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内発的発展の可能性について考えてみた。

金曜日から3日間、北大の大学院生が修士論文の取材ということでうちのお店の様子を観察しにきてくれている。彼は隣のニセコ町出身でいずれは地元に戻ってきたいそう。昨年、喜茂別を対象にした政策提言のフィールドワークで知り合い、それがキッカケで今回のお話をいただいた。

彼の研究テーマのひとつが「内発的発展性」。

その地域の文化や経済、そして開発などのすべての地域発展において、そのエリアに住む住民が直接参加することに主な重点を置いた発展のあり方を指す言葉です。( https://volunteer-platform.org/words/development-cooperation/endogenous-development/

ただ学術的に議論されていることが実態が伴ってないようにも感じたので、よりリアルな現場を見たい…と連絡をしてくれた。僕だけじゃなく来店したお客さんとも積極的にコミュニケーションを取っていて、とても真面目で一生懸命な人だ。

彼と話すなかでとても興味深かったのは「『交流』×『活動エネルギー』=『偶然の発生』」という仮説。簡単にいうと地域内外の人たちの交流の機会を増やし、熱量のある人同士が出会う回数を増やすことで偶然的に新しいプロジェクトが始まるということである。

ほんとその通りだなってと思う。だからこそ、もう少し踏み込んでみたくなって、自分のやっていることに当てはめながら考えてみた。

町内外の人が交流するキッカケを作ることが必要。

人・もの・情報が集まり、新しい“なにか”が生まれる場所』は、僕の運営するCOFFEE&SHARESPACEのコンセプトだ。お店に訪れたお客さん同士が交流することで、お互いの興味関心から新しいコトが生まれる…そんな出会いの場となればいいなと思っている。

僕の住む喜茂別町の中心地には10年近く喫茶店がなかった。周辺に世界有数のリゾート地を抱えて、札幌や新千歳空港からそこへ行く年間250万人が通過してしまう町で、足を止めるキッカケができれば町内外の人が交流する場を作れると思ったし、オープンして半年くらい経つが、実際に新しい“なにか”が始まりそうなキッカケはいくつかある。

プロジェクトが生まれるには、それを起こす人が必要だ。でも、それを“中の人のエネルギー”に求めても難しいこともある。そこまで熱量を持っている人が多くないから。じゃあどうしたらいいか。熱量がある人を外から呼び込むか、中の人の熱量を上げていくか、どちらしかないのだ。

そういう意味で僕の運営するお店があることで、『“外の人”が喜茂別に興味を持つキッカケ』と『外の人から刺激を受けた“中の人”が生まれるキッカケ』を提供できるのはないかと考えている。

活動エネルギーは高くなくてもいいのかもしれない。

前述した通り、地域内で“熱量の高い人”を探すのは難しい場合もある。でも、「なにかやってみたい」と思っている人は少なからずいる。彼らは「やってみたいけど、やり方がわからない、ひとりではできない」のだ。そういう人たちの背中を押してあげることができれば、活動エネルギーが高まっていくはず。つまり、最初から活動エネルギーが高い人を求める必要はなくて、徐々に高めていくことができる環境さえ作ることができれば、タイミングさえ揃えば一気に高まるとこがある。

じゃあどうしたらそういう環境が作れるか。僕は「先行事例を作る」ことでしかないと思っている。こんな場所でも、こんなことでもやることができるんだ…と気づいてもらうことができれば、それに続くことができる。

熱量を持続させるためには“想いの源泉を”理解して軸を作る必要がある。

ただ、そこで問題なのは、一度きりの突発的なエネルギーは上げやすいが、その熱量を持続させ絶やさずにいくことはとても大変だということ。人の気持ちは移ろいやすく、易きに流れる。一度で満足して辞めてしまったり、目の前になにか良さそうなことがあれば“目指していたこと”と少し違っていても進む道が変わってしまうことはよくある。

そんなときに大切になってくるのは「なぜそれを自分がやるのか?」という問いかけ。僕自身、サイモン・シネックの著書「WHYから始めよ」( 【TED】優れたリーダーはどうやって行動を促すか/サイモン・シネック (日本語字幕) )に触れ、目的や手段を正しく扱うには、その元となる“想いの源泉”まで理解していないと軸がブレてしまうとこに気づいた。逆にいうと、それがちゃんと理解できてればどんなことがあっても軸がブレることはなくなるのだ。

偶然の再現性を高めることで地域の課題は解決される。

そこまでしないと“自分のプロクジェクト”を立ち上げ、継続させていくことが難しいと思っている。でも、この作業はとても大変なこと。さらには実際にアクションに移さないとなにも意味がない。もしかしたら“アクションする”のが一番難しいことかもしれない。

そこで必要になってくるのが、想いの源泉の整理からプロジェクトの立ち上げ、継続まで一緒になって考え伴走してくれる人の存在。そういう人がいることで「交流」や「活動エネルギー」の精度を上げ、「偶然の発生」の頻度や再現性を高めることができるのではないかと思う。


コーヒーを淹れながらとりとめもなく考えたことを書き殴ってみたけど、このあたりを整理すれば政府や行政が描く“机上の戦略”ではなく、より実践的な意義のあるまちづくりができるんじゃないかなぁなんて考えている。

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