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Rich Men North of Richmond

無名のカントリー・ミュージシャン、Oliver Anthonyの"Rich Men North Of Richmond"が今月前半からネット上で大バズり、ビルボードチャートにデビュー同時に1位というシンガー・ソングライターとしては全ジャンルにおいて前代未聞の快挙を成し遂げた。

これがその曲。投稿後2週間で現在再生回4000万超え。

まずは一聴して欲しい。

荒削りだが、感情のこもった、生の声で歌う。これが人々の心を掴んだのは間違いない。

歌詞

(verse #1)
I've been sellin' my soul, workin' all day
Overtime hours for bullshit pay
So I can sit out here and waste my life away
Drag back home and drown my troubles away

魂を売って一日中
残業までしてクソみたいな払い
人生を無駄にして
家で(酒に)溺れて何もかも忘れる

(Chorus)
It's a damn shame what the world's gotten to
For people like me and people like you
Wish I could just wake up and it not be true
But it is, oh, it is

辛いな、世界がこんなになっちまったの
俺みたいな人間や、お前みたいな人間にとって
目覚めたらこれが現実では無かったと、なればいいけど
これが現実だ、これが

Livin' in the new world
With an old soul
These rich men north of Richmond
Lord knows they all just wanna have total control
Wanna know what you think, wanna know what you do
And they don't think you know, but I know that you do
'Cause your dollar ain't shit and it's taxed to no end
'Cause of rich men north of Richmond


この新しい世界で
古き魂を抱えたまま生きる
リッチモンド以北の富豪たちは
完全なコントロールを手に入れたい
俺たちが何を考え何をするのか監視する
奴らは俺たちが気付いて無いと思っている でも俺たち知ってるよな
クソみたいな稼ぎを更に税金で無尽蔵に削られるから
リッチモンド以北の富豪のせいで

(Verse #2)
I wish politicians would look out for miners
And not just minors on an island somewhere
Lord, we got folks in the street, ain't got nothin' to eat
And the obese milkin' welfare

政治家は炭鉱労働者の補償をするべきだ
どこかの島の未成年だけでなく
巷には食べるものさえない人々がいる
同時に肥満の者が社会福祉を食いつぶす

Well, God, if you're 5-foot-3 and you're 300 pounds
Taxes ought not to pay for your bags of fudge rounds
Young men are puttin' themselves six feet in the ground
'Cause all this damn country does is keep on kickin' them down

身長160センチで130キロなら
ジャンク菓子に税金を使うべきでない
若者が次々に6フィート地下に埋められる(埋葬)
国は彼らを上から踏み潰すのみだから

大ヒットの背景

オリバー・アンソニーはバージニアで農業を営む。アルコールや薬物に溺れ、2021年にそこから立ち直るために音楽を始めた。本人は「自分は音楽家としてはまだまだだ。ギターもぎこちないし、歌もまあまあ。でもこんなに沢山の人に聞いてもらっているのはこの歌が多くの人に共感されているからだろう。」と言っている。

まずこの曲を取り上げたのは右翼インフルエンサー(反LGBTQレトリックで有名なコメンテーターMatt Walsh)や右翼政治家(MAGA下院議員、Marjorie Taylor Greene)、陰謀論者(PizzagateのJack Posobiec)などだ。

カントリー、と言う音楽ジャンルは99%以上白人で構成される「アメリカで最後の”人種音楽ジャンル”」であり、保守派内でのエコチェンバーで成り立っている業界。なので右派の目に最初に触れるのは不思議ではない。

しかしそれ以上にこの曲にはそのようなイデオロギー集団を惹きつける要素が詰まっている。それぞれ見ていこう。

"North of Richmond"

Richmondとはバージニア州の州都で、100マイルも北上すればそこはワシントンD.C.である。歌の題名のNorth of RichmondとはD.C.の事であり、「北部」の事である。そこにいる「富豪」とはD.C.の政治家や彼らを操る企業ロビーなどを指し示す。

北部、沿岸部、のエリート(≒ユダヤ人)達がアメリカの政治を仕切っている、とは右翼や陰謀論者(ジョージ・ソロスなどがよく上がる)が大好物なレトリックだ。

”your dollar ain't shit and it's taxed to no end"

(クソみたいな稼ぎを更に税金で無尽蔵に削られる)

