天空の鍵  Himmelsschlüssel (ヒンメルス・シュリュッセル)

 Der Himmelをちょっと詩的に「天空」と訳した。即物的に「空」とも訳せる。鍵が、der Schlüsselであり、この二つの名詞の間にあるs字は、二つの単語をつなげる役目を負う。いわば、助詞の「の」である。

 この数日前から庭や道端などに咲き出している、春を告げる早咲きの雑草がある。それが、この「天空の鍵」である。別名が、「鍵の花」である。この黄色い花を付ける雑草の、とりわけ茎が根本からすーっと伸びてから、その茎を90度に曲げるようにして付くいくつかの花の形が、鍵に似ていることから、或いは、その全体をいくつもの鍵が付いた鍵束と見立てるところから、このような名が付いたのである。

 J. S. バッハの『ヨハネス受難曲』の第二部19番、バスのアリオーゾ(朗唱よりメロディアスだが、アリアより簡単な構成の楽曲)で次のような箇所がある。イエスの頭に被せられた茨の冠の上に、「天空の鍵の花」が咲いているの見え、イエスの痛みの中にも希望が感じられる。そんなアンビバレントな心情が歌いだされる個所である。ここでは、「天空の鍵」と「鍵の花」の二つの名前が合成されて、使われている。

 キリスト教の聖人には必ずその聖人を象徴する持物(じぶつ)がある。鍵を持物とする聖人は聖(ザンクト)ペーターである。一説によると、天国への鍵を預けられたザンクト・ペーターがうっかりして鍵束を地上に落としてしまい、その落ちた所に「鍵の花」が咲いたという。

 「天空の鍵」は、学名は、Primula veris、和名が、キバナノクリンザクラである。和名は漢字で書いた方がよりイメージが湧く。「黄花九輪桜」である。Primulaの和名が、サクラソウで、そこから「桜」の命名となる。

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