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矢沢、和牛です!

会社員時代。
お得意先として懇意にさせていただいていた某大手建設会社の人から呼び止められた。

「町野くん、残念だったな。先週の忘年会に出席できなくて」

仕事の都合でやむなく辞退した忘年会の話を、その会社の人から聞いた。

「どうしたんです。なんか面白いことでもあったんですか?」
「いや、別に普段通りの忘年会だったんだけど、X部長がモノマネやって、
 それがすごかったんだよ。モノマネが、本物を越えたね。」

X部長は「矢沢永吉」に雰囲気がとても似ていて渋くおしゃれな人で、とても物静かな印象だが仕事は別格と言えるほどよくできる。全体を把握し進むべき方向がよく見えていて、成功への根回しがうまい。勉強になる人だとして後輩からは慕われ上司からの信頼も厚い人で、世界に名だたる一部上場のその巨大会社で役員候補の逸材だ。

「X部長がモノマネ?全く想像つかない・・・・矢沢永吉?」
「そう思うだろ。俺たちもびっくりしちゃってさ。
 あの人がモノマネするなんて思いもよらないし、やるなら矢沢だと思うだろ。」
「でも、なんでいきなりモノマネなんかし始めたんです?」
「それが、今回の忘年会には突然大阪のA常務が参加して、
 『X部長。よかったらあれやってくれないか』
 っていきなり言い始めたんだよ」
「ちょっと待ってください。忘年会に・・・A常務が?」
「そうだよ。それもびっくりするだろ。
 時々雑誌のインタビューで見るけど、俺なんか本物見たの、
 10年ぶり2度目だよ。幹事の女の子なんか大慌てでさ、

 『会場、和民なんですけど』

 って泣きそうだったよ」
「(笑)ああああああああ、参加したかったなぁ。」
「それでみんな緊張しちゃってもう忘年会って感じがしなくってさ。
 飲んでも飲んでも、誰も酔わないの。」
「(笑)そりゃそうでしょうよ」
「それで、あまりにみんな神妙な面持ちで飲むもんだからA常務がX部長に

『ここは景気づけに、モノマネやってください』

 ってことになって・・・」
「みんな、びっくりしたでしょ。」
「会場がどよめいたよ。誰も見たこと無いもの。
 A常務が『僕はX部長のモノマネが大好きなんです』って言って、
 X部長が『ここでは勘弁してください』って言うんだけど、
 A常務も『良ければお願いできませんか』って食い下がってさ」
「ははは・・・・・」
「それでX部長が真っ赤な顔しながら立ち上がって、
 宴会なのに、もう水を打ったように静かなの。(笑)」
「(笑)そんな空気の中でモノマネ?
 絶対にやっちゃいけない場面ですよ(笑)」
「それでX部長がモノマネやったんだけど、
 それがまたびっくりするようなモノマネでさ」
「何のモノマネやったんですか?」

「・・・・・・・牛だよ」
「・・・・・・・牛??」

「X部長立ち上がって、草を食べる顔つきで、モー、って鳴いたんだよ」
「モーって鳴いたって・・・X部長が??・・・和牛??」
「和牛??
 ・・・・町野、お前大丈夫か?和牛って、今、そこ大事か?(笑)
 和でも洋でも、今はどっちだっていいんだよそんなもの」
「(笑)いや、すみません。・・・ちょっとびっくりしちゃって。」
「(笑)分かるよ。
 それでまた、部長の牛がびっくりするほどうまいんだよ。
 『和民』が一瞬止まったからね。響き渡る牛の鳴き声で」
「(笑)そんなに??」
「モノマネが、牛を超えたよ」

それからみんなは大爆笑。
大いに笑って、飲んで、すごい盛り上がったと言う。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

その話を、家で風呂に入って体を洗っているとき思い出した。
ひょっとしたら、私も牛のモノマネくらいできるんじゃないかしら。
そう思って、

「もー!もー!・・・・MOー!MOー!・・・・モー!モー!」

様々なバリエーションを試すうちに、だんだん調子が出てきて、
「お、ひょっとして、いける??」
なんて思って延々鳴き続けていたら風呂の扉がいきなり開いて

「ちょっといいかげんにしてよ!何考えてんの!
 夜中に『もーもー』うるさいわよ!馬鹿じゃないの!!」

嫁が仁王立ち。

こちら、素っ裸で椅子に座り、全身泡まみれ。
おまけに半笑いになって牛のモノマネをしている自分に気付いた私は
狼狽し、しどろもどろで言い返す。


「いや、違うんだ!・・・だってお前!・・・
 矢沢永吉が、和牛だよっ?」
「・・・・はぁ??」
「・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・」

私は時々、言葉を失う。
この時もやはり。

素っ裸で泡まみれになった状態で、
「矢沢永吉」と「和牛」の関係をうまく説明できる言葉はなかった。

・・・・・・・・・今年もこんな感じでよろしくお願いします。

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