脳味噌破裂するような(14)
逃げる、逃げよう。どこまでも。
――メイドさんの彼女と自動運転車に乗り込んで、そして隠れるように日本中を移動し続ける
テロの”同志”として他国の軍に捉えられないように。……警察や公安に追われないように、石を投げてくる誰かに見つからないように、また”同志”に捕まらないように、動き続けるのだ。
それ以外に、逃れる術は無いのだから。
苦しい日々であるだろう、しかし、食料品や衣料品の詰め込まれた自動車はどこか、楽しげにも思えた。起動されるとき、静かなはずのモーターが、音を高く、大きく鳴らしたようにも思えたから。
アジトの中から、追手がやってきていたが、間一髪逃げ出すことが出来た。……メイドさんは何も言わず、一緒に乗り込んで来ていた。
何故か車には、最適な逃走ルートを選択するAIが付けられていた。それで、どこまでも逃げ躱すことが出来た。
どこまでも。
高い匿名性を保持しながらネットに接続する機器、それも積まれていたから、情報を取得することも出来た。……テロリスト達に大きな動きは無かったようだった。
彼の死は伏せられているのだろうと思われた。
しかし、あの人一人に何が出来たのだろう?
あいつがいなければテロが成功しなかったなんて説も、疑わしいぐらいなものだ。……実際、行動していたのは”同志”達なのだから。
ただ、あいつは即座に殺されはしなかった。ある程度権力を持ち始めても、それを易々と奪われるような真似はしなかった。
そうやって、組織を作ることが重要なことなのだろう。
一人の人間がいなくても、組織は回る。
それなら、テロリスト達はどうなるだろう?
――メイドさん達は……?
中には誰も殺していないような、ただ連れてこられたような人達も、いるのだから。
そういった人達はどうなったのと言うのだろう?
けれども、そういう情報が流れてくることは、なかった。
移動中テロリストとすれ違うことは、意図的に避けていた。
元々この車はテロリスト達側のものなのだから、自動運転である以上、却って彼らの支部やアジトといったものに近づいても良かったと思うのだけれども、そういった場を上手く避けるように、彼女がAIを調整したり、再プログラミングしたりしてくれた。
それに、彼女は料理をすることも出来たし、サバイバル的な知識も持ち併せていた。
……何故、そんなことが出来るのだろうと思う。
けれども、その疑問を口にしたことはなかった。ただ、昔、無人島で生活したことがあるの、とは言っていた気がする。
何故、そんなことをしていたのかなんてことも、訊かなかった。
しかし、彼女と話さなかったかというとそういう訳ではなかった。寧ろ、よく、話した。
そうしていると、会話するばかりが、娯楽であるような気分になることもよくあった。
高校生や中学生の男子達が、ただ駄弁ったり話したりしているだけなのに、それを”語り合っている”とか合わないとか、そんな風に言うことがあるけれども、あるときには、それを思い出させもしたのだった。
そうして、そういったものというのは、若しかすると、飲み屋で息巻いていたり、管を巻いていたりするおじさんや、ツイッターでイキったり、ネットゲームの世界で高ステータスの別人に成り切っていたりする人と、同じ心理によってそうしているのかも知れないと、そう思ってもいた。
そんな風にしていると、ちょっと話聞いてるの、なんて彼女が顔を覗き込んでもきたのだった。……あまりに多く話していたので、その行為そのものを少しばかり、欺瞞的なものだと思っている節があったのだった。彼女のその疑問が、会話が会話であることを思い出させ、惰性的な何かに埋没していたそれを浮上させ、磨き上げていった。
それだから、そういう疑問をぶつける彼女が少しばかり、きれいにも感じたのだった。
それはあまりに唐突に、……。
ただ、話したと言っても、あまり詮索し合うようなことは、しなかった。
自身の過去について、彼女はほとんど話さなかった。
出身地や生い立ちについても、何も言わなかった。
ある面においては彼女は寡黙であり、そうして冗舌とも言える面も持ち合わせていた。
それから、僕らにとって、比較的安全にネットに接続出来るときが、息抜きの時間になっていた。そうして、それによって情報を得ることが娯楽になっていた。
しかし、アジトにいたときと比べると、情報はあまりに乏しく、そうして偽りが含まれているものの割合も、多くなっていた。恐らくは”同志”や政府達によって加工されているだろう、といったような。
食料品も、娯楽も、乏しかった。
けれども、延々と彼女と一緒に僕はいられたのだった。
追われているであろう身の上であるのに加え、二人だけでいると、何だろう、どうにかするとおかしくなりそうな気分になることもしばしばだったけれども、狩猟をしたり、水を採ったりしていると、そういう気分はやわらいでゆくようだった。
また、道中彼女にプログラミングされて、自動車のAIはどんどん賢くなっていったようだった。
水の在り処も、獲物となる動物達がいる場所も、結構、見つけることが出来るようになっていた。
元からそういう機能がついていたのか、簡単なメッセージを、やり取りすることも出来ていた。
どうにかすると話し掛けても答えなくなることが彼女にはあったけれども、そういうときは、くだらないジョークを自動車と交わした。
実のところ、彼女さえいればいいのではないかと、そんな風に思いもしたのだった。
……若しかすると、ただのメイドさんなのではなく、彼女は”同志”の一人なのかも、知れない、いや、そんなことはないだろうか?
