腰痛対策放浪記

なにかの拍子に、急に腰が痛くなった。
立ち上がると痛み、最寄りの駅まで歩く数分も休みながらでないと進めない。

健康で丈夫が取り柄。
こんなに腰痛が続くのは珍しい。

今までだったら、身体のどこかが多少痛かろうと、調子が出なかろうと、好きなダンスのワークショップには迷いなく出かけた。それが、腰痛のために参加を見送った。自分のなかでは、なかなかの痛みレベルだと思う。

お腹が大きくなる頃に、腰痛になる妊婦は多いらしい。
今までになく痛いとはいえ、すぐに病院にかかるほどでもない。
かといって、放っておくには気になる。
ベッドから起き上がるにも、椅子から立ち上がるにも、散歩に行くにも、何かにつけて痛みが生じる。
そこで、あれこれと腰痛対策を試みた。

まず考えたのは、腰を丸めること。
もともと反り腰だったところに、お腹の重みが加わって、腰の反りが激しくなっている。反り過ぎで痛いのなら、反対に曲げればよいのでは?という安易な考えだ。

丸まってみると、痛みが落ち着くような気もする。変わらないような気もする。多少は楽になるような気もしないでもないので、気休めに丸めておくことにした。

ただ、立って歩いている時に腰を丸めようとすると、腹筋を使う。長時間、丸め続けるのは大変だった。
どうにか他に反った腰をのばす体勢はないものか。

探すうちに、ある姿勢を発見した。
地面に対して身体が一直線になるように立つのではなく、間延びしたZの字のようなかたちで立つ。リンボーダンスに入ろうとする時の格好だ。お腹を地面に対して平らにしてやると、やや腰が楽になる。これは腹筋をそこまで使わなかったから、その体勢のまま歩くことができた。

ただ、難点もあった。
そんな姿勢で道を歩いていると、非常に怪しい。
リンボーダンスで、頭部よりも股が選考するような歩き方をしてもおかしくないのは、棒の下をくぐろうとしているのが一目瞭然だからだ。
何もないところでそんな歩き方をしていたら、怪しいことこの上ない。

それでも痛む腰をかばうためならと、不審さは承知で、リンボー体勢で歩いた。だが、これもまた辛くなってきた。腹筋は使わないが、腿の筋肉を使うのだ。

普段と姿勢を変えるためには、どこかの筋肉に通常より活躍してもらわないといけないらしい。どうも、姿勢を変える作戦は長期戦には向かないようだ。

そこで、今度は腰痛対策のヨガを試すことにした。
ダンスやストレッチは好きだから苦にはならない。YouTubeの映像を見ながら、天を仰いだり、お尻を天井に突き出したり。ヨガの姿勢も端から見れば怪しいが、家の中なら気にすることはない。座りっぱなしで固まった身体が伸びて気持ちいい。

ポーズから別のポーズへ移る時に痛みがでるのさえ我慢すれば、ヨガは多少効くような気がした。少なくとも姿勢を変える作戦よりは有効な気がする。でも、たちまち改善というわけにいかなかった。「腰痛対策ヨガをやれば、すぐに楽になる」というのは過大な期待だったようだ。こういうものは長く続けることで、ジワジワ改善していくものなのだろう。

そうは言っても、早く楽になりたい。
そこで、今度はプロの力に頼ってみようと、マッサージや整体に行ってみることにした。

日頃その手の施設にはご縁がないため、頼りになるのはGoogle先生だ。近所で検索をかけると、国際基準を満たした先生がいるカイロプラクティックがあるらしいことが分かった。
「ここなら治るかもしれない。」
望みをかけて、人生初のカイロ体験に挑戦した。

訪れたのはマンションの一室のようなサロン。平日に予約すると、なんと院長が対応してくれるという。これはしっかり治りそうな予感がする。

スモックのようなものに着替えて、診療室に入った。
病院と同じように問診がある。院長はカルテのようなものに書き込みをしていた。院長の解説によると、どうやら問題は背骨の歪みであるらしい。
問診を終え、背骨の並びを細かく確かめることになった。小さな骨がいくつも積み上がって、1本のS字を描いている背骨。そのうちの何番目の辺りに問題があるのか、静止状態、動いた状態、寝た状態と、さまざまな角度からチェックしていく。

こうした治療で不思議なのが、あんなに痛くて辛かったはずなのに、診察されている時にはなぜか痛みが和らいでしまうことだ。
こんなに軽い症状できたのかと思われるのは悔しい。
が、痛い演技をするのもおかしい。
身体で痛みを示せない分、「すごく痛かったんだ」と、辛さを訴える言葉に力が入った。

その主張が通ったのか、通らなかったのか、2回ほどバキバキッと背骨をならして施術は終わった。
痛くはなかったけれども、バキバキと骨のなる音に驚いてしまった。腰痛の原因を、根本から治した感のある音だった。

