脳味噌破裂するような(12)

 執拗いんだよ、御前……。

――疑う迄もなく、死す可き男

 殺す可き、彼奴めを手に掛けよう、敢えてその手を汚す迄もなく。

 先刻(さっき)、死ぬ程偉そうに口を叩いていた姿等見る陰も無くしていて、それでさっくりいってもそれ程、何だろう、惜しくない気がした、のだろうか……。
 彼の首へ飛び蹴りを繰り出すも、あと少しのところで躱されてしまう。しかし、それを見越して、二発目――腰にある銃を掏っておく。
 後から気付いたようにこちらの手を払う彼に、銃は飛ばされてしまう。
 視線がその黒い物体を追う……。

 その隙を逃さず、メイドさんの彼女が突出し、上段回し蹴りを食い込ませようとするも、カウンター的に右拳でその足首を打とうと彼はする。
――粉砕、音……が鳴り響く
 殆ど信じられないような面持ちを彼女はし、脚を引く……、いや、それは幻視したに過ぎなかった。

 どうして、そんなものが視えたか? それは恐らく、命の危機を察してのことだと思われた。
――彼が危機に瀕しているように――彼が銃を携帯していたことからも分かる通り――こちらもまた危機を感じていたのだ
 無意識が意識に投影するビジョン……。
 そうして、幻像の彼女の足が空に消えてゆくとき、時間が巻き戻ったようにも感じられたのだった。
 ……傍らにいた実際の彼女はというと、懐中時計を手にし、見つめていた。
 時計、……まるでそれに正確な時が表示されているのだと思っているみたいにして。

 町が荒廃して以降、時間はバラバラになった。 

――そんなもの、役に立つものか……
 実際、時を刻む機械の需要は高まったのだけれども。

 だったとして、……。
 アジト空間内には独自の時が流れ、またはあらゆる時が流れ込んでいたのだった。
 情報と共に、報告と共に、メイドさん達の働きと共に、時は刻まれていたのだった。
 彼女はそれらメイドさん達や時を総括していた。

――あの甘い紅茶、真っ赤なそれが思い浮かぶ
 いつぞやバルコニーで飲んだそれ……。

 して、彼へ視線の照準を定めようとしてゆく。
――彼もまた、こちらを睨むようだった
 何だろう? 何かコメントを求めているのか?

 あの、間にいて話しているような感じ。

――イツモ、語ッテイルミタイニシテ……、自分ガ勝手ニ話シテイルダケナノニ、他人ノ意見ヲ求メルノダモノナァ
 ソレモ、自分ニトッテ都合ノ良イ意見ヲサァ

 扼殺、したくなるんだよなぁ……、どちらかと言えば自殺して欲しいぐらいなんだけれども。
 殺したって誰も責めない、だろうから、いいじゃないか。
 別に、そうしても。

 瞬間的にメイドさんが殺しにかかるも、彼は躱したり、いなしたりする。
 殺戮、それが彼女の連撃により具現されようとする、が――テロリストとして殺してきた彼のこと、それ程容易に首への攻撃を許さないようだった。
 流石に先輩としての自意識が許さないか……?
 けれども、胴体へ一撃を受け、彼の身体が苦痛に歪む。
――ぐはぁっ
 とか、息や唾液が漏れる音が聞こえた気がした、……オーバーリアクションだなぁ。
 すかさず、その顎を下から上に彼女が蹴りあげるも、死角からやってきた筈のその一撃を、何ともアクロバティックに彼は躱してみせるのだった。
 いっそのこと喜劇的なくらい余裕振った動作だった。
――それが足元を掬われて転がるのだった
 喜劇はやっぱり喜劇、惨劇を繰り広げ悲劇を展開させ、殺戮劇を観劇し、させ、絶え間なく感激と阿鼻叫喚を、戦慄と共感を巻き起こし、撒き散らしていた彼は、地に尻餅をついて、転がっているのだった。
 あっけないなぁ、なんて思いながら蹴り飛ばそうとすると、中々、これがどうして『ゲゲゲの鬼太郎』のねずみ男よろしくなすばしっこい動作で立ち上がる、そして逃げる為に背を向ける。
 ……限界ギリギリだろう状態で走るような所作をしながら外廊を抜けようとするのだった。
 若しかして、今までも、走ってた……?
 マスコミや大衆の間ではテロリストの”首謀者”とされていたあいつが、こんな姿を晒すとは。

 この長い外廊の向こう側、そちらには医療室があるのだろうと思う。

 さっくり殺せるのかも知れない、けれどもそうじゃないのかも知れない。

――限界まで彼は逃げようとするのだろう、あるいは限界の向こう側にいるのかも知れない
 しかし、もし簡単に殺せるのだったら、それがただ首を押しただけで殺せるのだとしたなら、それはそれでどこか厭だなぁ、と思う。
 彼が死んだら、日本は変わるんだろうけれど。
――あの女子中学生はどうなっただろうか、なんてことを思う

 彼を追うのはメイドさんに任せて、僕は銃を拾いにいっていた。

 いつぞや、町で痴漢魔に襲われていたあの女子、それを殺したテロリストの”同志”達に反発していた、しかしやがて感謝の意を表明させられざるを得なかった、あの……。
 結局、解放されたけれども、若しかしたら”同志”に加わり、どこかで活躍しているのかも知れない。
 いつも電話が掛かってきていた、と言っていた、女子……。

