脳味噌破裂するような(9)
死ぬのは嫌だろう……、空想の銃を翳す、凛として時雨の『鮮やかな殺人』が再生される、殺害される意欲を駆り立てられるある種の自殺病患者となった彼を夢想し、幾らテロリストとして力を持っても、幾らか国際社会に影響力を持つ存在になっても、いずれは金属塊がその身体を射抜くというのなら、ヒトラーよろしくベッドで死にたいと思わない訳でもあるまい、と、ここは冷たい石の床の上だけれども。
見る者すべてを不快にさせるあの男、スマホやパソコンの画面越しに人々に礼讃されていたあの男……、何もかもをも破壊するといった振舞いをしながら、「君達に絆があるのなら、それら大切なもの達を、友達を、恋人を、守れ」と演説をした彼。
あの広間に集まっていたテロリストの”同志”達は何故、腕を突き上げ時の声をあげたというのだろう?
傍らでまた笑みを弾けさせた彼女もまた”同志”の一人であることに変わりはないのだろうか?
彼が身体をよろけさせる。
もう倒れてしまうのではないかというような……。
それは何故か、何かを思い出させてくる。
――僕を、そう、……ここで終わりなんてことはあるまい?
それが銃弾で躊躇無く人を殺したお前なのか?
凝乎と彼を見る。
かわいいと、かわいいと言ったことがあった。
無力な彼を、何も出来はしない彼を、いやあの男達に対してそう言った、性的な欲望に支配されていたらしい男達に、あるいは自分の強さを周囲に誇示したいらしい男達に……。
どうして男は雄なのだろう?
雄としてしか振舞えない、どうしてもその範域を出はしない。
春が来れば盛り、夏が来れば水着姿の女性を求め海へと出向き、冬を前にしては恋人がいないと焦り、いざいなければ友達と騒ぐことに何らかの意味を見出そうとする、そういった愚かなもの、どうしてもその範域を抜け出ることが出来ないもの。
可愛い女子を前にしては態度を変えて優しげに振舞い、若しくは正義の味方を気取り、善人振ろうとし、あるいはいつもカッコよさを求めようとし、それ以外の場合には興味などまるでないといった態度をする者共。
中学時代か高校時代、ワックスを付けたり、AXEのボディスプレーを撒き散らしたり、髪を染めたり、無駄に運動を頑張ったりする、そういうところが……、どうして似たようなことしかしないのだろう、集団的に動こうとするのだろう、それがどこか不快だった。
女子達は何故、男子達をグループ単位で見ていたのだろう、ある男子が好きになるというよりは、ある男子達といった、まとまりの一つとして見ていたのだろう、そうして、それを見越して動いていた彼ら。
こういった男達の振舞いはどこからやってきて、そうしてどこへといったのだろうか?
LINEで足を引っ張り合い、悪口を言い合い、それを女子に見咎められもし、童貞を捨ててからは大人しくなろうともする男達、それまではけして落ち着こうとしない男達、そういったものが不快だったし、不潔に思っていた。
大体、清潔性についてなど彼らは考えたことがあっただろうか? 自分を清潔に保とうなどとしただろうか? いつも上塗りにしようとしていたのではないか? 自分の汚れを落とそうなどと思ったことがあっただろうか?
あるときには性欲が溜まるばかりに狂ったようになり、暴れ出すといったような。……あのときは文化祭の後のことだった。そう、そうだ、僕は……。いや、それはいい。僕は服を剥がれた訳ではないのだから。
何だろう、何だろう、狂おしいような、どこか、あいつらとは一緒に居たくなかった。そういった男達とは。
友達たちと性交の模擬をするような遊びをし、そうしてそれを女子達に見られていることにも気付かないといった。
けして彼らを馬鹿にしているのではないけれども。
ただかわいいと思ったのは確かかも知れない。
――かわいいと、言われたこともあったけれども……
それがどこまでそうなのか、僕のことを女扱いする男もいたけれども、それがどこまでのものなのか、試そうとしたこともあるにはあった。
颯爽とした雰囲気を纏い付かせ、いつもきれいでいたあの男、長身で細い、しかし筋肉質な、明るい茶髪をした男もその一人ではあったし、そうやって甘い扱いをしてくるのも暑苦しいのでそれを許したのは彼やあと数人ぐらいなものだったけれども。
一緒にゲームセンターにいったときにはプレイする彼の周りにすぐにギャラリーが出来、女子達に囲われていた、といった……。
マクドナルドに入れば女の子と二人で来ていた男達というのが彼女を連れてすぐに退散してしまったような、彼がいるところには所謂カップルというものが寄り付かなくなるらしいみたいな。
バイトをすれば女子高生にスマホで陰から撮影され、その写真を彼女達の間で拡散され、ラーメン屋にいけばそこにいた店員の女性に声を掛けられるといったあの人、年上の男性、いつもいい匂いを漂わせていたような。