ここでも右派のマントラ「小さい政府は良い政府」と読むことができる。サッチャー・レーガン時代から脈々と受け継がれる減税、反規制、自由市場崇拝、国家支出敵視(軍事支出は別)。

"I wish politicians would look out for miners
And not just minors on an island somewhere”


(政治家は炭鉱労働者の補償をするべきだ
どこかの島の未成年だけでなく)

炭鉱労働者を意味する"miners"と未成年を意味する"minors"をかけた韻。バージニア州で炭鉱労働者が話題に上がるのは自然な話だが、「どこかの島の未成年」とは何なのか。

これはジェフリー・エプステインの「ロリータ・アイランド」のことだと各紙が伝えている。本人も「human traffickingがこの国での大きな問題だ。それをこの歌でも歌った。」と言っているので間違い無いだろう。

「北部沿岸の」「エリート(ユダヤ人)」がアメリカの古き良き道徳観を破壊し、「子供をグルーミング」し「性的搾取をしている」とは他ならぬQアノンの18番。ヒラリー・クリントンなど左派政治家が子供を誘拐する地下組織を持っていて、その会合が行われているピザ屋がD.C.にある、と言うデマが流され信じた男が銃を持ってそのピザ屋に現れ逮捕されたPizzagateもその一環。

そしてこの「良からぬ他者が子供をグルーミングして搾取する」とのナレティブが現在全米で巻き起こっている反トランス運動の礎になっている。

「性的搾取の為に誘拐された子供を南米から救い出す」との"Sound of Freedom"と言う宗教右派によって制作・配給された映画がこの夏大ヒットしている(見てるのはサークル内の人だけ)。

実際の「子供の性的搾取」の多くは教会内でも起っているのだが、そこは語られないのが特徴。

https://www.washingtonpost.com/news/posteverything/wp/2018/05/31/feature/the-epidemic-of-denial-about-sexual-abuse-in-the-evangelical-church/


"the obese milkin' welfare"


(肥満の者が社会福祉を食いつぶす)
公的扶助受給者を悪人扱いするのも右派の伝統で、60年台の造語"Welfare Queen"が有名だがそれにはいつでも黒人が紐づけられている。


本人の意向

このように右派の政治家から陰謀論者まで大勢がこの曲に飛びついた。先日行われた共和党の大統領予備選に向けたディベート番組(トランプは欠席で8候補が出席)でも、この曲が流れた。

その事について本人は

「自分の曲があそこで使われたのには笑ってしまったよ。だってこの曲はあの場にいるような人達を揶揄した曲だから。」
と反発していた。

「右派に取り上げられて、自分が彼らの仲間だと思われるのは嬉しくない。自分の曲はイデオロギーを超えて多くの人々の共感を生んだんだ。自分は政治的にはど真ん中の中道だ。」

とのコメントから本人には上記のような右派活動家の反応を促す意図は無かったように見える。素直に感じた生きづらさを、感情を吐露しただけだったのだろう。「肥満の人を攻撃する意図は無かった。政府の不効率のせいで人々が肥満に陥る、と言う現状を批判している」とも言っていた。

本人の意図とは裏腹に悪意や恐怖で世論を操作しようとする右派論客達に使われてしまった、と言う側面もあるかも知れない。

曲の出だし
”I've been sellin' my soul, workin' all day
Overtime hours for bullshit pay”
で、心を掴まれて感動してしまいその後の歌詞に注意を払わず賞賛するリベラルも大勢いたが「最初、最高の曲だ!と思ったのにいきなり公的扶助受給者を罵り始めてドン引きした」という声も多くあった。

しかしそれらを全て含めてもこの曲とそのヒットには問題がある。

シンクタンクInstitute for Strategic Dialogueのシニア研究員、Jared Holtは
「政治団体がイデオロギー拡散の為に主義に即した映画や音楽などを使うことは今に始まった事では無い。現在極右派がこの曲に直接自分たちを投影して拡散している事、この曲がメインストリームに取り上げられる事で問題なのは、付随する極端なイデオロギーが一般化してしまう所にある。」と言う。

https://www.npr.org/2023/08/24/1195655023/the-rise-of-oliver-anthony-and-rich-men-north-of-richmond

「自分は右でも左でも無い」と言う人はほぼ右派、と言う点も忘れてはなら無い。

Oliver Anthonyのyoutubeには9・11陰謀論のビデオもあり、この人は「自分は中道を貫く為に偏ったニュースなどは見ない。真実だけを自分で獲得する」と言いつつ情弱な為ネット上に落ちている陰謀論に緩やかに絡めとられている鬱憤の溜まった中年男性あるあるなケースと私は見る。

なぜ自分の税金だけに文句を言う?なぜ富豪達が膨大な免税をされている事に文句を言わない?
なぜ賃金が上がらないのか、その機構についてなぜ言及しない?

