脳味噌破裂するような(3)

 しかし、大きな物事は小さなことからしか始まらないとあいつは言う。
 コインを投げながら、嘯くような調子でそんなことを言ったのだった。
 彼の足元には沢山のそれが散らばっていたのだった。

 アジトの中にある間で、椅子に腰かけながら彼は言葉を紡いでいたのだった。
――彼が標的に選んだところ、もの……

 電気の関わるもの。

 この、比較的大き目のテロ、そう聞いてみんなが頭に思い浮かべるような派手な攻撃は、国会議事堂や発電所やテレビ局や国立の大病院ではなく、電車から始まった……。

 その、移動する物体から。

 右手で五百円玉を繰りながら彼は言う。
「日本を破壊するのに爆破する必要なんかないんだよ、爆撃して人を殺して、物を壊してなんか、する必要は無い
 ……本来、経済こそがライフラインなのだからね」
くっ、くっ、と喉の奥で彼は笑いを立てる。
 静かな世界の中でのことだった。

 しかし、時折悲鳴のようなものが聞こえた。
 それは幻聴だと彼は言うが、実際、響いていただろう。
――そのときも散発的に光や音の刺激があったが、彼は構わず続けていた
「線路だって壊そうと思えば長い時間がかかり、必要な損失を与えるのに沢山の人員が要り用になってしまう
 しかしながらどうだ、燃やしてみたら……?」

――曲がれ、確か、そう言っていたか……?
 あれを起こす前に。

 レールが燃やされる事故があった、悪戯のせいで遅延が発生したとアナウンスがあったし、実際マスコミによりその視聴者達の危機感や不安感を宥めるようなテレビ報道がされもした。
 これはただ企業の進捗の遅れを齎したに過ぎず、それも小さな、対処し得る範囲のものに過ぎないのだ、と。
 再び誰かがこのような火災を起こすことはないのだ、警察が動いているのだし、と。

 実際、レールの上に石が置かれていた方が危険だった、とワイドショーで専門家が言うこともあった。
 しかしながら実際はというと、ツイッターやテレビで情報を得た人達が便乗的に放火したこともあり、火災攻撃はエスカレートしてゆき、電車での事故が起きるようになった。

 起きたのだ。

――忘れた頃に、奇襲的に大きな火災を乱発したから
 それは無視し得る、レールの上に石が置かれるよりもマシなものだったのだろうか、ツイッターを通じての児童買春が増えたとか、不倫をする芸人が出たとか、そういったことの方が大事だったのだろうか?
 火の危険性は不用意に扱うと爆発してしまうようなガスボンベ程ではなかったのだろうか?

 彼の言うようにレールは歪み撓み捩じれ、曲がり弾け綺麗に電車を飛ばした。
 二つの電車が衝突し合うようなこともあった。
 ……いいや、電車が脱線するような事故が起きた。

――人々は寄って集って撮影し、ネットに現場の写真をアップロードした
 マスコミに映像を提供したことを誇らしげに自慢する者もいた。

 加え、ツイテロ部隊によってデマが拡散され、大衆は扇動されたのだった。

 電車オタク達による解説がネットには蔓延り、ユーチューブやニコニコ動画に説明するような動画が大量に投稿され、5chに憶測が書き込まれ、事件を話題にしたネット記事がはてなブックマークで人気エントリーに入り、トゥギャッタラーやまとめサイト運営者やブロガー達や、あるいはマスコミやユーチューバーやそういったメディア系で収益を得ている者達を潤した。

 ツイッターで荒らしをしたり、有名人に誹謗中傷のリプを送って炎上を起こしたりする者達はテロリスト叩きばかりをするようになった。

――電車、それが話題の要にあったのは確かかも知れない……
 炎上商法的に電車の玩具の売り上げが伸びたのだからこれは玩具会社の陰謀なのだという説をツイッターで唱えた人が、炎上し、また裁判で訴えられることになった。
 その商品は販売自粛まで追い込まれたのだ。
 ……風評被害といったものだろうか。

 所謂鉄オタと呼ばれる熱心な人達によって偶然撮影されたという、電車が、……空を飛ぶ動画は拡散され、削除されても削除されてもネットの上に残り続けることになった。

 電車テロが、起きた……。
 それは瞬間的に起きたのだった。

 そのときにも、窓ガラスが破砕し、悲鳴の響き渡る車内から人が投げ出され、横転した車両がビルや建築物に衝突し、”大惨事”と呼ばれる事態となっていたというのに。

「電線を切るのもそれほどいい案じゃない。実際そういった事故というのはそれが自然によるものか人の手によるものか関わらず日常の中にあるものなのだし、対処や対応のマニュアルといったものがしっかり用意されているから。そうして迅速に処置がされるし
 それなら実際、起こりそうもないことが発生すれば対応に時間が取られるんじゃないか……?
 時間さえ取られれば朝のラッシュを妨害することは可能な訳なのだから」
そう言いながら、自分と椅子の隙間から何かを取り出して、自身の顔の前でそれを彼は振っていた。