ストーカーがついて夜中に見知らぬ女性から電話がかかってくる生活を送ったり、いつの間にか部屋の中に誰か女性が忍び込んでいて布団の上で目を醒ましたら彼女が凝乎と顔を覗き込んでいたりしたというような。
彼の住むアパートの近くに新郊の住宅街が出来ればそこの若いマダムに誘いを掛けられるといったあの男性……。
喫茶店で、女性の部屋にいるときの佇まいを教えてくれ、ドライブをすればデートスポットに連れていってくれ、本を開けば女性の好きな作家や文章について語り、海にいけばそこで冗談を言って笑わせてくれるといった、そんな感じの。
けれども夜中に電話してきたり、偶に絶えずLINEをしてくることもあったり、とにかく寂しがり屋な側面もあった彼……、ただ抱き締めてこようとすることもあって、それでそういうときには暑いのが嫌で避けていた。
頭が良いのか悪かったのか、学歴があったのか無かったのか、ホワイトカラーだったのかまるで碌デナシだったのか、それでもとにかく収入というのはあるようだった。
幾らか女子と付き合っていたのか、訊けば、女性について、それからセックスについて教えてくれることもあった。よく男性がどうとか、女性にはどうすべきかとか、エスコートをどうすべきかとかそういったことについて彼は教えてくれた。
……教えてくれた。
頼んでもないのに勝手に奢り、店に連れてゆき、そこで話し出してきた。そう言えば、それも寂しがり屋だったからなのかも知れない。ひょっとして、そういう話をして知的に思われたかったのではあるまいか。ただ単に都合の良い誰かを求めていただけじゃないかと思うこともあったが。
上述のことから、僕はそれをそのままにしておいた。文化祭のときにオタク男子に嫌な目に逢わされていたから、……何だろう、反動か、どこまで僕を女扱い出来るのか試したかったのだ。
まぁ、彼はそんなオタクとは遠かった気がするけど。
彼は精神的に不安定なところがあり、どちらかと言えば、若い、女子高生ほどの年齢の女性を好むようだった、いや、彼が声を掛けられる側であったのかも知れないが、しかし、そういう女性は他にもいたのだから、女子高生ばかりに拘っているように見えたとしてそれが不思議なことだろうか。
何故、女子高生なの、と訊いても概して答えることが無かったけれども、
「駄目なんだよ……」
あるときに、物憂げにそんなことを言ってみせたことがあった。……けれども、それは一種のナルシズムに沈んでいるようにしか見えなかった、気がする。憂鬱な俺、みたいな。
結局、彼が女の子扱いしてきたのは、女の子の偶像を作り出そうとしていたところがあった気がする、……そうだ、オタク男子にとって何か良く分からないキャラクター的なもので僕はあったかも知れない。しかし彼が僕を語る言葉とは女子と話す上で得たものであり、様々な本から得たものであった。それと対比させて言えば、オタク男子のそれはそのパラノイアと記号的なフレーズでしかなかった。異性的同性とは、願望投影器でしかない、のかも知れない。執事喫茶で執事をしているのはどうにも女性が多いという話があるように。
そう、あの彼は、自分が女性扱いされるのについてどう思うかなんて、一度僕に訊いてみたことがあったのだ。
逆に、……? と問い返したら、逆にとは、とまた問い返されたのだけれども、それには答えないで代わりに、でもまぁ、女性のことについて知らないのに女性扱いしようとする奴もいたけど、あんなのどうかしてるよねぇ……、とだけ言っておいた。
彼はきょとんとしていた。
けれども僕に触れることがあるときにその手つき一つにしても、その指の動きにしても、喫茶店で奥の席に座ったり、水を取ってくれたり、伝票を先に抜いたり、ドアを開けてくれたりするところも、気遣いが違うのだ。指もいつもきれいにしていた。爪も磨かれていた。
いつか、女子高生と、消えてしまうのだけれども。その女子は結構メンヘラみたいな感じで、そういうところに、彼は惹かれているみたいだった。
……それで、その女子と共に、消えた。
それにしても、彼はよく話していたなぁ、と思う。
あのオタク男子も、そう言えば、自論のようなものをぶちまけていると言えば、そうだったか……。
男というのは話したがるものなのかも知れない。そうして、そういった自分の考えのようなものを押し付けたがるものなのかも知れない。
それにしても、僕の嫌いな男性というのは……。
――バン、と口に出して言ってみる
あぁ、仮面のあいつの肩が揺れた気がする。ビビっているのか。それを受けてメイドの彼女がバン、と言う。それでまた彼の肩が跳ねる、気がする。
バン、バン、バン、と子供じみた唱和がされる。
それは外廊を彷徨う音となり谺する。
彼はかわいいのか、どうか……? 性的なそれを除いては、男がかわいいなんてこともないのかも知れない。