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HANDBIKER GO TO BERLIN〜42歳でムボーにもベルリンマラソンに挑んだ特攻ハンドバイク野郎のハナシ〜(2)

side A:第37回大会

『旅の鉄則は「郷に入っては郷に従え」』

 国内であれ、国外であれ、僕の旅の基本は一人旅。そして、その鉄則は『郷に入っては郷に従え』だ。

 Tシャツに地元熱海の量販衣料品店のセールで買った900円のダウンベスト(中身は綿)を羽織り、ボトムは同じ店で買った600円のスポーツショーツと98円(!)のタイツ。シューズは年下の友人正喜が店長を務める沼津のシューズショップで買った1,980円のリーボック。ナイキのハットは古着屋で1,500円にて購入した。このように、帰りの荷物がかさんだり、現地で買い替えたりして、着ていったものを現地で処分しなければならなくなっても苦にならない装いで出かけるのが常だ。荷物は生活用品を詰め込んだバックパックと滞在中の着替えを詰めた衣装ボックス、そしてハンドバイクのみだ。大そうなトランクやキャリーバッグなどいらない。っていうか車椅子の僕では運びようもない。だから、つねに僕の旅はチープで身軽だ。そもそも、ベルリンに行く目的はマラソンなのだから、余計な私服は不要だった。

 フランクフルトまで僕を運んでくれる機体は、ルフトハンザの新型機A380だった。ロールス・ロイス製のエンジンを搭載したA380は、総二階建てで526人の乗客を運ぶ。中学生の頃から、当時の最新機器だったソニーのCDプレイヤーを誰よりも早く手に入れるような新しいもの好きのしんちゃんが、A380に乗れることを、とてもうらやましそうにしていた。

 エコノミー席には全席TVモニターが付いていて、個々に映画やミュージックビデオを楽しむことができたが、僕はTVにもヘッドフォンにも一切手をつけず、10時間のフライトを林芙美子の『浮雲』を読んだり、うたた寝をしたりして過ごした。奥田民生が歌った『イージュー・ライダー』の心得である。「カレンダーも、目的地も、テレビもましてやビデオなんて要りません。退屈ならそれもまたGOOD!」

 フランクフルトに到着すると、空港スタッフが乗り換えのターミナルまで案内してくれた。その彼の対応が大変快かった。

 日本では車椅子に乗った者や障害を持った者に対して過剰な配慮がなされる。「大丈夫ですか?」「うしろから押しましょうか?」と頻繁に声を駆け、進路の先頭に立っては「車椅子の方が通りますので、道を開けてください!」と声を張り上げる。今更特筆すべきことでもないが、車椅子だからといって特別視される理由が僕にはわからない。当然、健康な人よりの運動機能が劣ることは否めないが、だからといって全く自立ができていないわけではない。実際に僕は一人でベルリンまで行こうとしている。もしも自分に手助けが必要なのだと自覚していれば、サポートしてくれる介助者を同伴するだろうし、同伴者がいなければ自発的に周囲の人に協力をゆだねるだろう。友人たちには「お前の方がもっと寛大になって、周囲の親切を受け入れるべきだ」という者もいたが、時として親切が一人歩きを始めて、逆差別(蔑視するのではなく、珍重に扱いすぎる潜在的差別)になることが往々にしてある以上、なかなか僕としても彼らの過剰サービスを受け入れ難い。

 しかし、フランクフルトのスタッフは僕の歩くペースに配慮しながらもすいすいとターミナルを先導して歩き、彼のペースで運航表の前で立ち止まり、彼のペースで僕をウェイティング・ルームへ導いてくれた。歩いている最中に僕に話しかけるのは「大丈夫?」とか「うしろから押そうか?」ではなく、「まったく、やっと端末機が動き始めたよ。アハハ」とか、「トイレに行くかい?それとも、コーヒーでも飲む?少し時間があるからここで待っててよ」といった。ジョークや僕に必要な情報を自然に語りかけてくれるだけだった。初対面であるのに、決して窮屈に感じない気軽さは、僕を一人のパッセンジャーとしてみなした上での、彼の配慮だったんじゃないかと思う。

 ベルリンへは一時間ほどのフライトで到着した。

 ベルリンのテゲル空港に到着すると、到着ゲートに日の丸のプレートを見つけた。待っていたのはベルリンマラソンにエントリーするために日本でずっとメールのやり取りをしていた相手のワカコさんだった。はじめは堅苦しい文面で始まったメールだったが、やり取りを重ねているうちにどちらからともなく打ち解けはじめ、日本を発つ寸前には旧知の友人のような文面を送りあうようになっていた。だから、実際に空港で初めて対面しても、全然緊張感や違和感がわいてこなかった。ワカコさんに親近感をもっているものだから、一緒にいたinter air社員のヴァネッサにしても、社長のアヒムにしても、なんだかワカコさんの家族と話しているような親近感があった。