――鈍色の光を跳ね返す、……

 どこからか取って来たのか、線路の破片だった。
「これ、鋳鉄で出来ているんだぜっ。それって、熱に弱いんだよ。そうして少しでも歪めばレールとしては使い物にならなくなってしまう。そうだろ? 自動車のタイヤみたいにゴムで出来ている訳じゃないんだから。随分と摩擦係数の少ない車輪とレールが接触し合って電車は進むんだから
 もう、曲がってしまったらね、復旧するまでには随分と時間がかかるんだよ。どこまでその影響が及んでいるのか分からないから、全部ね、こうコツコツとハンマーで叩いて確かめるのさ、検査員が
 そうして少しでも歪みがあればそのレールを換えることになる、それって大変な作業だよ」
仮面の下から笑い声が聞こえる。

 何かに突き立てるみたいに、彼はそれを振り翳す。
 宙にそれは刺さり、動かなくなった。

 感触を確かめるようにして、彼は首を傾げる。
「この国はその機能を中心部に集中させ過ぎた……、謂わば心臓みたいなものなんだ、東京って
 その電車がストップすれば経済へ与える損失は計り知れないものになる
 ……都市機能が麻痺するんだ」
そうして、引き抜いて、投げた。

 それが割れ、跳ね散った。カランカラン、それら欠片が小気味いい音を立てて転がった。
 段々、それらが闇に溶けて消えてゆく。

――少し身を乗り出して、彼はそれを眼差しで追っているらしい様子だ
「これだけ自動運転だ、ドローンや空中タクシーだリニアだなんだと言っているともうほとんど原始的に思われるくらいだがね、電車なんてものは
 それでも日常の中に浸透した、全体の中の部分だということを見逃してならないよ
  それが機能して全体としての生物的なもの、ライフが作られているような……」
それから既に興味を失くしたと言うように、椅子に収まった。

 肘掛けを指でこつこつと叩く。
「朝のラッシュ時に線路を曲げれば血管が切られたみたいに、それも大切な動脈が、心臓に張り巡らされた動脈が断たれたみたいにのたうち苦しむよ、東京は、いや、この国は
  いいや、そんなに苦しむことなく心臓麻痺を起こしたみたいにショック死するかも知れないな
  デスノートにサインする訳だ、日本と
 しかし、そうなると顔ってのはあの首相のことになる訳なのか? そうなると、いつでも変わる可能性があるな……
 うぅん、首をすげ替えられるなら夜神総一郎は死なずに済んだのか」
その指を、頬に当てて、考えるポーズを取る。

――面倒なので、言葉を挿んだ
長話は聞きたくない。

「でも、すぐに復旧するよ」
「そうだろうね、心臓にショックが与えられても大したことが無ければちょっとした不整脈程度のこととして見過ごされるかも知れないし、すぐに手当てがされれば蘇生するかも知れない、どころか、日本や東京という相手がサイボーグだってこともあり得る
 SF映画の中のヒーローみたいに平気で心臓部を換装して、次のシーンでは平然と登場してくるかも知れない……
 無敵で不死身の最強戦士」
一体、何の映画を思い浮かべているんだろう? 『ブレード・ランナー』?

「でも、それこそが目的なんだ、俺はバイバイキーンと吹っ飛んでおいて、それで事前に用意していたように、底値をついた日本円を買い、復旧したときに売る。……こうやってテロの同志が逮捕されて損害賠償を請求されても金を用意出来るようにしておく。もしくはテロ資金に回すか
 どうせバタ子さんが顔を変えてくることが分かっているなら事前に策を講じておくさ、アンパンマンってのは本当に厄介な敵なんだね
  顔を汚しておけば無力化されるってのに、中々どうして、……また顔を変えてくるし
 かびるんるん如きにやられるようなヒーローではあるんだけれども、あいつらいるとイースト菌、発酵しないしなぁ
  ジャムおじさんが頑張ったところで超合金アンパンマンや耐化学兵器型アンパンマンなんて誰も食べる気しないでしょ?」
果たして、そのSF映画というのは若しかすると、『アンパンマン』のことだったんだろうか?

「それにしても、円というのは信頼される価値によって上下する訳なのだから
 国内にいる”日本人”達によってテロが起こされたなんて言ったなら世界の人達は驚くだろうね」
つと、顔を上げ――
「そもそも、これだけテロ攻撃に対して脆弱な日本が諸外国さんとやら達に信頼されるなんてことあるかな?」
同意を求めるように言うので、
「……いや、そんなことはないんじゃない? 彼らだって売る為に買っているんだし、暴落と急騰があることを期待して取引をしているのかも
  そもそも、経済というものが一種のバブルみたいなもので、膨らんだり萎んだりしているからエネルギー機関として意味を持つのかも知れない」
と答えると、明後日の方を見ながら、彼は呟くように言った。
「売る為に一定のラインを保つ、そうかも知れないなぁ……」

 狂った男達が嫌いだと、その言葉の感触を確かめるように、舌の上で転がすようにしてよく彼は呟いていたものだが、しかし、そのことと電車のテロは関係があったのだろうか……?
 彼にとって狂った人とは何のことを指していたのだろう?

 実際のところ、僕は猫じゃらしを振りながら猫さん達と遊びつつ話を聞いていた、聞き流していたのだけれども、彼はそれには構わない様子だった。
 そこに住む猫さん達は白魚缶よりもまぐろの刺身の方が好きなようだった。