メイドさん達は、仮面の男が連れてきた。”同志”達のいかがわしい目的の為に、強制的に労働させられているらしい女性達だった。
男女平等とか、口ではそんなことを言い、女性も”戦闘兵”として活用するのが彼であったが、どうしてそんなことをしたのだろう? 女性をメイドとして扱うのも、そういった男女平等制を進めた結果だったのだろうか?
日本には女性が活躍する場が無い、女性が何にでも挑戦出来るようにするのが平等を実現する唯一の道なんだとか、そんなことを言っていた、……だが、彼のことなんて、もう、どうでもいい。
元からどうでもよかった、のだけれども。
銃、……その感触が手に残っていた。
人を殺した感触、……残り続ける、のだろうか?
――しかし、そういった感触も、ネットから情報を取得し、テロリスト達にひどい目に逢わされた罪なき人達の涙声を聞いている内に、薄らぐようになっていった
いいや、ネット越しに被害者の声を聞いてから、段々、薄くなってゆくようだったのだ。
そういった被害者の声は地方から届いていることが多いようだった。
……実際、そういった場所はどうであったか?
移動しながら見て回ることになったけれども、結構、惨々足る光景が広がっていもしたのだった。
都市と比べると田舎の方が、食糧の得られる場が多くあるから、ともすると疎開した方がいいなんて言っている人達も、かなりいたのだけれども。
それでも、地方にはグロテスクな”環境”が広がっていも、したのだった。
――子供が奴隷として扱われている場所
――性奴隷がたくさんいる場所
――食料品を巡る争いが絶えない場所
――殺人が絶えない場所
――諍いが絶えない場所
あの、仮面の男が笑いながら見ていたような、場
フィールド。
ひょっとすると、テロ対策をしていたり、真っ先に援助を受けたりしていたのが、都市だったからだろうか、疎開をしない方がいいのではないかと思えるケースも、多かった。
そういった場においては、食料品やインフラを抑えて、権力者として振舞いたがる人間というのがかなりの割合で発生するようだったから、彼らによって無法地帯が作られている場合というのも、相当数あったのだった。
そういったヘッドの多くはテロリスト達に上手く取り入り、腐敗を進めようとしていた。……テロリスト達は搾取を続行しているようだったが、それ程スムーズに事を運べなくなってきているようだった。
ヘッド達の中には違和感を抱いている者達もいたようだが、恐らくは、あいつが死んだということには、気付いていなかったことだろう。
……時間の問題なのだろうけれども。
そうやって荒廃している場所ばかりではなかった。一応、文明を維持しているところもあった。けれども、それはどこか歪な、法の支配の及ばない場所としての地方都市だった。
文明が維持されるということは、ある程度、教育を受けているということでもある。……そうしてそこにある文化や教育というものはどこか偏ったものであるに過ぎない。
そういった地方都市ごとに、いびつに、ゆがんでゆくのが不思議だった。
子供も、健康で、健全な育ち方をしているとは、限らない。……表向き、そういう振舞いをしていたとしても。
大人達に都合の良い考えを吹きこまれ、ゆがめられていないとも、限らないのだ。
……実際、情報統制されてもいるようだったし。
そういった地方都市の傍を通らざるを得なかったとき、僕らと目が合った子供もいたけれども、どこか救いを求めるような眼差しでこちらの方を見ていたのだった。
そのまま車に乗せて欲しいとでも言いたげな。
都市周辺部を歩いていたけれども、その子は……。
何をしていたのだろう?
ヤンキーや不良のような子供達の中には、かなり大手を振るっているような者もいたようだけれども、実際のところどうであろう、子供の間にも、格差があるようなのだった。
そうやって地方都市ごとに、いやそれらはと言うべきだろうか、進化、しているのだろうか……? 分岐しているのだろうか? そうして、子供達は、それに応じて変化してゆく、といったような……。
いいや、それでもしかし、それらみな”腐敗”が進んでゆくようだったのだ。