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人ならざるものを見出す踊り

会場に到着して案内されたのは舞台の上だった。踊りを観にきたのだが、客席を見る格好で席につき、公演『妣が国』は始まった。

目の前にかかるスクリーンに日本の各地にありそうな風景が映し出され、陸地から海へ、昼過ぎから夜へと移り変わっていく。夜の海に白装束をまとい面を被った者が現れ、青白いライトに照らされてゆらゆらと蠢きながら陸地へと上がってくる。

スクリーンが上がると客席から白い衣装をまとった四人のコロス(※)が登場する。波のうねりのように重なりあう低い声、細くて青白い照明が、客席を夜の海に変える。浮かび上がる四つの身体は、海の神の化身にも、大木のようにも見え、ゆっくりと繰り返される単調な動きが異界への扉を開く。

コロスが遠ざかると、後方から主演の最上和子さんが登場する。極限まで抑えた動きで一歩、一歩と進んでいく。舞踏の「歩き」は一歩で何万年もの経過を表すともいうが、それをまざまざと見せられた思いがした。研ぎ澄まされた指先は鳥のようで、その腕や骨盤は獣のようで、手捌きは人の所作ながらも爬虫類の脱皮のように衣装を脱ぎ捨てる。くるりと向きを変えると風に揺れる大木のようになり、長い年月を経て朽ち果てて新たな命が芽吹いていく。

終盤の踊りを観ていて、ふと冒頭の映像を思い起こした。静止画のようで、建物や公園の遊具などに動きはなかったが、草木が微かに揺れていた。照明は変わらず同じ景色の中、踊り手のみが微かに動いている。

踊り手が退場すると再びスクリーンに映像が映し出された。床に寝転ぶ人を見て、開演してからはじめて「人間」を見たように思った。舞踏のお稽古を終えたシーンだろう。感想を話しておやつを切り分けているところで少しずつ現実に引き戻され、映像が終わると終演となった。

舞台と客席という構造によって生まれる「見る/見られる」という関係性に疑問を呈しながら作品を作り続けている、最上和子さん・飯田将茂さんのコンビが劇場で公演を行うと知って、一体どんなことをやるのだろうととても楽しみにしていた。

会場の前後を逆にするというのは、2021年11月に開催された『もうひとつの眼/もうひとつの身体』でも行っていたが、今回はより深く意味づけられていたように思えた。舞台と客席の高低差は、陸地と海の高低差を物理的にも体感することができ、映像の海からコロスの海へ繋ぎ、無機質な劇場が太古の世界へと変容した。

そこに現れた最上さんは、人間であることを忘れさせる佇まいで、数十分という時間の中で動物に植物に大地そのものにと、時間の長短も空間の大小も構わず自在に変容していた。

人間の身体を通して、人ならざるものを見出す。

私が最上さんの踊りに、そしてこのプロジェクトに惹かれる理由は、ここが一番大きいのだと思う。踊りを観るというのは人間の身体を観ることであり、多くの踊りは踊り手の身体能力や表現力に重きがおかれるものだ。人間を表現することもあれば動物や植物や自然を表現することももちろんある。しかし最上さんの踊りを観るときは、その身体を観察して何かを見出すわけではなく、身体を媒介としてまったく別のものを見出している。そこに至るために、家から会場へと自分の身体を運び、空間に身を浸し、映像、コロス、舞台へと順に導かれて、また来た道を戻っていくという一連の流れが綿密に組み上げられている。自然を、異界を表現するのではなく、それぞれに見出させる。「見る/見られる」とはまったく違った関係性が確かに立ち上がっていた。

この公演が開催された12月4日、残念ながら現地に赴くことはできず、映像版を見て感じたことを書き留めた。映像でどこまで感じとるものがあるだろうかと、ささやかな期待で観はじめたところ、特にコロスを引きで撮っているシーンと最上さんの歩きのシーンでは想像以上に作品世界にのめり込んでいた。

その背景には、これまで見てきた映像作品『HIRUKO』『double』、公演『もうひとつの眼/もうひとつの身体』、そして私自身のわずかな舞踏体験が大きく影響しているだろう。それらの身体の記憶を引っ張り出してきたら、あたかも現地にいたような書き方になってしまった。部分的にはフィクションなのだけれど、自分にとってはこのほうが嘘がなかったのでそのままにした。

もちろん現地で見たかった思いは大きいが、身体がひとつであるということにはどう抗うこともできない。このチームは新たに「ユリシーズ」と名付けて試みを続けていくとのこと。船出を祝うと共に、私も観客としてひっそりと乗り込んだ。

※コロスとは古代ギリシャ劇の合唱隊からきている言葉で、演劇では登場人物と観客の橋渡しをするような役割を持つ

▼最上さんのワークショップに参加した日のことも書いてます

▼『もうひとつの眼/もうひとつの身体』で感じたこと


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