厚手のタオルにくるんで

「冬」がテーマの1話完結・読み切り短編BL集『冬箱』収録作品です。

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セックスはただのスポーツだ。
誰に挿れようと挿れられようと、気持ちいいものはいいし、楽しいものは楽しい。
そしてただのスポーツだから、行為の相手と恋愛はしない。
とりたててそう決めたわけじゃないんだ。むしろ恋愛できたら楽しいだろうと、いつも思っていた。単純にできなかったのだ。
恋愛を欲していないからか、単に恋愛感情がないかのどちらかなのだろう。まぁどっちだとしても、別に問題はないけれど。
それにしても、相手にするなら男がいい。柔らかさばかりで不安になることもないし、耳元で聞こえる低い声は、いつも脳内に甘く響く。縦に長い臍の窪みや、手入れなどされていない無造作な茂み。挿れるための穴も、挿れられたら気持ちよさそうな棒も、どちらもついていること。その機能性。
……それから。
突き指を重ねて太くなったような指の関節。短く切りそろえられた爪。固く隆起するふくらはぎ。太ももの厚み。あとは、少し荒れて乾いた唇や、染めても抜いてもいないくせにわずかに傷んだ毛先や、草みたいな毛布みたいな匂い。
特にそんなものたちの断片を持った男が相手だと、まぁ燃えることこの上ない。
恋愛感情はない俺にも、やっぱ好みくらいはあるんだなぁと。その程度に思っていたのだ。

気付いてしまったのは4日前。
「おい原田、今週末の練習場所のことなんだけど」
同じサークルでキャプテンをしている瀬尾が、プリントを持ってやってきた。その彼の、指先を見たときだ。

差し出す指は、爪は綺麗に切りそろえられていて、幾度となく繰り返された突き指のせいで、節が太くなっていた。胸が高鳴った。
「……えと、なんだっけ」
パンツの裾から覗いている部分からだけでも、ふくらはぎにしっかりと筋肉がついていることがわかるし、太ももに十分な厚みがあることも見て取れる。走り込みは欠かさない奴だし、間違いない。
「おい、忘れたのか?」
呆れたように言う唇は、今日も少し荒れて乾きひび割れていて、首筋からわずかに見える襟足は、毛先がはね日に透けて見える。傷んでいる証拠だ。
「あーうん、ごめんね。それ見とくわ。そんで放課後、連絡する」
忘れんなよ、と言う瀬尾の横を通り過ぎる。息を吸い込めば、日向の草っ原みたいな干したての毛布みたいな、顔をうずめたくなる匂いがした。

これまで恋愛できなかった理由がわかってしまった。
俺はすでに、決してセックスの相手にはならないだろう男に惚れてしまっていたのだ。
幼馴染だったからいつも隣にいて、そばにいて、一緒にいるのが当たり前だった。でも、同じ高校・大学を選んだ時点で気付いてもよかった。
自然なんかじゃない。
ずっと彼の隣にいたかった、選択の結果だ。

身にしみるのは、主に夜。
誰かの隣で寝ている時も、一人で布団にくるまる時も。
まったく、なんということでしょう。

「原田お前、少しは節操持てよ。でなきゃいつか、刺されるぞ」
隠しておければよかったものを。
恋愛している自覚がなかったせいで、瀬尾には、俺にセフレやら一晩限りの相手やらが数多いることが筒抜けの状態なのだ。
相手の性別まではまぁ、特に言ってもいないし、勝手に女ばかりだと思っているだろうけれど。
「大丈夫だよ、割り切った人しか相手にしないし」
「好きな奴とかいないの? 少しくらい落ち着いたらどうだよ。お前、いいのかこのままで」
「んー……」
好きな奴。
その言葉が彼の口から紡がれて、なんだか頭がうまく働かなくなって、落ち着かない気分になってしまった。
でも怖かったから、がんばって作った平気な顔で、ニヤニヤしながら言ってみた。
「じゃあ、瀬尾っちが俺の相手してよ。瀬尾っち相手なら俺、落ち着いてみせるよ。瀬尾っちのこと大好きだし、大事にする」
心臓はあんなにも強く鼓動していたのだけれど、俺は演技力が高いので、それはもちろん瀬尾には伝わらなかった。
眉根をひそめて、瀬尾は言ったのだ。

「俺、本気でお前のこと心配してんだぞ。こういうときにふざけんなよ」

見事なまでの、一瞬での玉砕。
俺もね、本気で好きな人がいるんですよ。それはあなたですよ。
あなたが好きなんです。言えないけど。
仕方がないから「そっか、ごめんね」と笑って答えた。
ごめんね。心配してくれてありがとう。
でも俺はあなたのことが好きだから、これからも節操のある生活になんか耐えられないし、落ち着けないし、きっと他に好きな人なんてできない。

そんな会話をしたのが4日前。
そしてこの4日間で、相手をしたのは9人だ。消化率は最短記録。
われながら、なんてわかりやすい。だって一番手っ取り早いから。
そして今夜は、久しぶりのひとりの夜。

(もう寒いな……瀬尾っちギュてしたらきもちいいだろうなぁ……筋肉布団あったかそー……)

昔、正月とかに、長野のばあちゃんちに泊まった時に貸してもらったアレみたいな。
なんだっけ。
あの、あったかくして布団に入れるやつ。
たぶん瀬尾っちはあんな感じ。
抱いて寝て、何もしないでもそれだけで、きっと朝まで気持ち良い。
(でも、そうか)
あれはたしか、直に触れてはいけないのだ。
それほど熱くはならないけれど、それでもずっと触っていると、火傷をしてしまうらしいのだ。
それを防ぐためにも、何か布にくるむようにと、そうだ説明書を、母が読んでくれたっけ。

抱けるように、隣にいられるように、一緒にいられるように。
覆って隠して、決して直には触れないように。

できるだろうか。
続けられるだろうか。この気持ちを、ずっと隠して持っておくこと。持ってすらいないかのように振る舞い続けること。
わからないけど、そうしたいのだからやるしかない。
瀬尾のいない一人きりはひどく寒くて、俺には寂しすぎるから。少なくとも今のところは。

厚手のタオルにくるんで、せいぜいほころびが出ないよう、気をつけること。
明日も隣にいるために。

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いただいたリクエストテーマは「湯たんぽ、夜、切ない」でした。ありがとうございました!

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