 ベルリンマラソンのツアーを企画したinter airは、マラソンをはじめとする世界各国のスポーツイベントと旅行とをパッケージにしたユニークなメニューで活動している。通常の観光中心のツアーではないので、メインのマラソン以外のメニューは、ほとんど個人の自由となっている。だから、郷にいれば郷に従っちゃう僕の旅スタイルにはもってこいのメニューだったわけだ。もちろん要望があれば観光ツアーも用意してくれる。

 ホテルはベルリン中心街の『nH hotel』。ドイツらしいデザインホテルで、格安パック料金の割にはぜいたくすぎるくらいの素晴らしいホテルだった。車椅子の僕に用意された部屋は通常のシングルルームよりも広い部屋で、バスルームも車椅子で動き回るには十分すぎるくらいの広さを確保していた。マラソンに挑むにあたり、窮屈で不便な部屋に押し込まれ、いらぬストレスを抱えずに済むことは、何よりも助かる。

 僕が部屋に入ってまずすることは、そこにある生活用品と僕が日本から持ち込んだ生活用品を照らし合わせたうえで、不足するものをピックアップすること。たとえば歯ブラシとかシェイバーとかシャンプーとか。その部屋に足りなかったのは、シャンプーとボディソープとボディブラシだった。オレは早速周辺地理の把握も兼ねて、夕刻の街に出た。

 ベルリンに限らず、外国で日本と同じような利便性のある施設を見つけることは難しい。たとえばコンビニや自動販売機。海外に来ると、日本人がどれだけ24時間営業の施設や自動販売機に依存しているか、客観的に目の当たりにすることになる。

 ホテルのはす向かいにあった『netto』というマーケットは、食料品や菓子、生活用品を扱う店だ。生鮮食品はないが、うまいパンが売っていた。そこで、僕は石鹸とシャンプーとボディブラシを買った。商品がドイツ語表記だったので、男性店員にどれが男性用のシャンプーなのかと尋ねた。すると、それまでやっていた仕事の手を止めて、男性店員は懸命にシャンプーを探してくれた。すべての人が僕にやさしいわけではないのだろうが、単純に僕と彼の間には、日本人とかドイツ人とか健常者とか障害者とかといっためんどくさい事柄は関与せず、ただ売り手と買い手というシンプルな関係性しかなかった。フランクフルトの空港職員と同様に、それが当たり前の姿であるからこそ、快く感じるのだと思う。

『NETTO』
10963 berlin-kreuzberg,stresemann str.48
www.netto.de

 晩御飯は閑静な住宅街の中に光々と明かりをともした『berlin snooker center』というビリヤード場の店頭に店を構えた中華料理屋『phan's china-thai-sushi』でチャーハンを食べた。ベルリンの中華料理屋は東南アジアや日本食と兼ねている店が多いという。

『PHAN'S CHINA-THAI-SUSHI』
10963 berlin-kreuzberg,dessauer str.3-5
030-23 00 46 19

 レース前に酒を断っていたのだが、ベルリンに来て、ドイツビールを飲まないわけにはいかないと、ついビールも一緒に注文してしまった。もちろん、日本でも飲めるような代物なのだが、やはり現地のロケーションで飲むドイツビールの味は格別のように思えた。

 隣のテーブルにいた男女のグループがどうも日本人ぽかったのだが、聞こえてくる言語が日本語ではないので留学生なのか日系人なのかそれ以外の人種なのか見当がつかなかった。すると、そのグループのうちの一人の男の子が僕に話しかけてきた。
「日本人かい?」
「そうだよ」
「オレはモンゴリアンだ」
「おぉ、だから日本人っぽい顔つきだったわけだね」
 彼はbazoと名乗った。『naruto』や『one piece』が好きなオタク学生で、日本人や日本文化にも興味津々だった。
 しばらく日本のアニメの話をしたあと、bazoくんは僕にアドレスを教えてくれたので、オレもpcのアドレスを彼に渡した。日本に戻ったら、彼にメールをしてみようと思った。

 ベルリン滞在初日にして、ローカルの住人(ドイツ人ではないが)とこうして交流が持てるのも、郷に入っては郷に従うスタイルの賜物だと思う。観光客向けの綺麗なレストランでは、なかなかこのような出会いはないんじゃないかと思う。もっとも、観光客向けの綺麗なレストランといったところに出向いたことがないので、憶測の域を超えないが。

 しかし、やけに歯が痛む。歯というより、歯茎の根っこからずきずきと痛むんだ。どうして、ベルリンで歯痛?これも、僕の後厄の災いか?

 HANDBIKER GO TO BERLIN〜42歳でムボーにもベルリンマラソンに挑んだ特攻ハンドバイク野郎のハナシ〜(3)に続く・・・。

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