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No.6 『ゆだねられた福音の継承』

 前回は使途会議において初代教会が大転換の決定がなされたことについて、話をさせていただきました。それを踏まえてまた、パウロたちの伝道に注目していきたいと思います。一般に言われる第2回伝道旅行への出発となります。パウロは第1回で訪れて教会の基を据えた地域を再び訪れて励ましに行こうとバルナバに声をかけます。しかし、ここでひとつの問題が起こります。バルナバはマルコと呼ばれていたヨハネを連れて行こうとしますが、パウロは前回途中で帰ってしまった(使途言行録13:13)ような奴は連れて行かないと言い、バルナバと衝突します。ここでパウロとバルナバは別行動を取ることになりバルナバはキプロス島に向かい、パウロはシラスを連れて陸路でリストラ、イコニオンに向かいます。

陸路でアジアに向かう

バルナバはパウロの恩人とも言える人ですが、そのバルナバに遠慮なく主張するところは凄いと思ってしまいます。ただ、喧嘩別れをしたわけではなく以前もお話ししたように伝道のやり方の問題だったのだと考えます。マルコと呼ばれていたヨハネはマルコによる福音書の著者と考えられている人物ですからヘタレだった訳ではありません。結果的には2手に分かれて前回訪れた地域をフォローする形になったのでこれも神の計画だったのだと思います。2つの伝道グループはアンティオキアの教会から祈られて送り出されます。

■使途言行録15:36~40
パウロはバルナバに言った。「さあ、前に主の言葉を宣べ伝えたすべての町へもう一度行って兄弟たちを訪問し、どのようにしているかを見て来ようではないか。」バルナバは、マルコと呼ばれるヨハネも連れて行きたいと思った。しかしパウロは、前にパンフィリア州で自分たちから離れ、宣教に一緒に行かなかったような者は、連れて行くべきでないと考えた。そこで、意見が激しく衝突し、彼らはついに別行動をとるようになって、バルナバはマルコを連れてキプロス島へ向かって船出したが、一方、パウロはシラスを選び、兄弟たちから主の恵みにゆだねられて、出発した。

シラスという人物について聖書は詳しく記していませんが人望があり予言の賜物を持っていたとあります。(使途言行録15:32)パウロの直線的な伝道の同行者として打って付けだったのではないかと思います。
パウロとシラスは南ガリラヤ地方のリストラを再訪、テモテという人物を見出して伝道旅行に連れていくことにします。しかし、そこで不思議なことにパウロがテモテに割礼を授けたのです。

■使途言行録16:1~3
パウロは、デルベにもリストラにも行った。そこに、信者のユダヤ婦人の子で、ギリシア人を父親に持つ、テモテという弟子がいた。彼は、リストラとイコニオンの兄弟の間で評判の良い人であった。パウロは、このテモテを一緒に連れて行きたかったので、その地方に住むユダヤ人の手前、彼に割礼を授けた。

なんと、「ユダヤ人の手前、彼に割礼を授けた」とあります。パウロらしからぬ理由のような気がします。
ペテロがユダヤ人信仰者を気にするあまり異邦人を避けた時、パウロからその行動を非難されたことがあります。(ガリラヤの信徒への手紙2:11~12)そのパウロが少し前の使途会議で割礼は受ける必要はないという決定にも関わらず、ユダヤ人の手前、テモテに割礼を授けたのです。


【まとめ】


前にも書きましたがパウロはステファノの言葉、「心と耳に割礼を受けていない人たち」(使途言行録7:52~53)に大きく影響を受けたと思います。ですからユダヤ人が割礼を受けることの虚しさについては誰よりも知っていました。勿論、この部分は真理に反対するユダヤ人を気にするあまり割礼を授けたのではなく、ユダヤ人の救いのために割礼を授けたのですが、それだけではないのです。

この第2回伝道旅行はキリストの神学を形成する上で非常に重要だったと言えます。シラスは人の理解を得にくいパウロの行動について予言の賜物で神がパウロに行わせようとしていることを理解し、パウロにちょっと足りない人望をフォローしたのではないかと思われます。シラスはパウロと苦楽をともにしながら信仰の定着に努めます。
テモテはパウロの弟子のようになり、「信仰によるわたしの子」と呼びかけられています。テモテへの手紙は牧会書簡と呼ばれています。教会の牧会の仕方について書かれているといわれていますが、これは後代に便宜上、そういう区分になったのでしょうが、パウロがテモテに福音をゆだねている手紙であることがわかります。
ここでテモテがパウロから受け継いだのはパウロ的な考え方だったのではないかと私は思います。
先の使途会議の結果、教会はユダヤ人的な考え方から次第に離れていきます。ともすると、旧約聖書からも離れていってしまったかもしれない状況をしっかり繋ぎとめたのはパウロやテモテたちだったと私は思います。旧約聖書に精通して律法の重要性を正しく認識していたのはパウロでした。ですから、旧約聖書とこの後、まとめられていく新約聖書の根幹となる考え方を残していくことが非常に重要だったのです。そのためにパウロは自分と同じくテモテにも割礼を施したのだろうと私は思います。
キリストによって律法の古い契約の枷から解かれましたが、律法は正しく神の性質を示すものでもあります。初代教会の福音がブレないためにも律法に関する知識、正しい理解は必要だったのです。テモテはパウロと一緒、またはパウロに代わってパウロ書簡の一部を書いたという説がありますが、それも可能なくらいテモテはパウロに近かったのではないかと思われます。

もうひとつ、この伝道旅行で注目すべき点があります。
それは使途言行録の著者ルカ(一般にはルカがルカによる福音書、使途言行録の著者と考えられている)が伝道旅行に加わってパウロがローマに護送されるまで近くにいたということです。これにより新約聖書の形成に大きな影響を与える条件が整うことになったと考えられます。

■テモテへの手紙1:8~11
わたしたちは、律法は正しく用いるならば良いものであることを知っています。すなわち、次のことを知って用いれば良いものです。律法は、正しい者のために与えられているのではなく、不法な者や不従順な者、不信心な者や罪を犯す者、神を畏れぬ者や俗悪な者、父を殺す者や母を殺す者、人を殺す者、みだらな行いをする者、男色をする者、誘拐する者、偽りを言う者、偽証する者のために与えられ、そのほか、健全な教えに反することがあれば、そのために与えられているのです。今述べたことは、祝福に満ちた神の栄光の福音に一致しており、わたしはその福音をゆだねられています。

新約聖書が成立する前のこの時代にキリストに関する書簡は数多くあったと推測します。もし、旧約聖書との結びつきが失われたらキリストの教えは迷走したかもしれません。そのなかでパウロは正しい理解をする指針となりました。パウロはある種の変人だったと思いますが神が用意された助け人が福音を継承していったことにより、今、私たちの手元にこの新約聖書があるのです。

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