夜長

type5;お月見の秋

秋にまつわる短編連作マガジン『秋箱』の5編目、最終話です。

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「マユミ姉、あのさ、もう冬だよやっぱこれ」

 私と同じ顔をした妹のアユミが、パジャマ代わりのジャージの上からダウンを着込んでやってきた。
 彼女の手には、湯気を立てたカップが2つ。
 出来のいい弟が入れてくれた、砂糖もミルクも入れていない紅茶だ。
 ありがたく受け取って、私は代わりに、さつまいもをふかして砂糖とバターで味付けした、これもできのいい弟が作ってくれたスイートポテトもどきのおやつを差し出した。
 弟は今年も、食欲の秋を全力で満喫していて、おかげで私たち姉2人は、そのおこぼれを存分に頂くことができるのだ。
「夜にこんなもん食ったら太るよ」
「いいの。食欲の秋を満喫する方が大事」
「だから、もう冬じゃん!」と文句を言いながら、けれどアユミも手をのばす。
 私がアゴで夜空を示すと、アユミも、私に並んで縁側に腰掛けた。
「あぁ……うん。綺麗だね」
 今日は満月。「中秋の名月」からはもう、1ヶ月も遅くなってしまったけれど、綺麗だ。
「食欲の秋、衣替え、旅行、……あと、スポーツとか? 秋っぽいのはだいたいやったんだけど、お月見はすっかり忘れてたねぇ」
 さすがに今の季節じゃ、寒いけど。
「うさぎのもちつきって、あれ言うけどさ、姉ちゃんモチツキに見える?」
 コンタクトだってちゃんとしているのに、よく見ようとしている時のクセで妹は、目を細めたひどい顔をして月を見ている。
「んー……」
 見えると言えば見える。けれど、見えないと言えば確実に見えない。
「……あ、ねぇモチツキってさ、もしかしてモチヅキから来てるんじゃない?」
 私が言うと、「はぁ?」と、アユミはイラッとさせるような声をあげた。
「だから、モチツキってさ、モチヅキ。望月。満月だよ。似てない? ……この世は全部オレのモノだぜ満月みたいに不足はねぇ! みたいなの、習ったじゃん」
「いやわかってるよそれは。でも駄洒落としてはほんと温度下がるから。自重してよ」
 可愛くない妹だ。
 だいたい日本語文化なんて、昔っから駄洒落大好きだったじゃないか。掛詞とか、テストにだってあんなに出たんだから。
 いいじゃないか。駄洒落でも。
 不機嫌になって黙り込んだ私に妹は、「ほら、いももお茶おいしいよ~」なんて声をかけてくる。
 本当においしいから、イライラはすぐにおさまる。
 妹はいつもそうだ。調子も、要領もいい。

 双子であっても、やっぱり姉と妹では違ってくるものなんだろうか。
 ちなみに高校生の弟は、末っ子のわりにはあまり甘えん坊なところはなく、むしろ、よく私たちの世話を焼いてくれている。
 私たちに比べると、できのいい弟。
 そのできのよさに、逆に心配になったりもするけれど、「双子のナラ姉妹」つったらまぁ、たいがい、くだらない騒ぎばっか起こしてたからね。
 私たちを反面教師にして学んだのだろう。けっこうなことだ。
「月、綺麗だけどさ。これもう、冬じゃん。寒いじゃん。なんでわざわざ呼ぶかな縁側なんか」
「いいじゃん縁側。私、好きだよ」
 いや私だって好きだけどさー。と、妹はまた文句を言っている。文句の多い妹だ。
「あのさ。あんた昨日出張で、さっき帰って来たじゃない?」
「そうだよ。疲れてるし、寒いんだよ。早くあったかいお風呂入って寝たいよ」
「言いたいことあるんだって。いいから聞きなよ」
 だって妹はまだ、聞いていないのだ。
「昨日さ、決まったらしいんだけど。とうとう離婚するってさ」
「……え、は? うちのこと?」
 うち以外の話なわけがない。
 バカだな、と思ったけれど、黙って頷いた。
「あぁ、……ふぅん。そっか」
 少し冷め始めたお茶を口に運ぶ。妹も同じようにしているのが気配でわかる。
「姉ちゃん、聞いた時ショックだった?」
「……」
 少しだけ考えたけれど、結局は苦笑しながら首を振った。
 答えはNOだ。
「だよねぇー!」
 妹も、苦笑しながら同意した。
 小学校の高学年の頃くらいから、だったろうか。
 子どもの目から見ても、決して仲がいいとは言えない夫婦だった。
 正直なところ夫婦を続けているのが不思議なくらいだったし、もっと正直に言えば、さっさと離婚してくれとさえ思っていた。ずっと。
 自分もいつの間にか大人になって、両親には両親の人生があるのだから、まぁもうどうでもいいか、と、思うようにはなったけれど。
 だからなんというか、いまさら、というか。
 やっとか、という感じだ。
「まぁ……やっとか、って感じだよね。あ、でもアイツはどんなよ?」
 アイツ。弟のことだ。
「冷静だったよ。まぁアイツの場合はうちらと違って、うちの両親つったら、仲悪いのが普通って感じだろうしね。なんで離婚しないんだろうってやっぱ疑問だったろうから、むしろやっとスッキリした、みたいな感じだと思うよ」
 マイペースな弟のことだ。
 マイペースすぎてわかりにくい弟だから、まだ、ハッキリとは言えないけれど。
 でも、たぶん私たちに似た感情を味わっているはずだ。
「で、あの人たち、どうするって?」
「それが……」
 出て行くそうだ、この家から。
 両方とも。
「なんかいきなり自由なこと言ってるね、あの人たち」
「ね」
 同意して苦笑した。それから、妹とそろってお茶を飲んだ。もう冷めてしまってる。
 ただ、本当に、この年になってやっとだけれど。
 両親のその自由さに、ちょっと、安心してもいた。両親とも、おそらく今まで離婚という結論を出さずにいたのは、私たちがまだ子どもだったから、なのだろう。
 子どものために、離婚しない。
 子どもの私たちは「さっさと離婚してくれ!」って思っていたのだから、正直、逆にいい迷惑な配慮だったのだけれど。
 でも、弟が高校生になって、やっとガマンしないカタチで生きられる時期になったと感じたのだろう。
 それぞれがそれぞれ、無理のない生き方ができるなら、その方が良い。
 無理して無理して、それでひとつの家にいるよりも、ずっといい。ずっと楽だ。
 ガマンさせていると思うよりは、ずっとずっと安心していられる。
「アイツが大学卒業するまでは、金は入れてくれるってさ」
 もらえるもんはもらっとこう。妹が言った。同意だ。

「……さむっ」
 言って、妹がお茶を飲み干した。私も飲み干した。
「あぁ、……月、ほんと綺麗だな。くそ」
 そして同時に立ち上がる。
「カップ貸して。洗っといてやるから、早く風呂入っといで」
「ん、ありがと」
 そう言ってさっさと部屋に戻って行く妹を見送ってから、私はもう一度月を見上げた。
 秋も終わりだ。
 たぶん今年の冬は、クリスマスは、年末は、お正月は、家族4人で過ごす、最後の行事になるだろう。
(まぁ、いろいろあるけど)
 悪い気持ちなばかりじゃない。
 ちょっと寂しい気分になるのは、きっと、季節のせいだろう。

 息が白くなっているのが見えて、私も縁側をあとにした。

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