パリパリ

「冬」がテーマの1話完結・読み切り短編BL集『冬箱』収録作品です。

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赤。黄色。茶色。
学校と駅とを結ぶ道は、裏道の中央公園ルートを選ぶと、この季節は色彩に事欠かない。
さくさく、パリパリ。
乾いた赤と黄色を踏んで歩く。静かな時間。
そんな中、ひどく深刻な顔をして、隣を歩く水田が言った。
「もしさ、俺たちが結婚したとすんじゃん」
「ありえねぇな」
言葉にして確かめ合ったのは、まだほんの2週間前だけれど。
オレたちはどうやら、5歳の頃から両想いだったようで、つまりオレたちの早熟は先々週にすっかり実って、お付き合いをできることになった。そこでオレたちは目下のところ「日本の法律は、まだまだオレたちに追いつけてねぇもん」という日々を送っているのだ。
「法律のことはおいといて、まぁ聞いてよ火田、もしもだよ、もしも」
オレは法律のその事実が結構本気で悔しいのだけれど、愛おしの成績だけはいいバカメガネ・水田は、勉強以外ではバカなので、オレにはこんなに大事なことを、こんなにかんたんに「おいといて」しまわれる。
パリパリ。
「火田んとこの兄貴、昨日またうち来てたんだよ。にいちゃんの部屋で2人きりでさー。受験勉強してたとか言ってたけど、ほんと静かで。こないだも図書館で勉強とか言って一緒に出かけてったし」
「図書館のは他の人も一緒だったんだろ? つか受験生なんだから、この時期勉強してて当たり前だろーが」
「でもさー、あやしくない? にいちゃんメンクイなんだよなー。火田の兄貴、火田と似てて綺麗な顔してるだろ」
さくさく。
綺麗な顔。オレと似て。
「お、……お前そういう恥ずかしいことかんたんに言うのやめろ」
それに俺の顔は、どう贔屓目に見ても中の中で、一番よく似ていると言われるのは「カエルの王子様」だ。意味がわからない。
ちなみに水田は、マツダの車のような顔をしている。綺麗はどっちだ。
「恥ずかしくないよ。恥じるな、自信持て! それに今そんな話ししてない。テーマはにいちゃんたちのことだよ」
これもそんなこと、なのかよ。オレの赤面を返せ!
もちろん水田は気にせず話を続ける。
パリパリ。
「で、だからさ、どうするよ火田の兄貴とうちのにいちゃん付き合ってたら」
「ありえねぇって」
「なんで言い切れんの」
なんでって。そりゃあ。
「うちの兄はヘンタイなんです。もう何年も前からマシュマロフェチ。こないだもマシュマロ見ながら顔赤くしてました。あれたぶんマシュマロでオナニーしてるレベル。兄のことは、正直どうしていいのかわかりません」と、素直に言いたくなったのをかろうじて堪える。
さすがにここまでディープな身内の事情は話しにくい。
「あー、あれだよ、にいちゃん、たぶん他に好きなのいるから」
パリパリ。
「ほんとに?」
「ほんとほんと。あの様子じゃもう何年も片想いしてるだろうな」
えぇー、と、水田はまだ疑わしそうな顔をしている。
さくさく。
「で? もし、にいちゃんたちが付き合ってるだか好きあってるだかだったら、どうだっての?」
水田は「おいおい、なんでわかんないんだよ」とでも言いたげな不満気な顔でオレを見る。
「もし俺たちが結婚したとしたら、兄貴たちはどうなるんだよ。家族になっちゃったら、兄貴たちが結婚できないじゃんか。禁断の恋になっちゃうだろ?」
パリッ。
「……?」
「?」
なんだろう。
本当に本当に、なんでだろうな。
「火田どうした?」
「うん、オレはね、いまなんでお前のことこんな好きなんだろうなーって考えてた」
「え? なんでいま?」
それも、なんでだろうな。たぶん思考が停止したからだ。
「……もし、男同士で結婚できたとして、オレたちが結婚したとして、」
「うん、しようよ」
「できたらな。で、にいちゃんたちがもし、デキてたんだとしたら」
「したら、どうする?」
「どうもしない。3親等じゃねぇんだから、にいちゃんらもにいちゃんらで、したけりゃするだろ、結婚」
「え、できるの?」
「できるんじゃねぇかな。たぶん」
昔、そんな設定の漫画があったのを思い出す。その時に調べたのだ。
調べたのなんてもう随分と前のことだし、幼かった頃の調べ物力なんてあてにならないから、たぶん、の部分は外せないけれど。
「あぁ、そうなのか。よかったなぁ?」
なぜ語尾が上がるんだ。
同意求めんな、と当然思ったけれど、面倒なので「そうだな」と答えておく。
さくさく。
水田はとても、満足そう。そして「ふへへへ」とおもむろに笑う。
パリパリ。
「……なに」
口元をおさえ、そのせいでメガネを曇らせながら、水田は言う。
「火田はさー、そんなに俺のこと好きなんだねーふへへへへへ」
え?
言われて、何か大きな過ちを犯したような気になって、数秒前の自分の言動を振り返ってみる。
あ、あーーーーーーー!!
「あーーーーーーー!!」
パリパリパリパリパリパリパリパリパリ!
「ちょ、まってまってまって」
さくさくさくさくさくさくさくさくさく。
いたたまれなくなって早足で離れたオレを、水田が笑いながらの競歩で追いかけてくる。くそ、なんでそんなに速いんだ。
パリパリパリパリパリ。
さくさくさくさくさく。
半分諦めてスピードを緩める。
赤と黄色を踏んで、砕いて、歩く。
もうほとんど茶色くなりかけた秋の残骸。けれどまだそれほどは寒くない、冬の入り口の昼下がり。
パリパリ。
さくさく。
パリ。
立ち止まるオレに水田が追いつく。
「ふへへへへへへへ」
そして笑いながら、やっと慣れた行為として手をつないでくる。あまり目立たないようにポケットの中。
恥ずかしい。というか、照れるだろ、こんなの。
顔が赤くなる。体温も上がる。自覚できるほどだ。
落ち葉を踏み砕くパリパリの音では、もう自分のことすらごまかし切れない。
(あー……)
恥ずかしいけど、それでもなんでも。
この道が真っ白になるもう少し先の季節も、できるならその先も、こうやって一緒に歩けますように。

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リクエストテーマは「落ち葉、昼下がり、ほんわか」でした。ありがとうございました!




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