86. あるきクラブ (連載) その3。
(その1 https://note.com/tikuo/n/nc0bd647ab319?magazine_key=m73a5a46ec443 )
3. Y駅付近の古本屋。
「あれ?この先行き止まりだって」
「じゃあ、曲がりますか」
線路高架をくぐって東側に移動すると、また別の遊歩道が続いていた。あらかじめ道を決めているような、自信満々な歩き方をしているが、実のところは行きあたりばったりである。S県南部の線路に挟まれたエリアは、比較的に新しい町並みのため、余程のことがなければ行き止まりになったり、迷ったりということはない。
「うぇー、階段」
「えっ?」
のぞみが情けないことを言うので行く先を見ると、線路に沿って陸橋がそびえている。階段と自転車用通路が並んでいることから、歩行者専用なのだろう。ちょうどおばあさんが自転車を押して上がっているところだった。
「ゆるいから、大丈夫だろ」
我々はおばあさんに継いてゆっくりと陸橋を登る。橋の下には川が流れている。
「そういやさ」
辰巳さんが話し始めた。
「陸橋とか歩道橋の多いところって、結構チカラを入れて行政が開発するらしくてね」
「へえ」
「そんで、だいたい失敗してるって、ウチのパパが」
「そうなんですか」
「そういうところって、バブルの後くらいからの開発で、もうニーズがないんだよね」
陸橋の一番上、電車が見えるかと思っていたが、壁しか無かった。高さはそれほどでもないが、なかなかに景色が良い。
「そういえばさ」
のぞみが何かを思い出したように話に入ってきた。
「幕張メッセの辺りって、歩道橋ばっかりなの。道が渡れなくて」
「あー、あそこも1990年くらいにできたよねー」
辰巳さんが感慨深げにうなずいている。
「そうなんですか?」
「そうそう、バブルの崩壊した頃よ。大学に入ったときにちょうど幕張メッセができたから、何かあるのかってみんなで見に行ったけど、何にもなかった」
「アウトレットは?」
「あんなの最近でしょ。めぐみが生まれてずっとしてからよ」
「えっ?」
「いやいやいや、まだ10年くらいじゃないの?新都心だって、武井センセも知ってると思うけど、まだ5~6年だよ」
「あー、たしかにそうですね」
陸橋を下り終え、目の前には高架下の焼き鳥屋が見えている。Y駅に近いのだろう。
「もうすぐ、公園と消防署があるんで、そこを曲がると古本市場がありますよ」
「あー、本か」
「ここまで来たことあるとか?」
「いや、来ないっしょ、普通」
我々は、消防署と公園を横目に信号を渡り、古本市場という古本チェーン店に入店した。O駅からは電車で2駅。わざわざ電車で来るほどの何かが有るわけでもない。私も歩きついでに寄る程度の店のため、来店頻度は高くなく、半年から1年に1度程度であるため、あまり印象のない店だ。
入店すると、このご時世なのに、マスクをしてカードゲームに講じる男子小中学生の声が響いている。ゲーム、CDコーナーを横目に、我々は奥にあるほんのコーナーに進んだ。
「なんか、ブックオフとは違うわね」
辰巳さんは、かなり乱雑な本棚や床に置かれたトレイを見て、衝撃を受けたようだ。
「そうそう、違うチェーン店に来ると、品揃えも違うから面白いですよね。辰巳さんは小説でしたっけ?」
私は辰巳さんたちを連れて、奥に進んでいった。
「げ、この棚全部ラノベ、まじかー!」
突然のぞみのスイッチが入ったようだ。
「こっちの棚、両面全部80円!え、ちょ」
のぞみは棚を端から見始めた。
「ラノベ?」
辰巳さんが不思議そうな顔をしてる。
「ライトノベルですね。私もあんまり読んだことないですけど」
「あー、めぐみも時々、ああいうマンガなのか小説なのかわからない本読んでるわ」
「表紙がマンガみたいですよね。ま、ちょっと放っときますか」
「武井センセ、色々読んでますよね。こういうところで買うんです?」
「まあ、給料が安いですしね。それと、知らない作家を読むために、この80円コーナーが良いんですよ」
「え?80円?」
「ブックオフの2割引き」
「ほんとだ」
私は80円棚をサラッと流し、瀬川深『チューバはうたう』を手に取った。音楽関係の小説を集めるのが最近のマイブームである。経験はないが、ブラスバンド系の小説が多いのは、世の中にそれだけブラスバンド経験者が多いということなのだろう。まあ、男子校でブラスバンドなんてツバと汗で臭そうで嫌だな。
「辰巳さん、ちょっとだけ、漫画の方見てきますね」
「はーい」
マンガの80円コーナーから1冊取り、辰巳さんのところに戻る。
「ねーえ、宮部みゆきの『模倣犯』と『ソロモンの偽証』って、どっちが長いの?」
「えーと、『模倣犯』は、確か文庫で5巻だったような…」
ソロモンの偽証は6巻まで並んでいるが、模倣犯は3巻までしか置かれていなかった。
「私ね、宮部みゆきは歴史モノが好きなんだけど、80円なら推理モノも買おうかなって」
「えー、私はあの人の歴史者は苦手っすねー。語彙が貧困で」
「そうねー、そう言われると、おんなじ言葉ばっかり買うよね、宮部みゆき」
辰巳さんも心当たりはあるようである。
「でもさー、そこが読みやすいんだと思うよ。同じ言葉でわかりやすくて」
「そんなもんですかね。『ソロモンの偽証』はまだ買ってないですね。模倣犯は借りて読みました」
「面白かった?」
「めちゃくちゃ長いっす」
「5巻だもんね…今日はいいか。重いし」
「あ、そうですか?私、持ちますよ」
「えっ?タケイ持ってくれんの?やった」
