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アメリカンファクトリー

Netflixで「アメリカンファクトリー」というドキュメンタリー映画を見た。オバマ元大統領夫妻が出資したハイヤー・グラウンド・プロダクションズという制作会社にて撮影され、アカデミー長編ドキュメンタリーを受賞した、世間的には非常に高い評価を受けている作品だ。

中国福州の車体用ガラスメーカーである「福耀」がアメリカに生産拠点を構えた様子を描いているのだが、舞台であるオハイオ州の工場が元々GMの工場であり、デイトンという町は以前はGMの企業城下町だったというのが非常に大きな特徴である。

GMの不振に伴う工場閉鎖により、数千名の労働者が失職した。その工場跡地に米国生産拠点を構えたのが福耀だ。現地労働者は中国企業が自分達を救ってくれたと歓迎の姿勢を見せる。しかし、中国式の労働スタイルは米国人にはなかなか受け入れられず、社内における米中間の溝は深まっていく。その様子について、米中どちらかの視点に寄り添うこともなく出来るだけフェアに制作された作品であり、ドキュメンタリー映画として正しい姿であるとの印象を持った。

個人的な意見を言えば、会社という組織に帰属し、それに見合った給与を享受している以上、ある程度の不満は飲み込むべきではないかと思う。嫌なら違うところに行けば良いだけの話だ。「ネイリストの娘よりも自分の方が給料が低い!おかしい!」と叫ぶ作業服姿の男性の意見に聴衆は沸いていたが、私は共感出来なかった。だったらお前もネイリストになれば良いじゃないかと思うのだ。だが、現地労働者である彼らにしてみれば「そんな経験もないし、福耀以外に雇ってくれるところもない。」とのだろう。しかし、福耀の中国人は別に「どうせあいつらは行くところもないから」と搾取の姿勢で彼らに過重労働を強いているわけではない。「中国ではこれが当たり前」というだけの話なのだ。賃金は安いのかもしれないが、福耀は中国から米国に派遣している社員に対しても特別手当を与えず、米中の依怙贔屓無く企業運営を行っている様だった。

‟自分がやっていることを相手にも要求する。”これは至極真っ当な理屈である様に思う。その局面で相手の文化への尊重や、相手の生活環境に対する理解をどこまで見せるのか、どこまで見せる必要があるかということだ。残念ながら会社というのは全員横並びの組織ではない。革命を起こす覚悟で彼ら米国人は会社に歯向かっているのか疑問に感じた一方で、大きな賃金アップも無いのに海を渡り家族と離れ、ひたむきに仕事に取り組む中国人青年の方がよっぽど覚悟を感じたし筋が通っている様に思えた。

あと、なぜか中国語をあやつる米国人社員がいるのだが、彼の中国語がやたらと流暢な割に会話のセンスがアメリカンなので、中国人同僚に対して中国語でアメリカンジョークをぶつけている様な形になり、案の定さっぱりウケないというシーンは、その光景としての可笑しみと国籍を越えて理解し合うことの難しさが凝縮されていて何とも複雑な気持ちになった。

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