――あの子、元気にしているかなぁ
 銃を拾い上げる。金属的に重たく、そうして光沢を放っている。手によく馴染む。
 風が、髪を揺らしていった。

 日にそれを翳すと、光を反射させ、閃かせた。
――それだけで誰かの目を傷つけることだって出来たことだろう
 硝煙の臭いを漂わせていた。

 真っ直ぐな銃身……、大きく、破壊する為に造られた物、何かを殺す為に人間が手にしているということが殆どの、死体を作り出すところのもの……。
 すっ、と翳してみた。空想上のあいつへ照準を向けて。
――空想の弾丸が放たれる
 真っ赤に炸裂し、この空間を染め上げようとそれはしてゆく。赫然と液は広がりゆく。
 その、サーファーであれば乗らずにはいられないような波を、通り抜けてゆく。遅れて床に接触する赤が弾けてゆく。

 『スパイダーマン』のヴィラン、カーネイジが思い浮かぶ。あいつは赤に染まっていた。若しかして、あの悪役、好きだったんだろうか? 仮面の男はああいった漫画のキャラクターに影響を受けて殺戮とかしていたんだろうか? 痛々しい。他にたとえばどんなキャラクターが殺人鬼だったろう? 『東京喰種』の鈴屋什造か? それとも『バットマン』のジョーカー? 『羊たちの沈黙』のハンニバル・レクター? いや、若しかすれば『HUNTER×HUNTER』の? 殺人鬼とかじゃないけど、キリトかな? やっぱり。俺つぇーとか思いながら”殺戮行為”をしていたんだろうか? 仮面の下には”暗黒微笑”を浮かべながら? 分からない。大体、それ程漫画もラノベも読んでいないし、アニメだって見ていない。ゲームなら、きっと見つかるだろうと思うけれども、あまりに数が多過ぎて候補が絞り込めない。
 ”殺意の波動に目覚めし”ネタなんてものがネットにはあったようだけれども、……そういったものと関係があるのかどうかも知らない。
 仮面の男は”殺意の波動に目覚めていた”のだろうか?

 どうして染まりたがる、あるいは染めたがる男がいるのだろうと思う。
――何かに憑依されるみたいにして、若しくは憑依するみたいにして
 そういった妄想を展開させるのは、どこかそういったものを求めているのだろう、……。
 残酷な、残念な、中二病な痛々しいキャラクターに成りたかったのだろうか? 感化され、影響を受け、キャラクターに成り切ろうとかしていたんだろうか? そんなの、冗談にもならないだろうか?
 歩を、進める。
 手には銃、それが重みを齎し、腕を振り子のようにさせている。
――揺れてゆく、往く、あいつを殺す為
 外廊を抜けるとき、扉を閉める。背後、血潮が波を立て、騒がしく強かにそれら構造物を破壊するその音を聞いた気がした。
 確かに、背路は無い。亡くなった。
 どこかの映画のワンシーンみたいに、ワインレッドの海が迫り来る……、扉がいずれ飛ばされるから、僕はアジトの中へと、向こう側へとゆくことにする。
 銃が音を立てた。無意識に撃鉄を起こしていたらしい。そうしてそのまま銃を下に向けつつ、進んでいる。暴発の危険を考慮して、銃口を下へ向けるのだと……、いつか”同志”に教わったことが役立っている。それって詰まりアイロニー?
 硝煙の臭いが強くなる。……銃撃戦の痕があった。彼女が痛々しい姿になっていないといいけど。
 物陰から物陰へ進み、どこかホテルのような内装をしたそこを進んでゆく。
 どこからだろう、口笛の音が聞こえた。いいや、それは……、実際に鳴っていたのだろうか? その音は大きくなってきていた。
 羊の描かれた壺の陰に隠れながら、口笛の主がどこかへゆくのを待つことにした。
 これで、少し遅れてしまう。
 銀色懐中時計を持った彼女が交戦していると思えないが、何か罠に嵌められていないとも限らないし、あいつが仲間を呼んでいないとも限らない。
――仲間……、それは”同志”、それとも”友達”……だろうか、どれともイコールではない気がするけれども
 さっと、身を乗り出し、口笛の主の背後へ銃を向けてみた。しかし、そこには誰もいないのだった。
 そのミステリーには構っていられず、先を急ぐことにした。
 銃が重く感じられる。
 ”同志”内部で裏切り者がいないか探し出し、リンチが起きたり”裁判”が開かれたりしたとか、そんな噂を聞いたこともあった気がし、それがどうやら”同志”達ではなく、ファベーラで子供を相手におじさん達がしていたという話と混ざったり同一視されたり、取り違えられたとかいうことも同時に耳にしたようなのを何故か、思い出していた。
 あいつは狂った男が嫌いだと言っていたが、狂っていた男とは何で、そうしてどこにいるのだろう、それらは……。荒廃しなければそんな私的裁判やリンチなんて起こらなかった筈じゃないのか、違うのだろうか?
 彼の足音が聞こえる、……あいつの、引き摺るような音。