仕方のないこと


「冬」がテーマの1話完結・読み切り短編BL集『冬箱』収録作品です。


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去年の冬の日のことだ。
おれは見てしまった。見間違える余地さえなかった。

「ひっそりと、こっそりと想うだけ」。そうやって続けてきた、片思いの相手のキスシーンだ。
しかも相手は男だった。

おいおいマジかよふざけんな。相手も見覚えのある顔だ。
名前はたしか瀬尾。
背はあまり高くなく、派手なプレイもなく、けれどいつも着実に点を獲りにくる、敵にまわしたくないタイプのプレイヤー。
「水っちはゲイじゃない、ゲイじゃないから仕方がない」……そう思って、ずっとずっと諦めてきたのに。
ショックすぎて身動きはできなかったからその場で、涙目で、心の中で猛烈に叫んだ。

そして同時にもうひとつ、おれは見つけたのだ。

一瞬だけのキスをして、ほわほわと照れた真っ赤な笑顔ですぐに去って行ってしまった水っちと瀬尾。
を、挟んだ車道の、さらに向こう側のコンビニの前。

あれはたしか、瀬尾のチームメイトの原田。
瀬尾よりも細く小さな体で、パワーはないけれどスピードとフットワークの軽さがピカイチで、時々ミラクルなプレイをする選手だ。
女子からはよく「浮気するなら彼がいい」と評されている。

キスした2人を、どうやらおれと同じく目撃したらしい原田が、手にしていた、買ったばかりだろう何かの入ったビニール袋を落とした。
その表情を見て、確信してしまった。
雷に打たれたように。運命のように。

「涙目じゃないか。おれと一緒じゃねぇかマジウケる!」と、心の中で泣きながら叫んだ。

涙目で呆然としている原田は、数瞬間後にやっとおれの存在に気付いた。そして彼もまた確信したようだった。

そうだ同じだ。
おれたちは同類だ。

「相手はゲイじゃないに決まってる」と思い込み、諦めかけの片思いを募らせ、言わないことを条件のように、ただ隣にい続けることを選んだ。
「仕方のないこと」と諦め続けてきた。
だと言うのに、その相手に目の前で、キスシーンを披露されてしまった。

どうだ、同じだろう?
彼からはおれと同じ、そんな匂いを感じる。だってあの涙目!

動けずにいた原田が、おれから目を離さずに歩き出した。おれも同じようにして歩き出した。少し離れた横断歩道まで歩いて、信号が赤だったので向き合って止まり、青になった時点でまた一緒に歩き出す。
そうして出会った、横断歩道のちょうど真ん中。

一緒だよね?
一緒だよな?

視線をあらためて強く交わした、その一瞬だけで十分だった。

「「ちょっとお茶でもしませんか!!」」

ほとんど同時に叫んでいた。
お互いに頷きながら握手を交わして、そのままほとんど腕を組むようにして急ぎ足で並んで歩いて、近くのチェーンの喫茶店に入った。
コーヒーを飲みながら他の客の目も気にせずに泣いて、その後居酒屋に移動してからは泣きながら思い思いに失恋相手の話をし、笑い合って、飲んで、また泣いて、それから飲んで飲んで食って飲んで、
そうして終電後に探して入ったホテルでセックスした。
(あー……)
しっかり出してスッキリしたら、酔っていたはずの頭までスッキリしてしまった。
そうして我に返ってしまうと、非常に気まずい心地がしたものだった。

「くそーーー、瀬尾っちがゲイだなんて、やっぱだって気付かないよなぁ。なぁ?」
「はぁ、まぁ、そうだな……」

けれど気まずさを感じているのはどうやらおれの方だけのようで、原田はおかまいなしだった。
「浮気するなら彼がいい」と、原田が言われている理由。
それはどうやら、こちらに気を遣わせない軽薄さにあるようだった。

