楽屋で、幕の内。|『運のいい男』Oct.27
書くことに取り憑かれた人が作品を闘わせる『ブンゲイファイトクラブ』( #ブンゲイファイトクラブ2 )に今秋初参加しました。そして予選で見事に落選したので(笑)、その作品を『楽屋で、幕の内』で晒させてください。晒すにあたり少し改稿しました。規定は原稿用紙6枚以内。(以下、作品)
『運のいい男』
カラン、カラン~という金属製のベルの乾いた音に、法被姿の男の枯れた声が重なった。
「出ました~!1等賞。ほうら、赤い玉」
男は指先で玉を掴むと、頭上に高々とあげた。福引に並んでいた2、3組の客は少しだけ残念そうな声をあげた。地方の町によくある小さな商店街で、空き店舗を利用した歳末抽選会が催されていた。
田畑が住宅地になり、大型ショッピングセンターが建設され始めたのは十年ほど前のことで、この町にも新しい住人がやってきていた。
「わ、当たっちゃったよ。ときどきしか来ないのになんか悪いなあ」
ツイード生地のジャケットの男は頭を掻きながらいった。彼ら夫婦も数年前に近くの新興住宅地に越してきた組だ。一等賞は年が明けてから使える商品券と七福神の熊手で、男はやや照れながら妻に手渡した。
「ほら、言ったでしょう。あなたはついてるのよ。運のいい男なんだから」
私がガラポンを回さなくてよかったと妻はいいながら、法被の男にちらりと目をやったあと、夫の腕に手を回して去っていった。
昨日の同じ時間のことだ。この場所で女は法被の男と話していた。
「無理はわかっているんですけど、明日、これを使ってもらえませんか」
女はガラポンを両手に抱えていた。
「そんなの聞いたことないですよ。それに商店街の催しなんです。公正にしなくちゃまずいですから」
「そのときだけでいいんです。夫が回すときだけで。賞品はあとで返しにきます。なんなら商店街のみなさんに、私が一軒ずつお願いに行きます」
男は首をひねりながらテントの奥に引っ込むと、老人を伴って再び出てきた。
「事情は聞きました。誰に危害をあたえるわけじゃないし、町の人たちあっての商店街です。明日、人が少ない今ぐらいの時間に来てください」
女は抱きしめていたガラボンを手渡した。いなくなったあと調べると、中は全部一等賞の赤の玉だった。
夫婦は商店街を抜けて神社へ参拝し、仲見世の茶店で一服することにした。香ばしいあん餅と緑茶でひと息つけるこの店は、二人の散歩コースだった。
「お待たせしました」
お茶子が小さな黒塗りの盆を運んできた。それを受け取ると同時に、女は少し腰を上げ、さりげなく湯のみをのぞいた。
「ねぇ、あなたあそこの新聞、とってくださる?」
男が背中を見せたのを確認し、女は二つの湯のみをさっと入れ替えた。新聞を手にした男は椅子に座って、
「お、茶柱が立ってる。本当だ、なんか今日はツイてるぞ」と機嫌よくいった。
「私の勘って昔から当たるんだから」
「でも運がいいなんて言って、犬のフンでも踏んだら大変だな」といったところで話は終わり、会計へと立った。
レジにはこの店の看板娘といったふうのばあちゃんが座っていた。伝票に目をやって、
「はい、888円。縁起がいい末広がりの八!」
二人は顔を見合わせて笑い、店を後にした。
しばらくして家に帰り着くと、玄関のたたきの隅には出番を待つボストンバッグがあった。ポストに来ていた郵便物を手に妻はいった。
「あなた、みて。今度はちょっと前に出してた懸賞が当たっちゃった」
夫は妻を見るとつとめて優しく「本当だね」といった。
空気が変わったことに女は気づき、押し黙ると、男は息を大きく吐きながらいった。
「もう、あとは医師にまかせるしかないよ」
妻は当選ハガキを握りしめた。
「今日は運のいい男にしてくれてありがとう。大丈夫、僕は君と一緒になれただけで、十分に運のいい男だよ」
妻は涙を落とさないよう、歯を食いしばった。熊手の鈴がチリンとなった。
(終わり)
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