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明日も青き踏むために

明日も青き踏むために

兼題「青き踏む」


「青き踏む」は春の季語。“春に新しく芽生えた青草を踏みながら野山に遊ぶこと。旧3月3日に行われていた中国の風習に由来する”(歳時記より)

眠れない夜なんとなく見ていたYouTube。
「わかるなぁ…」と共感し、励まされた俳句がありました。

手術の決断あしたも青き踏む為に (矢的)

それは、「夏井いつきの一句一遊」「家藤正人の一句一遊虎の巻」というふたつのラジオ番組で紹介しきれなかった投稿句を取り上げる「やのひろみチャンネル」。
兼題「青き踏む」の回(2022.4/23)で紹介された一句。

スカッと晴れ渡る夏空のようなパーソナリティ・やのひろみさんと、俳人でレギュラーの家藤正人さん。おふたりの掛け合いが絶妙なのです。俳句の鑑賞をしつつ、まなざしは俳句の向こうにある「人生」を見つめ、温かく寄り添っておられる。

この句は、病気の息子さんを思う父親の心情。治療にはリスクがつきものだから、選択は間違ってなかっただろうかと悩み、不安に押しつぶされそうになりながらも、我が子の生命力を信じている。精一杯の勇気振り絞ってしっかと前を向いている…そんな強い思いが伝わってきます。

ひろみ「ぼちぼちですよ。ぼちぼちでいいんですよ」
正人「だいじにいこ」

コメントの締めくくりに、そっとさりげなく発せられたおふたりの声は、まるで自分にかけてもらえた励ましのようにも感じられて、うるうる涙目になってしまいました。やっかいな局面にいる今の自分と重ね合わせてしまったからです。

2度目のがん告知と再発

私も近々「明日も青きを踏むため」の治療を始めます。
左の腎臓にできた4cmの腫瘍(おそらく原発の腎がん)は、ロボット支援術による部分切除手術。体力が回復したら、左胸と左脇リンパに見つかった再発乳がんの抗がん剤治療。効果が出て取り切れるようなら再手術、というのが今のところの治療方針です。

他臓器への転移は見つかっていませんが、初期治療から2年で再発というスピードを考えると楽観はできません。腎機能と心機能に元々のリスクもありますし、私の体力が持つか持たないかはやってみないとわかりません。けれど、まだ諦めてしまう段階でもない…のかな?

だいじょうぶ。私には信頼できる医療者と、相談できる家族と、寄り添ってくれる友がいる。とても恵まれているのだから…。
だから、ぼちぼち、目の前のやれることに取り組もうと思うのです。

巨大なる獣の背中

「青き踏む」の俳句からもう一つ連想したのは、親友の里枝子さんの短歌です。

巨大なる獣の背中行くごとし素足に春の芝生を踏めば (広沢里枝子)

どんな時にできた一首なのかご本人にお聞きしましたので、引用させてもらいます。

「一面芝生の広い公園を歩くと、足裏からは、チクチクするけれど、みずみずしくて、
陽光に温められた春の芝の感触が伝わってきました。そこをゆるやかに上ったり下ったりしているうちに、この感触は何かに似ていると感じたのです。そして、気づいたの!ああ、ジャスミンの背中みたい!って。毎日ジャスミンに触ってブラシをかけているからね。
この獣の背中は、なんて広くて気持ちがいいんだろう!と思いながら歩き続けるうちに、ふっと「巨大なる獣の背中」という言葉がおりてきたの。
足の裏から生きる喜びを感じていた私。そして、何十年も獣(盲導犬)と生きてきた私だから詠めた歌だなあって自分でも感じて、とっても気に入りました。この歌だけは、他の誰にも詠めない歌だと感じています。
大怪我のあと、最初に信毎歌壇に入選したのもこの短歌です。
私はもう二度と、ジャスミンと一緒に自分の足で歩くことはできないかもしれないと不安でいっぱいだったから…。ああ、それでもこの歌を残せてよかった!生きててよかった!と心から思いました。」

ところで、私がこの歌の元歌を初めて聞いたのは、2022年の4月です。入院先のベッドでまだ身動きが取れない状態の里枝子さんと、LINEで交信していた時でした。音声入力なので、漢字変換が誤作動することがよくありまして「ごとし」は「5年」に。「踏めば」は「食えば」になっていたものですから…

巨大なる獣の背中を行く5年春の芝生を裸足で食えば

という謎めいた歌になっていました。それを見て私は、
「わぁ! 恐竜に5年も乗って裸足で芝生を食べるのかぁ。壮大だなぁ」
と感心して「こんなに愉快な空想ができるなら大丈夫だ」と安心した記憶があります。

このエピソードは、昨年(2022年)11月23日に開催した「瞽女唄バースデーライブ&カフェ 私達24歳になるんだっけ?」の中でも披露しました。
互いに病床にあった頃の辛い記憶と復活の喜びを、共通の友人たちの前で、笑顔で報告できました。
里枝子さんの生きようとする力。私のトンチンカンな思い込み。会いたい人たちと再会できた奇跡。この短歌ひとつで、そういう諸々の記憶が映像のように鮮やかに思い起こされるのです。そしてその映像はどれも、晴れやかな春野の色合いなのです。

去年はいろいろと活気のある喜びの多い1年間でしたが、「七夕の旅」に始まり「リレーエッセイ集」の完成を経て「瞽女唄バースデーライブ&カフェ」開催までの一連の出来事は、私にとって格別に幸せなことでした。
充実感と達成感を何度も味わいました。しかもそれを友人たちと共有できたのですから。そんな精神的な喜びはなかなか得られることではありません。

ヒカリノツブヤキ

さて、いよいよ明後日1月17日は、武田明美さんの箏ソロライブ「ヒカリノツブヤキ vol.2」を開催します。
ウェルカムフラワーはかすみそうの花束。花言葉は「幸福・感謝」。それはいま、私から皆さんに伝えたい気持ちです。
武田さんも前回にも増して張り切ってくれています。ノユーク・チャイのこじんまりした空間で、親密でハートフルなライブになることでしょう。

張り切って準備していますが、やはり心の底の方には一抹の淋しさが隠しきれません。
「これが最後のイベントになるかもしれない…」
体操の指導をお願いしているイケコさんにポロリと本音を漏らしたら
「さいごじゃないですよ〜。私のライブがまだやってないですから」
って、おっしゃる。

「そうですね!やらせてください、ぜひ!!深く深く潜っていくイケコさんを目の当たりにしたいです」と無責任にも、無鉄砲なお返事をしていました。里枝子さんの無鉄砲が伝染したのかも知れません。
そういうわけで、復活イベントは、イケコさんのパフォーマンスライブに決定です。そのときはぜひ、復活した私に会いに来てください!

               「もらとりあむ 52号 2023 冬草」掲載

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