カットした青地スプーンフォーク

type1;食欲の秋

秋にまつわる短編連作マガジン『秋箱』の1編目です。

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(秋と言えば……)
「断然、食欲の秋だよなぇ」
「は?」
 つぶやいたオレのコトバに、目の前の友人が反応した。
「いや、秋だなぁと思って」
 気温の高い日はまだあるけれど、湿度が変わったせいか、日向にいても以前ほどはキツくない。
「秋ってさ、いろいろあるじゃん。ナニナニの秋~、って」
 オレの弁当から自然な動きで、ベーコン入りの卵焼きの欠片をつまみながら友人は頷く。
 とられた。くそ。
「……でさ、だったらオレは、食欲の秋が一番好きだなって話よ」
 オレの卵焼きを飲み込みながら、ソイツは言った。
「いや、お前の場合、秋だけじゃないじゃん。弁当男子め」
「いいだろ別に」
 弁当男子、と言われるのが、オレはあまり好きではない。少し前の流行にのっかっただけみたいに思われそうで。
 オレが自分の弁当を自分で作りはじめたのは、「弁当男子」なんてコトバが流行る前。オレが流行りにのったのではなく、流行がオレに追い付いたのだ。
「うん。お前の弁当ほんとうまいし、いいよ。でもさー、弁当男子って何か草食系っぽいじゃん。家庭的ってか。やっぱ男は肉食だろ? じゃなきゃモテねぇよ」
 そうでもないよ、と、ニヤリと笑ってこたえてやる。
「え、お前オンナできたの!?」とあわてて聞かれて、その声に他のヤツらも振り返ってきたけれど、オレが横に首をふれば、そいつらは元いた会話に戻って行った。
「脅かすなよなぁー受験生のクセに今の時期に彼女できるとかそんな……そんな羨ましいことがお前に訪れたとかもう、おれガマンできないから!」
 たしかに、今は彼女なんていないけど。
 オレは知っているのだ。
「やっぱさ、料理できるオンナっていいよなぁ。例えばほら、クルミとか。アイツ別に顔可愛いとかじゃないし、地味だけど、いつも自分で弁当作ってきてるじゃん。なんか美味そうでしっかりしたやつ。あぁいうのさ、いいよなぁ……」
「お前クルミのこと好きなんだっけ?」
「ちっげーーーよバカ! 黙れお前!」
 あわてて言われて、そのスキに、手の中にあるパンを一欠け齧ってやった。卵焼きの仕返しだ。
 その甘いパンを齧りながら、「バカはお前だけどね」と思い返す。

「男は料理好きの女を選ぶべき」みたいな空気がある。どうやらオレのオヤジもそうだったらしいし、合宿中に聞いた部活の後輩たちの話では、後輩たちもそうみたいだった。
 本当にバカだな、と思う。
 料理が得意な女がモテるのと同じように、料理が得意な男は、それだけでやっぱりモテたりするのに。姉たちと、姉らの友人たちがみんな口をそろえて言っていたのだから間違いない。
「どうせ食べるなら、美味しいもの食べたい」そう思うのは、男だって女だって同じだろ?
(オレたぶん、あと6年くらいしたらモテモテだな)
 別に、モテのために弁当作ってるわけではないけど。
 今のところ女の人に興味もないから、それがオレにとって嬉しいことになるのかどうかもわからないけれど。

 料理を作るのは楽しい。だって、自分が手を加えた通りに出来上がってくれるのだ。
 食べたいものを食べたいように作れる。作り慣れたと思ったものだって、ちょっと手順や分量や時間を変えるだけで、全然、違ったものに変化する。科学の実験と同じような楽しみがある。
 この楽しみがわかんないなんて、もったいない。
「ま、なんでもいいんだけどさ。オレはやっぱ食欲の秋だなって思ったんだ、ってこと」
「おー、そうかそうか」と、友人からは気のない返事が返ってくる。
 もう少しこの友人の気をひけたら、嬉しいような気はするのだけれど。

 もうすぐ昼休みが終わる。窓の外を眺めながら、オレはぼぉっと考える。
(「天高く馬肥ゆる秋」って、わかるなぁ)
 青い空は、雲が白く薄く長くなったせいか、たしかに高い気がするし、ご飯は、ただご飯だというだけで夏よりもうまい。
 秋と言えば、衣替え。
 読書。
 月見。
 行楽。
 あとは……女心か? 秋の空みたいだって、なんかことわざがあった。よくは知らないけど。
 いろいろあるけど、そのどれだって、食欲には勝てない。
 ビッグサイズの2段の弁当箱を片付けながら、そんなことを考える。それから午後の授業のことを考えると、なんだか眠くなってきた。
 食後の昼寝だって、秋は本当に気持ちがいい。辞書にジャージを巻いて、枕代わりにすることにしよう。
 満腹で、なんだかしあわせな気分になりながら思う。
 食欲の秋は、これからだ。

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