88. あるきクラブ (連載) その4。

(その1 https://note.com/tikuo/n/nc0bd647ab319?magazine_key=m73a5a46ec443 )

4. 小休止。Y駅付近のファミリーレストラン。

西から東へ歩いてきた我々は、車通りの多い17号道路に出た。
「「ガスト有った!」」
辰巳さんとのぞみが、ほぼ同時に叫んだ。

「よーし皆の者、飯だ」
辰巳さんが指揮官に早変わりする。こういうところが、子供のお母さんだなという感じがする。あいにく時分はそんなところまで達していないが、これは女の子しかいないからだろうか。しかし、道路の反対側のガストに渡ろうにも、あいにく信号が無い。北を見ても南を見ても、信号らしきものが見当たらないのである。

「えー、ハンバーグ…」
のぞみが弱音を吐いているのを尻目に、辰巳さんは毅然とした態度で言った。
「よし、渡るぞ。走れ!」
我々は車通りがないことをいいことに、信号のない道路を渡った。

半階分くらいの階段を上がり、思いドアを開くと、店員が待ち構えていた。

「いらっしゃいませー。3名様・・・でしょうか?」
「あ、はい」
「おタバコはお吸いになられるでしょうか?」
「い、いえ」
「はーいでは、窓際の席へご案内になりますー」
幸運なことに、我々は待つこともなく席へ案内された。席には『当分の間アルコールの販売は控えさせていただきます』との表示がはられている。

「ねえねえ、武井センセ」
辰巳さんが嬉しそうに話しかけてきた。

「ねえ、うちら、家族に見えたかな?」
「はあ?」
なんのこっちゃ。

「いいじゃん。スマートで若い旦那と、モデル体型の娘の母親に見られたら、ちょっと嬉しいじゃない」
そういうもんだろうか。のぞみは席に着くやいなや、無言でメニューを眺めている。

「うふー、うれしいからのぞみちゃん、おごったげる」
「え、マジで?ラッキー」
のぞみのメニューを見る目の色が変わった。

「半分は、武井センセ払ってね」
「へいへい」
こちらは、あまり重いものを食べると後がしんどいので、軽くプレートランチ的なものをと見ると、和食も有るのだった。生姜焼き御膳でいいか。

「私はー、このハンバーグのデミグラスソースで、ご飯大盛り。スープつき。ドリンクバーもいいの?」
「はいはい、どうぞ」
「やったー」
こうやって見ていると、のぞみが本当に娘みたいに見えてくるから不思議だ。ただ、おごってもらえるからと、ここぞとばかりに高いものを選んでこないあたり、育ちは良さそうである。

「私は、カレーでいいや。エビフライ付き。武井センセはドリンクバーは?」
「あ、ドリンクバーやると、そのあと何回もトイレに行くんで…」
「年寄りみたい。で、何頼む?」
「生姜焼き御膳で」
「わー、パパみたいね」

注文を入れ、のぞみはスープとジュースを取りに行った。屋内なので上着のウインドブレーカーを脱ぐと、辰巳さんがいち早く反応した。

「わー、ピンク?紫?かわいいねそれ」
「あー、休みの日だとこんなもんですよ。H&Mだったかな」
そこへ、コーラとスープのカップを持ったのぞみも現れた。

「タケイって、いつも結構、服装派手だよね」
のぞみが冷静に反応する。

「そう?のぞみのとこのお父さんは、休みの日はどういうかっこうなん?」
「うーんと、会社行くときのネクタイなし?みたいな。ジャケットとか着て」
「あー、そういうの無理だわ。背が高くて肩幅有って、スタイルよくないと似合わないよな。おじいちゃんみたいになる」

「言われてみれば、うちのパパ、そういうカッコ、おじいちゃんみたいかも…」
聞いていた辰巳さんの琴線に触れてしまったようである。

「そういやさ」
辰巳さんが視線を上げ、話を切り替えしてきた。
「武井センセ、ベース買ったんでしょ?どうなの?」
「…な、え?聞いてない」
コーラを飲みかけていたのぞみが、驚いた様子で話に割り込んできた。

「あ、しゃべるんならマスク、な」
このご時世だから仕方ない。
「ベース買ったの?どんなやつ買ったの?いいやつ?」
マスクを着けながら、のぞみは何が何でも聞き出そうという体制だ。

「あー、年明けにね、フォトジェニックの安いやつ。3500円。えーと写真あったっけな…」
スマホの画像を漁る。店で見つけたときに撮影した、ヘッドが写っていない写真が見つかった。安物のベースで、サンバーストタイプのジャズベースである。

「って、『けいおん!』じゃん」
「まあね。たまたまだけど」
「で、弾けんの?」
「ギターやってるから、ルート音を取るのはできるし、フレットの音階はギターと同じだから、ポジションはそこそこやね。ベースらしい音の移動はまだまだ」
「ふーん。安いやつってどうなの?」
前年の秋にのぞみが購入したのは、中古で15,000円くらい、新品で50,000円程度の、中堅レベルのベースであった。シースルーで木目の透けている青が気に入って、予算オーバーではあったが即決したのだ。

「うんとねえ、安かった理由でも有るけど、前のユーザーが無茶やってて、変にパーツが買えてあって、最初はまともに弾けなかったんで、ネジとか交換してる」
「交換のほうが高かったりする?」
「どうだろなー。アマゾンで1000円のピックアップも買ってみたけど、トータル2000円くらいじゃない?弦のほうが高いよね」
「あーたしかに弦高い。めぐみがギターの弦を換えてたから、やってみようと思ったけど、高くてそのまま」
「800円はするからねー」

「おまちどうさまでした。鉄板が熱くなっております」
「ハンバーグキター」
子供か。まあ、高校生も子供だ。

それぞれマスクを外し、しゃべらずにもくもくと食べる。時々のぞみが「うんまっ」と呟いている。育ちが良さそうと思ったのは撤回だ。子供か。弁当型の入れ物の生姜焼き御膳に入っているひじきは、最後まで食べきるのが難しい。また、1年ぶりのファミリーレストランは味が濃くて辟易させられる。

生姜焼きのキャベツを食べ終え、紙ナプキンで口を拭って水を飲む。ずっと置いてある紙ナプキンは、感染症的にはきれいなんだろうか、という疑問がなくもない。辰巳さんもカレーを食べ終え、マスクをしている。

「そういやね、武井センセがマスク外してるの見るの、すごく久しぶりかも」
「そうですよねー。学校でクラスが違ったりすると、1年以上、鼻から下を知らない子いそうですね」
「そうよー、去年の8月から来てるN先生、マスク取った姿は、履歴書しか知らない」
「ですよねー」
そういうなか、のぞみはドリンクバーのおかわりに余念がない。もう4杯目ではないのか?単純に、若いってすごいなと感心する。

「もういいかー。そろそろ行くぞー」
「もういっぱい。カフェオレははずせない」
のぞみはここぞとばかりに追加に行く。

「よく飲むなあ」
「私、トイレ行っとこ」
辰巳さんがトイレに立った。

我々はファミレスでのお決まりのやり取りを行った後、店をあとにした。

(つづく)