ルサンチマンと酒と女、は確かにカントリーの原則だが、見地の狭い呪いの感傷だけでは結局は弱者同士で叩き合う結果になる。それこそRich Menの思う壺だ。

正く問題のありかを指摘できなければ未来や希望を生まないのだ。


本当の「労働者賛歌」

Oliver AnthonyのこのRich Men North of Richmondを受けて、英国のソングライター、活動家のBilly Braggが呼応するRich Men Earning North of a Millionと言う曲を書いた。私はこちらに共感する。

[Verse 1]
If you're selling your soul, working all day
Overtime hours for bullshit pay
Well, nothing's gonna change if all you do
Is wish you could wake up and it not be true

魂を売って一日中
残業までしてクソみたいな払いなら
これが現実じゃなければ良かったとただ願うだけでは
何も変わらないよ

[Chorus]
Join a union
Fight for better pay
You better join a union, brother
Organize today
You'll see where the problem really lies
When the union comes around
Rich men earning north of a million
Wanna keep the working folk down
Wanna keep the working folk down

労組に入れよ
賃上げのため戦うんだ
友よ、労組入ろう
今日、組織するんだ
どこに問題があるのかはっきりするよ
労組が教えてくれる
ミリオネア以上の富豪が
労働者を締め付けたい
労働者を黙らせたい

[Verse 2]
If you form a union, you'll soon find
That working people are all of one kind
So we ain't gonna punch down on those who need
A bit of understanding and some solidarity
That ain't right friend

労組を作ればすぐに
労働者は全て同胞とわかるだろう
俺らは助けが必要な人を殴ったりしない
彼らは少しの理解と共感が必要なだけだ
そんなの友達じゃない

[Verse 3]
If you're struggling with your health and you're putting on the pounds
Doctor gives you opiates to help you get around
Well, wouldn't it be better for folks like you and me
If medicine was subsidised and healthcare was free?

肥満で苦しむ人に
医者は薬を処方する
俺たちのような人間にとって
薬が安価で医療ケアが無料なら最高じゃない?

[Chorus]
Join a union
Fight for better pay
Come on and join a union, sister
Organize today
It comes down to the selfsame thing
If you're black or white or brown
Rich men earning north of a million
Wanna keep the working folk down
Wanna keep the working folk down

労組に入れよ
賃上げのため戦うんだ
友よ、労組入ろう
今日、組織するんだ
俺たちは1つになるんだ
黒人も白人もラテン系も
ミリオネア以上の富豪が
労働者を締め付けたい
労働者を黙らせたい

[Verse 4]
Well, we know your culture wars are there to distract
While libertarian billionaires avoid paying tax
You wanna talk about bathrooms while the floodwaters rise
The forest is on fire and the wind burns our eyes, ah!
Something's wrong here

カルチャー・ウォーはただの目くらませ
リバタリアンのビリオネアが税金払わないことからの
洪水が乱発し森林火災が俺たちの目を焼いているのに
トイレの話をしたいのか
何かがおかしい

[Verse 5]
Well, they wanna divide us because together we're strong
Are you gonna take action now you sung your damn song?
If you don't like the rich men having total control
You better get the union to roll

奴らは俺たちを分断する、1つになると強くなってしまうからだ
その歌を歌って君たちは行動するのか?
富豪が完全なコントロールを手に入れるのが嫌なら
労組に入れよ

[Chorus]
Join a union
Fight for better pay
Come on and join a union
Organize today
Don't matter if you live in the city
Or some little country town
Rich men earning north of a million
Rich men earning north of a million
I say, rich men earning north of a million
Wanna keep the working folk down
Wanna keep the working folk down

労組に入れよ
賃上げのため戦うんだ
来なよ、労組入ろう
今日、組織するんだ
都会に住もうが
田舎に住もうが関係ない
ミリオネア以上の富豪が
労働者を締め付けたい
労働者を黙らせたい

参考にした記事

https://www.npr.org/2023/08/24/1195566500/rich-men-north-richmond-republican-primary-debate


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