そして実際おれは、彼のこの軽薄さに幾度となく救われることになった。

たとえば、練習からの帰り道。
これまでは一緒に帰っていたのに「今日は用事があるから」と断られ、駅近くの店で待ち合わせをしているシーンに出くわしてしまった時。
たとえば、「ほかのヤツは誘いにくいから」と言われていつも一緒に行っていたスイーツ食べ放題にいつの間にか誘われなくなってしまったと気づいた時。
たとえば、着替えの最中に知らない水着跡を見つけてしまった時。
花火大会に一緒に行く相手にはなれなかった時。
趣味じゃないはずの曲を聴いていた時。
学祭が終わった後の、盛り上がりからさめて少し寂しくなった時。
一緒に歩いていたはずの繁華街のイルミネーションの下を一人で歩いている時。
そんな、たくさんの瞬間に、おれはあいつに救われることになったのだ。

そんな「たくさんの瞬間」のたびに会っていたのだから、おれたちのセックスは頻回だった。
「彼の隣にいるのは自分じゃない」と思い知るような機会があるたび、メールを飛ばし、電話をかけ、おれたちは抱き合った。
いつの間にか酒は必要なくなって、ホテル代がもったいないとまで思うようになり、お互いの家までの道は、泥酔していても迷わずにいられるほどになった。

そういえば2人一緒にいた時に、彼らに目撃されてしまったことがあった。
彼らは随分と驚いた、楽しそうな笑顔をして言ったのだ。
「あぁなんだ、お前たちも知り合いだったのか」「お前たちも、いつの間にそんなに仲良くなったんだ」と。
その夜は随分と燃えて、お互いガタイのいい男でよかったなと言い合ったものだった。脆い女の身体ではきっと満足できなかったろうから。

関係を続けるつもりなど、毛頭なかった。
あくまで瞬間・瞬間の繋がりでしかない、はずだった。

けれど、点でしかなかったものも重なり、繋がれば、線にもなれば面にもなる。
セフレだろうと恋人だろうと、同情だろうと友情だろうと愛情だろうと、なんだってそうだ。
なんだって一緒。

そのことに気づくまでは、少し時間がかかった。

桜が咲けば「一緒にお花見に行きたかった」と言ってセックスをして、夜桜の下、手をつないで終電までの道を歩いた。
夏になれば2人の旅行中に「俺たちだって夏休みを楽しむ権利はある!」と祭りに出かけ、りんご飴の味のファーストキスをした。
秋になるころ、おれたちは2人のデートに付き添わせてもらう権利を頂戴していたので、2人がもう隠しもせず手をつないで歩く後ろで、腕を組みながら、一緒にテーマパークのマップを開いたりもした。

そうして出会ってから2度目の冬になると、点は線になり、新しい面を織りはじめていた。
もう同類の親しみではなくなっていた。もてあました感情や欲情の処理のためでもなく、友情だけでもなく。

彼の部屋には、おれの着替えとコーヒーが常備されるようになった。彼はコーヒーを飲まない。俺のためのものが増えていく。
俺の部屋には、彼の着替えと紅茶とが常備されるようになった。彼は朝、寝起き一番で熱い紅茶を飲むのが好きなのだ。
そして先週から、俺の部屋の冷蔵庫には、牛乳も常備されるようになった。彼が好きなのが紅茶ではなく、正しくはロイヤルミルクティーだと知ったからだ。
料理すらろくにしないおれの家に、明日にはミルクパンまで届く。

明後日の朝からは、彼と一緒にロイヤルミルクティを飲むことができるようになる。
おれたちはもう、会うための理由を探す必要もない。
指輪なんてものを買う気はさすがにまだないけれど、おれたちは今とてもしあわせで、つまりは、そういうことになったのだ。

セフレから始まるだなんて、軽率だと思うだろうか。
随分カンタンなヤツらだと笑うか?

どう思ってくれてもいい。
今なら、少なくとも今は、どうだって大丈夫だ。
もう想う気持ちは止めない。
だってもう止められないのだから仕方がない。

世の中には本当に、仕方のないこともあるんだ。

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いただいたリクエストテーマは「ミルクティ、朝、刹那的」でした。ありがとうございました!




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