さよなら、おつがつい(12日目)

3歳の娘の言語能力がここしばらくすごい勢いで成長している。
今年の初めごろにはまだあまり会話が通じなかったのに、春ごろにはよく読み聞かせた絵本を開いたらとつぜん読み上げはじめ、最近は複雑な構文の文章がいきなり口から飛び出てきて驚くことも多い。

そんな娘が近ごろいちばん好きな絵本はせなけいこ著『おばけのてんぷら』で、毎日何回もくりかえし読んでいる。

主人公のうさこちゃんは食いしん坊かつ『らんま1/2』のムースに匹敵するレベルのド近眼の眼鏡っ子うさぎである。
てんぷらを作って食べまくっていたら、眼鏡を外した拍子にうっかり揚げてしまうし、そのせいでつまみ食いしにきたおばけにも気づかずに煮えたぎった油にぶちこみそうになったりする。
とてもゆかいな一冊である。

これを娘と音読しているときに、必ず引っかかる箇所があった。

うさこちゃんは、てんぷらを作るために買い物に行ったはいいが、そこで材料を買いまくっておこづかいをすべて使い切るという豪快な行動に出る。
だがうさこちゃんは「おこづかい みんなつかっちゃったけど まあ いいや。」とニコニコ家路について、心置きなくてんぷらをひたすら揚げまくるのである。
だいたいのことを「まあいいや」で済ますうさこちゃんのおおざっぱさが全編通して素晴らしいのだが、それは実際に読んでいただければありがたい。

それはともかく、娘はだいたいの言葉を正しく発音できるようになってきたのだが、ここを読むときだけ間違えた。
「おこづかい」とうまく言えなくて、いつも「おつがつい」になってしまうのである。

その舌ったらずな具合がたまらず、何度もその箇所を読んだり、「おこづかい、って言える?」と聞いては「おつがつい」と返ってくるのをかわいいかわいいと繰り返したりしていた。

でも子供の成長は早い。

ある日いつものように読み聞かせていたら、自分に続けて音読していた娘が、くだんの箇所ではっきりと「おこづかい」と言った。
自転車に初めて乗るみたいに、ひとたび把握するとその舌と唇の動きが運動神経に記録されるのか、そのあとはもう間違えることはなかった。
逆にこちらが読み聞かせるときに、わざと「おつがつい」と言ってみると、即座に「ちがうよ、おこづかいだよ」と訂正された。

こうして「おつがつい」はその短い一生を終えた。
子育てをしているとこういうことがたくさんある。
いろんな言葉やしぐさだとか、特定のおもちゃへの執着だとか、そのときの子供の出っ張った特徴めいた要素が、わずかな時間であっさりと消え去って更新されていく。
子供の中から失われ、次にさほどかからずに自分たち親の記憶からも消えていく。
更新スピードが早すぎて、気づけばすべてが上書きされてしまうのだ。本当にさくさくと。
子育てエッセイ漫画が世にあれほど溢れているのは、子供の旧バージョンのバックアップなのだと思う。

せっかく毎日書いているので、ここでもたまにそういうバックアップ兼お別れをしていこうかと考えている。

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