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妊娠中の今、読んで良かった本

妹と話していて、さくらももこのエッセイに妊娠生活を綴ったものがあることを思い出した。
タイトルは『そういうふうにできている』。
図書館でふと目に留まったので、再読してみた。

読んでからだいぶ経っていたので、話の内容はほとんど忘れていて、(そもそも妹に言われるまで、存在すら忘れていたぐらいだし)、最初から最後まで初めて読むような、新鮮な気持ちで読めた。

ただ「さくらももこのエッセイだから」という理由で面白く読んだ当時とは違って、妊婦になってから読んでみると、面白いのはもちろん、すごく共感するし、役に立った。

・妊娠中は便秘になりやすい
・栄養をためこみやすい身体になるので普段と同じ食事では簡単に太る
などなどの事実は、妊娠して初めて知ったと思っていたけれど、この本を読んだ記憶はあるから、一度はその情報を頭には入れていたらしい。でも、そのまま頭を素通りで、記憶には留まらなかったようだ。
当時は妊娠なんて、自分とは縁もゆかりもないと思ってたから。
今になってみれば、つわりのくだりも、名付けのくだりも我が事のように読める。本が刊行されてから10年近く経っているけれども、“初めての妊娠”には、共通する驚きがあるんだろう。

それにしても、一体どうしてこんなに愉快にマタニティライフを書けるのかと思う。

たとえば、便秘ぎみになり、トイレで1時間ねばったという話。
要約すれば「大が出なくて大変だ」とひと言で済む内容も、笑いながら読んでいるとあっという間に20ページ。

なんで、こんなに面白いんだろう?

考えるに、些細なことを大袈裟に書いている、という点はひとつ挙げられそうだ。
「面識の浅い有名人に電話をかけるのに緊張した」ということを言うのにも、電話を発明したベルとその陰でベルに先を越されてしまった無名の研究者まで出てくる。
電話をかける→電話の発明まで発想が飛ぶなんて、ずいぶんと話がデカイ。

そういえば昔、テレビでもちょっとした理科の実験を大規模にやる番組があった。小さなことを大きく言うというのは、話を面白く膨らませる秘訣なのかもしれない。

でも、それだけではなさそうだ。
大袈裟に誇張して話を盛ったところで、それが「いかに大変だったか」のような苦労話だと読んでいて、ちっとも面白くない。
本人は十月十日大変だったろうけれど、その様子を読んでいて、つい笑ってしまうのは、書いているさくらさん自身が一歩引いて、ジタバタする自分を笑っているからだと思う。

今なら、私も「妊娠ってやっぱり大変だ」という話はできる。
特に食事に関しては、「そんなオーバーな」と突っ込まれるくらい、大袈裟に話せる自信がある。
だけど、唾を飛ばして辛さをアピールしても、きっと周りはその剣幕に引くばかりだ。

このエッセイは、本人が「私ってば、何やってんだか。あはは」というスタンスでいてくれるから、安心して愉快に読めるんだと思う。

その一歩、引ける余裕はどこから生まれてくるんだろうかと考えながら読み進めていると、このエッセイは出産後、落ち着いて自分のなかでも消化できてからまとめたそうで、「終わったことだから俯瞰できる」と書かれていた。渦中にいると見えないことも、過ぎてみれば冷静に見られる、と。

今、私自身は妊娠していることについて大騒ぎしているつもりはないけれど、やはり深刻に考え過ぎていることも多いんだろうか?
私も、振り返れば笑えるようなことに躍起になっているんだろうか。
出産を終えた未来の私に聞いてみたいものだ。

自分も、こんなふうに愉快な妊娠記録が書けたらと思うが、たとえ、出産して落ち着いた後でも、同じように面白く書ける気がしない。
なぜ面白いのかと考えながら読むと、やっぱり技術がスゴいのだ。

たとえば、真面目と不真面目のバランス。
帝王切開の話では哲学的な独白が続くので難しい顔をして読んでいたら、急に、プシュッと空気抜きをするように、脱力系のギャグが飛び出してきた。この緩急はプロだ。
他の章でも、大真面目な感じで書かれた文章の横に添えられた、ふにゃっとした線のシュールな絵が笑いを誘う。

愛あるツッコミと言えばいいのか、ネガティブなことの書きかたも絶妙だ。
雑誌でトレンディだと紹介されていた産院がちっともトレンディではない。
そんな、下手をしたら愚痴や文句になってしまいそうな内容も否定的に書いているのに、読んでいてまったく嫌みを感じない。
おかしみをもって語られるから、その非トレンディ産院に魅力すら感じられる気がする。(決して検診に行きたいとは思わないけれど)

さくらももこさんは何といっても国民的アニメの生みの親なのだし、そりゃあ、スゴいに決まっている。
でも、妊娠という同じ経験をして、そこで感じたあれやこれやを書くという同じことをしてみて、改めて、マルちゃんもとい、さくらももこさんのことを尊敬した。

そして、クリエイターとしての偉大さを知るとともに、妊婦としても尊敬する。
本には食事のことも結構、書かれていて、食べていた献立まで書かれていた。
それを読んで「あの、おちゃらけたマルちゃんだって、こんなに食物繊維やビタミンのことを考えているじゃないか!」(とはちょっと失礼か…)と発奮し、野菜をモリモリとり始めたところ、体重管理にも良い影響が出始めている。助産師さんもビックリのマルちゃん効果だ。

出産という未知の体験、しかも、どう転んでも絶対にどこかが強烈に痛いし、もしかしたら死ぬかもしれない体験への気の持ちようも、Xデーが迫ってくるにつれて、大いに参考になりそうだ。

思わぬところで、妊婦の手本を発見してしまった。

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レビューを書いたら直後に訃報が流れ、衝撃だった。
この時お腹にいたメロンくんは、母の最期を看取られたとか。
いい子に育ったんだろうな。
改めて、素敵な作品をたくさん遺してくれた、
さくらももこさんに感謝。(9.5.)



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