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地球をおんぶする

黒姫ヒーリング紀行⑥

地球をおんぶする


早いもので、森林セラピー的森歩きのリピーターになってから8年になります。いったい、どんなところに、こんなにも惹かれているのだろう。私の場合、答えは意外に単純なところにあったようです。

「自然の中でねころぶ気持ち良さを味わいたくて」

一言で言えばこれです。
季節によって、場所によって、隣でねころぶ人によって、感覚は微妙に変化します。その時自分が抱えている荷物(悩み)の重さによっても感じ方は大きく変わります。そんな気づきがさらに興味深いところです。

 振り返れば、様々なシチュエーションでねころんできました。

・夜明け前のシンと静まり返る野尻湖畔で、ご来光を待ちながら。

・モリアオガエルの鳴き声が聞こえる御鹿池(おじかいけ)のほとりで、キラキラにじむ雨の光を浴びながら。

・地震滝(ないのたき)の滝つぼの前で、耳を聾するとどろきとしぶきにまみれながら。

・黄葉したブナの森で、雨のしずくのささやきをポツッ、ポツッと顔に受けながら。

・アファンの森、サウンドシェルターの焚き火の横で、ハンモックに揺られながら。

・雪の森、かまくらの中で、おさなごたちが木のブランコや雪の滑り台ではしゃいでいる声を聞きながら。

自然の中で、森林メディカルトレーナーさんに見守られながら静かにねころんでいる時、私はかつてないほどの深いやすらぎを体感できました。そして閉じていた感覚が呼び覚まされるような驚きがありました。

なかでも印象に残ったねころび体験は、
ひとつは、真っ暗な森でねころんだ時。
もうひとつは、黒姫童話館の前の草原でねころんだ時のことです。

 昨年私は、黒姫童話館主催の童話実作入門教室に参加し、4月から7月まで、月に一度のペースで信濃町に通っていました。10月27日は『童話の雑誌 くろひめ29号』の完成と会員交流合評会の予定でした。教室の卒業式のようなものです。
ところが、「令和元年東日本台風」の災害により、合評会は見送りになってしまいました。
私は合評会の日程に合わせて、新月プロジェクトのツアーにも申し込んでありました。幸い、東京―長野間の北陸新幹線が復旧したので「森を感じる休日―焚き火のある森―」に参加することができたのです。

焚き火とナイトハイク


今回のメンバーは、童話実作入門教室で意気投合したムーンちゃん、リピーターのクロモジちゃんと私。トレーナーは森のおとうちゃんです。

1日目の夜、私達はペンションもぐの庭で、焚き火を囲みながら過ごしました。夜も更けて、雲の切れ間から星がまばたき始めたとき、おとうちゃんがナイトハイクを提案してくれました。

宿の庭を抜けて黒姫山を一望できるスキー場の斜面までは、何度も歩き慣れた雑木林の散歩道。ですが、新月の真っ暗な深夜に細道を歩くのは、妙にゾワゾワするものです。
スキー場の斜面でねころんでみたら、立っているよりも怖かったです。
でも、おとうちゃんが私達のそばに立って、さり気なく見張り番をしてくれているのに気づいてから、ふーっと体の力が抜けました。
すると背中が大きな温かい球体とつながった感覚がして。

<まるで私が地球をおんぶしているみたいだな…>

そんなふうにも感じられて、ちいさくつぶやくと、

「おー。なるほど」

おとうちゃんのいつもと変わらない穏やかな声が、頭上からおりてきました。

実は「地球をおんぶ」は私のオリジナルではなく、みつはしちかこ展のポスターで見かけたことばです。そのポスターには『小さな恋のものがたり』の主人公であるチッチとサリーが、満開のたんぽぽの丘の上でねそべっている絵が描かれていて

「チッチ、何してるの? 」

「…地球をおんぶしてるの。」

という2行のセリフだけが春色の空に浮かんでいます。チッチらしいなぁと記憶の片隅に残っていました。それを体感できて、素直に嬉しかったのです。

あ。いま、なにかが後ろを走ってった! キツネ? 

ムーンちゃんもクロモジちゃんもなぜかひそひそ声です。黒姫山の生き物たちが密やかに動き回っているような夜の出来事でした。

私の森林セラピーの原点

もうひとつのねころび体験は、8年前の春。私の森林セラピーの原点です。トレーナーのうさぎさんと出会えたこと、うたどりさんと共有できたこと、私自身の心境の変化、それらが絡み合って、忘れ難い記憶としてとりわけ印象に残っています。

その頃私は50代前半。「仕事と家族の時間」を走り続けた後にやっと手にした「じぶんの時間」を満喫するはず、でしたが…。だいぶ、燃え尽きていたのかも知れません。
溜め込んできた抑圧も手に負えないほどでした。これから先の自画像も、夫との穏やかな未来も、まったく思い描けない、そんな時期でした。

黒姫童話館の前の草原で、うさぎさんにいざなわれるまま裸足になりました。両腕を広げてうつぶした時、大地を抱きしめているような、大地から抱きしめられているような不思議な感覚になりました。

「こうしてると、こんな私でも、なんだか、地球に愛されてるって気がするよ…」

私は、思いついたまま、つぶやいていました。そんな恥ずかしいセリフを言っている自分が可笑しくて、なんだか愛おしくて、語尾が震えてかすれてしまったけれど。

耳の敏いうたどりさんはすぐに気づいて、

「そうだよぉ。みんなツムギちゃんのこと大好きなんだからッ」

って請け負ってくれたので、ぽろりとうれし涙がこぼれてしまったのでした。

「黒姫ヒーリング紀行①」で私は、この旅が人生のターニングポイントになったと書きました。自分を見つめ直すための…自分を大切に思えるようになるための…家族関係の再構築のためのきっかけになったと思えたからです。そしてその予感は、私を明るく広い場所へと、少しずつ導いてくれることとなりました。

昨年の童話実作入門教室で、私は亡くなった母のことを書きました。
母と娘が、夜明け前のかわたれ時に再会するファンタジーです。信州の大地とひとのエネルギーをもらえたからこそ、生まれた物語だと思っています。

この歳月が私には必要だった。
あってよかった。
全身ずぶ濡れた時もあったけれど、あれもぜんぶ恵みの雨だったのだ。
そんな手応えを、いま、私は感じています。

 『あけのほし』の読者の皆様、発行に携わってくださる皆様。私の拙い旅行記もこれが最終回です。伝えたい気持ちに筆力が追いつかず、毎回が産みの苦しみでした。そのぶん、完成した音声データをダウンロードする瞬間が、望外の喜びでした。温もりのある肉声で読んでいただけることはとても嬉しく、書く励みとなりました。

1年間の連載におつきあいくださいましてどうもありがとうございました。

 

ツムギ 61歳・女性。旅と本と、美味しいものが好きな整体師。
整体師歴5年

(ロゴス点字図書館 月刊点字雑誌『あけのほし』2020年9月号掲載

#創作室

#かわたれの灯り


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