脳味噌破裂するような(5)

 嘗て、ツイッターが未だ現役で稼働していた時代のこと……。”大災禍”から暫くして後、ツイッター社は日本から引きあげてゆくだのけれども。
 日本人には暴力によるテロなんてする必要は無いんだとあいつは言っていた。

 また、あの間でのことだった。
 頬杖をつき、眠るようにして彼は語り続けた。
 時折、疲れたとでも言うように首を回しながら。
「傘連判状なんてあるけどさ、誰が首謀者か分かったらそいつを殺して、はいお終いみたいなところがあると思うよ、特に日本では……
 テロリストって大概、何らかの主義やイデオロギーを持っているものだと思うんだけれどもね」
あの、からかう様な笑いを、また彼はしてみせた。
 彼は頬杖をつく手を入れ替えた。
 元々の方の手が、垂れていた、力を失ったようにして垂れ下がっていたのだった。
「思想なんてものを殺すことは出来ないからさ、その思想を持った人を殺して終わりみたいにするところがある訳
 自分とは違う考えや価値観を持った人がいると異常者扱いするとか、キレて暴れるとか、そういう特徴を日本人は持っているとか言われるようになって久しいけれど、要するにそういった思想とか理解出来ないから暴力で排除してしまえ、みたいなところがあるんだろうよ,ha,ha.
  一旦、頭か何かを殺したり、あるいは責任を取らせて自殺させたりすればそれですべてお終いみたいに思っているようなところが……
 思想や問題に対しては何もしないといったような」
また垂れ下がっていた手を柔らかに動かして、肩を回す。
「何が有効かって言うと、臭い……」
彼は動きを止めた。
 そうして、疲れたとでも言いたげに息を吐いた。

――あ、これ最後まで喋らないパターンだ
 眉を顰める僕に、彼が肩を鳴らして応える。

「……へぇ」
「臭いなんだよな
 マジでそう、臭い、日本人それに敏感って言われているんだけど、まぁ、習性を利用するみたいなね
 ソイソース臭いとか言われてるんだけどなぁ」
早口で巻くし立てるみたいにして、どこか身を乗り出すようにして彼はそう言ったのだった。

 異臭騒ぎが起きたことがあった。
――これは電車テロが一旦下火になっていた頃のこと、脱線事故が起こる前のこと
 レール放火第一波のことを、既に大衆達が忘れていたような頃……。
 ネット掲示板やツイッターに、東京駅や大阪駅で爆破をするという予告が書き込まれる。
 警察が捜査をする。しかし、そこには爆弾は無く、異臭が漂っているだけといったような……。
 駅の改札口を潜り抜けてきた誰かが誰かを違和感を抱いているような目で見る、一瞬怯えたような顔をするもそれを厳めしい表情で打ち消してその誰かはやり過ごそうとする、早足になって……。みながみな互いに知らぬ振りをするといったような駅構内。
 駅舎から出るとみなそれを忘れてしまうといったように、ある種の無表情に戻ってしまう。

――ユーチューバーやブロガーといった人達が何人もそこに集まり、生中継をしていたらしいが、爆発が起こることは無かったのだった

 ”渋谷パーティー”があったこともあり、人々は誰かと接触することを避けているようだった。
――その矢先のことだった、特殊な傘を持っているとか、地下鉄のホームで騒ぎ出す人があった……
「さ、先の尖った傘だっ! あ、あれだっ、サリンだっ!」
「何を言っているんだっ!?」
「そ、それじゃ何だっ、その、ビニール袋はっ!」
その誰かはまた別の誰かを指差し、大声で喚き出したのだった。
 多くの人がそれを見ていたという。
 指差しながら、泡を飛ばしながら、何度も何度も彼は叫んでいたらしい。
「あっ、あの男だっ! あの男を見ろっ! 傘が尖っているぞっ! テロリストってのは先の尖った傘を使って地下鉄にサリンを撒くんだっ! 本当だっ!」
彼を見続ける者や新たに関心を惹かれたという人もいたが、大部分が先を急ぐように足を動かしていた。
 その最中、みんなの注目を集めようというように、大きな声で、彼は絶叫した。
「俺は詳しいんだっ!」
――そのときには、もう誰かがスマホのカメラを回していた
「このまま、このまま神経性の毒ガスを撒くつもりだっ! おぉいっ! こいつは毒ガスを持った化学兵器持ちのテロリストだぞっ!」
「失礼なっ!」
その、怯えたような表情を浮かべた男性が、遂には先の尖った傘を持つという男性に飛びかかったので、現場は騒然となった。
 実際のところ、毒ガスなどを所持していないことが明らかとなったが、電車は遅延した。
 ……大きな騒ぎとなった。騒ぎ出し、暴れている彼の映像はネット中を駆け廻っていた。
 それを見ながら笑っている女子高生を町中で見掛けたことがあった。
 彼女らは駅へと歩いているようだった。

