ある春の日のTUBE

※全ては事実無根

先日、スーパーに用向きがあり立ち寄りましたところ、TUBEのボーカルらしき方がレジに立っておりました。こんな片田舎のスーパーのレジにまさかTUBEのボーカルが居るはずがないと最初は思いましたが、その顔は何度見直してもやはりTUBEのボーカルにしか見えななかったのです。ならば生きているうち、気づかぬうちに溜まっていた疲れが原因かしらと、頬をピシャリと叩いて曇りなき眼で彼をもう一度見据えて見ましたが、やはりそこにいるのはTUBEのボーカルに間違いありませんでした。いやでもしかしありえない。だってTUBEと言ったらあのTUBEです。夏の間に彼の歌を聞かない年はないと言っても過言ではないのですから。……ここでふと、私は1つの恐るべき仮説を思いついてしまいました。もし彼がTUBEのボーカルではなく、ただ顔立ちが似ているだけの別人だったら。早く私の番になってほしい。そうして「エコバッグはお持ちですか」と聞かれるより先に「TUBEのボーカルですか」と尋ねたい。食い気味に聞きたい。なにしろ私が「TUBEのボーカルですか」と聞き、彼が「よく分かりましたね、私がTUBEのボーカルです」と私の目を見て答えるまでは、彼が本当にTUBEのボーカルかどうかはわからないのだから。いわば今の彼はシュレディンガーのTUBEのボーカルと言ったところです。私が我慢の限界を超え、思わずその質問を口にするまで、彼はTUBEのボーカルでもそのそっくりさんでも無い、可能性の存在なのです。ああ、一刻も早く彼がTUBEのボーカルかどうかを聞きたい。聞いてしまいたい。聞いて、楽になりたい。だってこんなの、生殺しじゃありませんか。一見して彼はTUBEのボーカルのように見えるけれども、本当に彼がTUBEのボーカルかどうかは、彼の申告でしか明らかにならないのですから。

そうして。
永遠にも思えるような前のお客さんの会計がようやく終わり、私はレジへと足を進めました。彼は前のお客さんと同じような声色で、私に話しかけようとしました。
しましたが、しかし私の方が——疾い。
「覚悟」が出来ている分、0.3秒ほど、私の方が。
そしてその0.3秒は、そのまま優位性を伴って。
彼に。
降り注ぐ——!!

「いらっしゃいませ。エコバ『あの!!』ッ!?」

初手を塞ぐ。
瞬間、世界が停止する。
人々の話し声はわずかな時間、平和なスーパーに不釣り合いなほど大きな声にたじろぐ。
それでいい。私が追撃するまで、この世よ、黙れ。
店内に流れるBGMだけが、かえって存在感を主張する。チープな音の並びが私を苛立たせる。思ったより大きな声が出てしまって思わず目線を落とす。
……が。
まだだ。まだ私の『口撃』は終わってなどいない。
何より。
下など向いていては。
その顔が、もしかしたらTUBEのボーカルかもしれない顔が。
——見えないだろうが!!

『もしかして、TUB「そうですよ」Eのボー…え?』

そうなのかよ。

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