた。途端にしん、と静まる午前5時の部屋。時折早起きの小鳥がちゅん、ちゅん鳴く声が窓の外からする。
 昨日を終えて今日に来た。昨日なのか今日だったのかもうわからないあの時。それでも最上の時に違いなかった。なぜならあの時を何も覚えていないからだ。いつ眠りに落ちたのかも、夢を見たのか見なかったのかすらわからない。わからないことがこんなに良いことなんてなかなか無いのではないだろうか。窓を開けて飛び立った小鳥たちにおはよう、挨拶をした。眠る前、何か思っていた気がする、しかし忘れてしまった。おはよう、と共に解き放たれた心。広がる今日の世界。
 
 今日もまた歩き出せる、そう感じた。

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