どこからともなく、本の山を抱えたのぞみが現れた。
「ちょ…、何冊買う気や?」
「うーんと、12冊?浅井ラボと和ヶ原聡司の、以前から読んでみようと思ったのが結構有って。これでも買いたいのの半分以下」
「えーと…じゃあ、半分持つか」
「オッケー。って、タケイ、『のんのんびより』なんか読むんだ」
「ああ、この間、アニメを見て子供がすごく気に入ったみたいだし、10巻が80円で安かったから」
レジで会計を済ませる。税込価格になっているのでわかりやすくてよい。
「すげー、こんだけ買っても1000円いかない。普段なら2冊も買えない…」
「ていうか、これだけいつ読むの?勉強も忙しいでしょ」
辰巳さんが代わりに心配してくれている。
「えー、1冊1時間位で読んじゃうこともあるから、早いと1週間位あると終わるよ」
「うっそ、私、この1年でそれくらいしか読んでないわ…」
「えーと、半分、これだけ持ってね」
「はいはい」
私はかばんから、年季の入った黒いトートバッグを取り出した。
「げー、なにそれ、もうちょっとちゃんとしたの無いの?」
「これ、洗濯したばっかりだけど」
「袋買おうかなあ」
「じゃあ、食品用のこれに入れとく」
100円ショップのナイロン製のショッピングバッグを見せたところ、のぞみも納得したようだ。ショッピングバッグに入れてから、結局トートバッグに入れる。本は重いので、ショッピングバッグだと破れた経験があるのだ。
店を出ながら、辰巳さんが声を描けてきた。
「ねえ、武井センセ、そろそろお昼にしません?」
「そうですねえ、どういう所がいいですか?」
「うーんと、ファミレ…」
「ハンバーグ!」
のぞみが食い気味に主張する。
「子供か」
「子供だよ。タケイ、ちかくのハンバーグの店を教えて」
Siriのモノマネなのか?
「あー、17号まで出ればガストがありますね」
「ああ、いいねえ。中山道はあっち?」
辰巳さんは真南を指差して言う。
「いや、中山道は東っかわで、この道と平行の道です。次の角を左に曲がって、だいたい道なりに行けばいいみたいですね。」
「そうそう、いつも気になるんだけど、『なん号』とか『なんとか道』っていうの、どういうこと?」
のぞみが不思議そうに聞いてきた。
「えっ?17号は国道17号線で、元々は中山道っていう旧街道だよ。歴史で習ってない?」
辰巳さんが教えてくれている。
「えー、そんなの習ったっけ?日本史全然だから、地理と世界史にするし」
「いや、地理にもいるやろ、その知識。あと現国か古文もな」
「えー、タケイも知ってんの?」
「まあな、地図マニアだからな。日本史世界史は全然だけど」
実際に私は、日本史と世界史は中学で挫折した。同じ年に2つ以上の出来事が起こると、もう全くわからなくなったのだ。
「へー、武井センセ、世界史とか強いと思ってた。地図はそうねー、カーナビを見ながら運転するようになったら、道の名前なんかはすごく覚えるようになったな」
辰巳さんは、土地に関連した話は非常に楽しそうである。
「その割に、方向はいまいちですね」
「えへへ、そういうのはカーナビが言ってくれるから」
私はのぞみに声をかけた。
「そういやさあ、のぞみって、オタク系なの?普通なの?」
「えっ、普通じゃないの?」
「ラノベをバカ買いするのは普通?」
「普通でしょ」
「あとは?」
「マンガは数百冊くらいかな。アニメは人並み」
「人並みって?」
「ワンクールで10本くらい」
「10本も!?」
「いや、普通だから」
「いや、10本もやってるの?」
「は?30くらい有るよ。アニメオタクを自称する人は、つまんなくても全部録画して見てるって」
「へえー」
私も、我が家も、常時録画しているアニメは、子供のプリキュア、アイカツの再放送を含めて週に4本。それに最近見始めた深夜アニメが2本くらいである。
道幅の割に車が通るが、歩道がなくて歩きにくい。行く手には大きな夏みかんの木が生えている。昔実家で食べられなくて苦労したが、夏みかんはみなさん何に使っているのだろうか。
「えー、めぐみもお兄ちゃんも、そんなに見てないと思うけどな」
辰巳さんも少々驚いている」
「そんなことないですよー。学校で『今期は12本かな』って言ってたし」
「ええ、いつ見てんの、あの子。録画もしてないよ」
「ああ、アマゾンとかで配信もあるんで」
「なるほどね。スマホで見てるんだ。あの子」
「アニメを見るにも階級が有ってー、リアタイ、録画、配信」
「リアタイ?」
「リアルタイムで見て、ツイッターとかで盛り上がるやつ」
「へえ」
「それで、録画までは、家で見られないと無理。ケーブルテレビとか、でかいアンテナとか、衛星放送が入る家」
「なるほど」
「この辺だとさー、東京MXが映らないと、ほぼリアタイ全滅だよねー」
「あ、うちのマンションはケーブルだから、めぐみもお兄ちゃんも時々録画してるわねえ」
「でしょ。うちもケーブルだから」
「で、学校でアニメの話とかするの?見られないと仲間になれないとか?」
私は気になったので聞いてみた。
「いや、基本内容の話はしない」
「えっ、なんで?」
「配信って、1日か2日遅れるんだよね。先にネタバレすると、ハブられる」
そう言うと、のぞみは前を向いて歩き始めた。我々の横をプリウスが静かに追い抜いていく。
川を渡り、児童館の横を抜けると、国道17号の車通りが見えてきた。ようやく歩道がない道も終わりとなる。スマホの地図を見ると、思ったよりも南に来てしまっているので、ファミレスのために少し北へ戻らなければならないようだった。
(つづく)