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解放感、幸福感、孤独 #マティス 自由なフォルム展

マティスは昨年も見たので、どうしようかなと迷いつつ、行ったら非常に良かったので共有。
もちろん初マティス(?)としても楽しめるけど、個人的には去年の上野のマティスを見ている方こそより楽しめるのではないかと思いました。

去年のマティスは画家としての、いわゆる美術史上のマティス、を満喫することのできる展覧会で、今回はむしろそれ以外のマティス、画家としての括りからははみ出すマティスを堪能できる企画展の気がします。
メインビジュアルになっている「花と果実」をはじめ、マティスがここまで切り絵に注力していたということは恥ずかしながら去年のマティス展に行くまで全然知らなくて、今回そういう、絵画以外のものを集中的に見られたのもマティスへの解像度が上がって面白かったです。
マティスは画業以外にもいろいろと手を出しているイメージがもともとぼんやりとあったけれど、こうやって多岐にわたる制作物を実際に見ると、知識で知っているのとはまた全然違います。
彫刻、版画、切り絵、舞台装置、大型装飾、修道着含めた教会のトータルデザインなど、彼の手掛けるジャンルはなんとなく現代的です。新しいものが好きで好奇心の赴くままに着手したのかな、という軌跡が垣間見えるようで、見ていくだけで楽しい気持ちになっていきます。

以下、気に入った作品をいくつか。

アンリ・マティス≪マティス夫人の肖像≫

緑と赤という、結構強烈な色彩で塗られているのに、意外に現物のインパクトは少ない。作品としての圧はすごくあるのに、この色彩に違和感を感じさせないのが不思議な感覚でした。

アンリ・マティス《小さなピアニスト、青い服》1924年

作品に描きこまれているタペストリーが絵の横に展示してありました。
時々展覧会でこういう当時を共に過ごしたものに出会うと、作品と自分が地続きになっていること、作家と自分が時代を超えて同じ次元を生きているということを体感できるのが好きです。

《ポリネシア、海》1946年にグアッシュで塗装、裁断された紙に基づく


マティスの原案を元に制作されたタペストリー。
近くで見ると、単純に見えて実はタペストリー向きの図柄ではないような気もします。実際、このタペストリー作成前に再現が難しいという理由でボツになった下絵もあったとか。

アンリ・マティス《ダンス、灰色と青色と薔薇色のための習作》1935-1936年

切り絵って、単純ゆえに実はかなり難しいような気がします。
絵を描くときみたいに、ここにこれを置いて、こっちにはこれをこのくらいのサイズ感で配置したい、というようなイメージが、切り絵という絵具を直接塗るよりも一段階多い工程で思った通りにできるというのが、どうも私には制作過程のイメージがつきません。バランスのセンスゆえにそういうことができるのか、それとも切り抜かれたものを軸にしてそこから作品のバランスを考えて作っているのか、気になりました。

アンリ・マティス《花と果実》1952-1953年

今回のメインビジュアルになっている《花と果実》。
こうやって写真で見たときには関心をそそられなかったのですが、これが原寸大で目の前にあると全然違った見え方をするし、ビビッドな色彩なのに安らぐような気持ちになるのが不思議でした。
本展に合わせて復元が行われたということで、美術展を開くことの副次的な意義も感じられて良かったです。


「ヴァンスのロザリオ礼拝堂(内部空間の再現)」

去年のマティス展では映像でしか見られなかったロザリオ礼拝堂が原寸にて完全再現されていたのが、今回の個人的ハイライト。
今回はパスにしようかな、と思っていましたが、これのおかげで足を運ぶことを決めました。
もともと自分が教会が好きな人間ということもあると思いますが、これ、ほんとによかったです!
実際のロザリオ礼拝堂で撮影された24時間の光が3分に圧縮されて投影されていて、移り変わる光の色や礼拝堂の温度感が可能な限り再現されている気がしました。
インスタレーションに徹してしまうことなく、若干の教会の空気を残すことに成功していて驚きました。


今回のマティスを見ながら、思い出した情景があります。
高校三年生の時、大学受験の終盤の2月。すべての大学を受け終わった翌日、学校にも行かなくていい、家族も何をしていようが一切何も言わない、おそらく人生で初めての「なにもしなくていい」日が急にやってきました。茫漠たる感情で、嬉しいような、あまりに突然に開けた自由に何をしていいかわからなくなるような、本当に何も思いつかず、ソファーに転がって「無」を堪能したのを覚えています。
今回、のびのびと踊るようなマティスの作品たちを観ながら不意にその時のことを思い出しました。

マティスの作品からは、解放感と幸福感、そして少しの孤独を感じるような気がします。無限に開けた時間への幸福感と畏れ。それが私がマティスを見るときに感じる幸福へのキーワードかもしれません。

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