死の川と命の川

パフムという農夫がいた。土地がなく貧しく暮らしていた彼はある日、お金を借りて土地を購入した。幸い豊作になり、パフムは借りたお金を全て返し、地主となった。しかし自分の土地だけで満足できず、他にも多くの土地を買い入れた。そしてある商人から大きくて良い土地を持っている部族の話を聞くようになる。その部族を訪ねていったパフムは、部族長から一つの提案を受ける。

パフムが1日の間で歩んでいき、戻って来れるだけの土地を安い値段で売ってくれるというのだ。ただ、日が暮れるまでに出発地まで戻って来れなければお金は没収され、土地も手に入れることができないと言う。言葉通り、踏んだ地は自分のものにできるという提案だった。

これに対してパフムは、目の前に広がる肥沃な土地に魅惑され、降り注ぐ日差しを浴びながら脱水状態になっても歩き続けた。そして太陽が傾くのを見て急いで出発地に向かって飛んで帰った。しかし到着するやいなや、すぐに倒れて死んでしまった。

ロシアの大文豪トルストイの『人にとってどれだけ多くの土地が必要か』という短編の主要内容だ。 聖書にもヨルダン川を渡ったヨシュアに、神様は「あながた踏んだ地は、永遠にあなたとあなたの子孫の嗣業としよう」という約束をしている。それはカナンの地を許可した神様の約束を信じてヨルダン川を渡ってきたヨシュアとユダヤ人たちに与える贈り物だった。

それだけヨルダン川は多くの象徴性を持つ。預言者エリヤもヨルダン川を渡って天にのぼっていった。だから「ヨルダン川を渡った」いう言葉は、天国に行ったという意味で使われることもあって、一般的な死を表す言葉としても使われたりする。死を表す多様な表現のうち「川を渡った」という表現もある。

これは「三途の川」という、この世とあの世を区分する境界から出てきた言葉だ。古代人は三途の川を渡ると、あの世に到着したからこの世に帰って来ることができないと信じた。それほど古代社会で水を渡ることは容易なことではなかった。

また、古代人は空の天の川が川の水だと考えた。織姫と彦星も天の川を渡らなければ会えない。エジプト人はナイル川が空の天の川のようなものだと考えた。だからナイル川を渡ることは、この世からあの世の世界に渡ると考えて、ピラミッドの中に船を造ってミイラと一緒に保管した。

ギリシャ神話にもレテ(Lethe)の川がある。レテの川は、死んだ人が死の神ハーデスが支配するところに行く時に渡って行かなければならない五つの川の一つだ。しかし死んだ人がレテの川の水を飲むと、過去の記憶をすべて忘れてしまう。それでレテの川は「忘却の川」とも呼ばれる。時にはレテとその語源が同じアレセイア(aletheia)が「真実」を意味するので、レテは記憶をなくすという意味の他にも、真実を隠すという意味に拡大されたりもする。

この他にも「川を渡る」いう言葉が持つ意味は多様だ。一例としては、イタリア北東部に流れるルビコン川が挙げられる。この川はローマ共和政末期、イタリアとその属州のガリアの境界だった。この川が有名になったのは、紀元前49年ガリアにいたカエサルが軍を解散してローマに戻ってこいという元老院に対抗して「サイコロは投げられた」と叫びながら、この川を渡ってからのことだ。その後「ルビコン川を渡った」いう表現は、「取り返しの付かないほど進行した状況」を示す意味で広く使われている。

それだけではない。東洋の周易にも利渉大川という卦が出ている。これは「大きな川を渡れば利する」という意味だ。つまり大きな川を渡るということは、相当な危険を犯さなければならないという意味だ。一度大きな苦労をしてこそ、事を成就させられるという暗示が隠れている。まさに人生の危機が川を渡ることだったのだ。

これらの例えを通して見ると「川を渡る」という表現は、死、忘却、取り返しのつかない変化、人生の節目など、多様な意味が含まれている。しかし根本的にはすべて「次元の変化」を意味する言葉だ。川を渡ることが、根本的に異なる次元に進入することを象徴するのである。

冒頭に述べたトルストイの短編『人にとってどれだけ多くの土地が必要か』の最後を見ると、トルストイはこの作品のタイトルが投げかける質問に答えている。「パフムの働き手は、シャベルを持って主人が横たわる墓を頭からつま先まで180センチぴったりの長さで掘って彼を葬った」

土地という物質に目的を置いて欲張ったパフムの悲惨な末路である。多分パフムは土地を手に入れたいという欲で、大胆に川を渡ったのだ。しかしその川が三途の川となり、レテの川となってしまった。だから死の川ではなく、命の川を渡って、永遠な霊的な土地を得たるために、大胆に行なえるようになりたい。大胆さはお金が必要なわけではなく、根本は脳と考えから起きる。 真理を分かり、希望がある時、大胆になることができるからだ。

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