だが、問題の歪みは、その2回のバキバキではとりきれなかったらしい。「もう一回やった方がいい」と院長がいうので、そういうものかと、次の予約をいれた。

今度こそ、腰痛をやっつけたという気持ちで意気揚々とビルを出る。
と、途端に、施術前と変わらぬ腰痛が襲った。

え、今? 
診療室ではひそんでいた痛みがぶり返し、「ほら、やっぱり痛かったんだよ。嘘じゃなくて」と院長に言いにいきたい気持ちにかられる。

が、待てよ。そうなると、さっきの背骨バキバキは一体どこに効いたのか。

カイロプラクティックも意味があったのか、なかったのか、よく分からない。モヤモヤしたまま、ヨガをやったり、骨盤ベルトの値段を調べたりして、2回目の診療を待った。

今度こそは完璧に治していただこうと向かった2回目。
なぜかまた、院長の前に経つと痛みが薄らいだ。
これは一体どういった効果なのか。
やむをえず、最も痛かった時を思い出しながら、症状を伝えた。
すると、前回とは見立てが微妙に変わったらしい。少し違うポイントをバキバキすることになった。

前回の帰り際、「診療室で痛みがきてくれてたらよかったのに」と思ったからなのか、今度はもっと早くに痛くなり始めた。施術を終えて、診療台を下りた直後に、腰に痛みがはしったのだ。
でも、これもちょっとタイミングが違う。
施術した直後に痛くなるということは、何も治ってないということじゃないか。

「今、痛くなった」とは微妙に言い出しづらく、解説を続ける院長の話を聞いた。いわく、妊娠中はホルモンの関係で骨盤がゆるくなるから、出産まで定期的に調整を入れた方がいい。そんなものかと思ったが、今回は次回予約はせず、次の妊婦検診を待つことにした。
誠実に対応してくれている感じはあるけれど、治らないものにお金をかけるほどの余裕はない。

そんなわけで、今度こそは解決策を手に入れようと、気合い十分で望んだ妊婦検診。
助産師さんに相談すると、お腹が大きくなってくるので支えきれなくて腰に負担がかかり、ホルモンの関係で骨盤もゆるんでくるので筋肉が酷使されるから痛いのだという。今まで聞いてきたことや調べてきたことと、そんなにズレはない。
「なるほどね」と思い、「骨盤ベルトって、つけた方がいいんですか?」と聞くと、「つけたければ、つけてもいい」と、つれない返事。骨盤ベルト以外に何か腰痛をやわらげる方法がないかと食い下がってみたものの、必殺ワザはないようだ。出産まで痛みは続くだろうと言う。

要するに、「耐えろ!」ということだ。

そんな……

有効な解決方法を聞けることを期待していただけに、やや落胆した。その不満げな様子がにじみ出たのか、助産師さんは「腰が痛くなりにくい起き上がり方」を教えてくれた。

それは、以前に、このクリニックで開催していた骨盤底筋群を守るための基本を学ぶ講座で聞いたものと同じだった。確かに役立つのかもしれないが、私にとっては目新しくはない。根本的な解決策でもないように思えた。

YouTubeのなかのヨガインストラクター、カイロプラクティックの国際資格を持つ院長、ベテランの助産師。
誰の話ももっともらしいけれど、結局、骨が痛いのか、筋肉が痛いのか、神経が痛いのか、何が原因でどこが痛くなっているのか、どうしたら痛くなるのか、今ひとつピンとこない。

もうここまできたら、理由とか、方法とか、そんなことはどうでもいい。
この痛みをどうにかしてくれ、と思う。

後は、何かできることはないか。
マットのへたったベッドに寝ていたので、新しいマットのベッドに寝ている夫にベッドを交換してもらった。
腰を支えるには、しっかり反発するマットの方がいいだろう。

寝る場所を交代しながら、
「もう、みんな言うことが違って、なんで痛いのか分からない。何なんだろ?」と嘆いたら、夫はサラリと言った。
「全部じゃない?」と。
どの意見も当たっているのではないか、というのだ。
そして、それは今まででいちばん納得のいく答えだった。

原因はひとつじゃない。
色んなことが絡まり合って腰が痛くなっていて、その現象のどこを見るかが専門家によって違う。誰かが間違っているわけではなく、みんな、自分の専門からみた問題点を言っているだけ。
痛みがなくなったわけではないが、思わぬところからスッキリする回答が出てきた。

「何とか原因を見つけて腰痛を叩きのめしてやろう!」と武装していた私は、夫のひと言で「まぁ、効きそうなことを気楽にやって、どれかが効けばラッキーぐらいでいいか」と、にっくき腰痛めに戦いを挑むことをやめた。しかたがない。堪忍してやろう。

そうして、ある日、気が付いた。
腰痛が治ってる!

腰痛になった時と同じように、気付いたら急におさまっていた。

結局、どれが効いたのか分からない。全部かもしれないし、どれかとどれかかもしれない。でも、もう何が効いたのかと、深追いしたりはしない。
また痛くなったら、また全部、試せばいいんだから。

私はとうとう、腰痛を克服した。


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