 また別のときには、いきなり殴られたと言う男性が出てきたこともあった。
「おうっ!?」
如何にもいかつい風貌をした、ドレッドヘアーの男性が、自身を暴漢呼ばわりするスーツの男性に対して、サングラス越しに睨みを利かせ、凄んでいた。
「お、俺はっ、テロリストじゃないっ!」
殴られたという男性は頬を抑えながら、大きな声を出していた。
「お前、何だよ、でもそれ、何か変な臭いすっけど?」
「こ、……これは、俺の、弁当だっ!」
「うん?」
「弁当っ!」
「は?」
「べ、ん、とうっ!」
――知らねぇよっ、とドレッドヘアーの男性はその場を後にしていた
 これもまた、動画に撮影され、ついでその動画というのもツイッターやキュレーションサイトを通じて拡散され、当の暴行をしたという男性は取り調べを受けることになったそうだった……。
 暴行罪の容疑のかけられたその男性の個人情報がネットを通じて伝播することにもなった。

 異臭……、強烈な異臭がするのならそこにはテロリストがいるといった噂も流れた。
 異臭のしそうなところにテロリストのアジトがあるのではないかと捜索する者達も出てきた。
 誰が異臭を放つ物を置いていっているのか、世界中の監視カメラの映像を公開しているサイトなどを用いて、ネットユーザー達が捜査を始めもした。
 誰が、何故、そういったことをしているのか、そうして異臭はどこまで害があるのか、掲示板やツイッターでは議論がされるようになった。
 そうやって議論している場においては、誰もが自分達の推測が正しいのだと推測の正しさを競わせ、互いに罵り合い、誹謗中傷を送り付け合い、争い合っていた。
 また、ネットにはテロリスト達に一定の共感を示す者達も一部では出てきたが、これについても、荒らしと呼ばれる者達が誹謗中傷を送りつけたり、特定したりといったことをしていた。
 ツイテロ部隊が使っていたアカウントを捜し出そうとか、そこから特定しようといったムーブメントも生まれていた。
 インターネット上の小説投稿サイトには、主人公達がテロリストを倒してゆく作品が多数投稿され、ランキング上位になっていた。
 テロリストとの戦いを題材にしたフリーゲームも人気になり、ダウンロード数ナンバーワンになっていた。
 「あなたはテロリストかどうか」、といった診断メーカーのタグがツイッターでトレンド入りするようにもなっていた。

 ネットだけではなく、テレビでも騒がれていた。ワイドショーのネタにされ、純文学雑誌でも特集が組まれ、知識人や専門家や文化人や芸能人達がテロの脅威を訴え、それからテロリスト達を貶した。
 テロの脅威は遠い国のことではないのですね、といったような言葉がメディアでは何度も言われるようになったのだった。
 そういったことはユーチューバー達も言っていた。

 子供達の間ではテロリスト討伐ごっこが流行り、みんなの生活を乱す悪党を倒す遊びが如何に道徳的に優れ、正義に適っているのかを彼らは語るようになっていた。
 彼らはテロリスト達を貶すようになり、社会の敵として、当然叩いてもいいものとして扱うようになった。……自分達ではないもの、みんなの一員ではないものと見做しているようだった。
 彼らの生活の豊かさを脅かす者として、彼らはテロリストを非難していた。

 そういった言葉は、いずれにせよ家庭の中で培われたものだったのだろう。……親の口にした言葉、祖父や祖母の言葉、もしくは近所に住んでいる大人達の言葉、そういった言葉をそのまま言っているだけだったのだろう。
 中学生や高校生男子達の間では、「陰でテロリストと戦っている俺」ジョーク、「中二病なら誰しも憧れたテロリストと戦う俺」ジョークが流行ることになった。
 そういった男子達を見て、彼らの脳内において自分達がヒロイン役に抜擢されていると暗裡に認めながら、「男子って子供ねぇ」、と女子達は呟くのだった。

 ツイッター上においても、女性達の「テロリスト怖いよぉ」といった呟きに対し、それを慰めるようなリプライを男性が送るといったやり取りが定番化し、それを見て誰かが妬みのツイートを吐き出すというのもまたパターン化していた。

 自分はテロリストだ、という者達が偽りの脅迫を繰り返してもいた。
――ツイッターでは、そういった書き込みがされるとブランド価値が下がるというので、そういったポストティングをしたアカウントについて、一括して凍結処理が為されるようになったのだった

 テレビでもネットでも、精神分析学や犯罪心理学的な話題がよく上がった。テロをする者というのがどういう深層心理を抱いているのか、精神を持っているのか、みな口々に語りたがり、また誰かが言ったことに尾ひれをつけて噂にして回った。

 ある飲み屋には、「ああいったのは大抵ロクでもないのがやるんでしょ」、「どうせ何? 何て言うの? 底辺とか? そういう何も出来ねぇ奴らだよ」などといい、持論を捲し立ててたおじさんがいたようだが、そういったおじさんは沢山いるようだった。
 
 テロリスト達は話題を提供しているようだった。

 異臭騒動が起きる度に、テロに関する話題がトレンド入りしていた。

 ……それは電車線路火災が起きていたことを忘れさせるものであったのだろうか。

「もう少し、日本経済について語ってくれてもいいのに」
と、あいつは言っていた。