「超過懸垂委任」 Das Überhang-mandat (ダス ユーバーハング・マンダート)

 「委任」と訳した部分は、das Mandat に当たり、これは中性名詞である。この名詞は、もともとは、裁判用語、ゆえにローマ法の伝統から来ている言葉で、ある人が弁護士に裁判における事項を委任・依頼した時、この委任・依頼のことをdas Mandat(アクセントは音節daに掛かる)といい、その男性依頼者をder Mandant、女性依頼者をdie Mandantinと呼ぶ。

 一方、Überhangであるが、これは、もともと、動詞 überhängenと関係がある。この動詞もさらには、über とhängenとが結ばれてできた複合動詞である。ドイツ語には、よくこのケースの複合動詞があり、hängenという動詞に、ここでは本来は前置詞であったüberを結び付けて、hängenという動詞にさらに特別の意味が付加されるようになるのである。

 前置詞überは、「~を越えて、~以上」などの意味があり、例えば、über 21とドイツ語で書くと、「21以上」の意である。ü音は、ウムラウトuで、カタカナ書きでは「ユ」となるが、出来るだけ唇を、キスをするように丸めて「イー」と、ここでは、長音として発音する。

 動詞hängenは、他動詞として「掛ける、垂らす」の意味があり、自動詞としては、「掛かっている、垂れ下がっている」という意味の不規則動詞である。この不規則動詞hängenの過去分詞形が、gehangen(「掛かった、垂れさがった」の意)となり、ge- と -enの間にある部分が、“hang” で、これが名詞der Hangにつながって、「斜面、懸垂」の意味を持つ。これに「~を越えて」の意味のüberを複合させると、名詞der Überhangとなり、「上からぶら下がったもの、上から羽織るもの」の意味を持つ。

 この名詞にさらにMandatの名詞を複合させて、das Überhangmandatとなり、これを直訳して、「超過懸垂委任」としたが、さて、これは何を意味するか?ウィキペディアでは、「超過議席」と訳されているが、これは、ドイツの連邦議会der Bundestagの選挙の際に登場する言葉である。(ブンデス・タークについては、筆者の2021年10月31日付けの、同名の投稿をご覧あれ!)

 「議席」という言葉自体には、別のドイツ語があり、Mandatとは、国民からの委託を受けた者という意味がここに込められていることをここでは重く見たい。それが、「議員」なのである。

 では、「超過懸垂」で委託された議席とは何なのか。これについては、これからドイツの選挙制度について語らなければならない。

 ドイツの連邦議会選挙は、日本と同様、直接選挙と比例選挙を両用していて、その選挙区においてある候補者を選ぶ第一票と、各州で政党を選ぶ第二票の二票がある。ちなみに、縦に長く、場合によっては、1メートル近くもある投票用紙には、左側に候補者名が、右側に政党名が書いてあり、該当部分の丸印に、X印を書き入れる。日本人にとっては、X印とは「駄目」の意味があるので、何となく違和感が拭えないのは、仕方がない。

 ドイツ全国の小選挙区の総数は、299区で、それと同数の比例代表数があるので、連邦議会は、とりあえず、合計で598議席あることになる。ここで、「とりあえず」と言っていることに注意したい。

 日本では、小選挙区制と比例代表制を連動させない、いわゆる、小選挙区比例代表「並立」制であるが、ドイツでは、小選挙区制を取り入れながら、比例代表制に基本を置く、いわゆる、小選挙区比例代表「併用」制である。つまり、第二票での、各政党の得票率に最重点が置かれる訳である。

 それでは、今回の、2021年9月26日に行われた、第20回次連邦議会のための選挙を例に取ってみよう。

 ドイツ連邦の現在の人口は、約8300万人である。そのうちの人口比率の12,7%(2020年現在)が、ドイツ国籍を持たない、それ以外の国籍を持ったままドイツに居住している住民である。ゆえに、この人たちを連邦議会選挙から除いた(地方レベルの選挙では所によって別)、しかし、選挙民以外の18歳以下の人口も入れた人口数で598議席がまず全連邦に配分される。

 例えば、例に、南西ドイツ、フランス領アルザス県とライン川を挟んで向かい側にある州Baden-Württemberg(バーデン・ヴュrルテンベrルク)州に配分される議席数は、598議席X人口比で、77議席となる。(大体12万人に1議席の割合である。)

 前回の選挙での第一票では、バーデン・ヴュルテンベルク州の38ある小選挙区中、CDU(ツェー・デー・ウー:キリスト教民主ユニオン)の候補者が、第一位で33選挙区で勝利し、SPD(エス・ペー・デー:ドイツ社会民主党)の候補者と「緑の党」の候補者が、それぞれ、1選挙区、4選挙区で競り勝った。(ドイツの今回の選挙では、北部ドイツでSPDが比較的強く、南西部、南部、つまりバイエルン州で、CDUとその姉妹党のCSUキリスト教社会ユニオンが、東部ドイツでは、「自らの身を切る」新自由主義政策を掲げる右翼ポピュリズム政党AfD「ドイツのための選択肢」が強い。)

 バーデン・ヴュルテンベルク州における第二票では、

CDUが、24,8%、

SPDが、21,6%、

緑の党が、17,2%、

FDP(エフ・デー・ペー:自由民主党)が、15,3%、

AfDが、9,6%、

Linke(リンケ:左翼党)が、3,3%を

それぞれ獲得しており、このパーセンテージで、本来同州に割り当てられている議席数77議席を配分すると、

CDUが、21議席、

SPDが、18議席、

緑の党が、14議席、

FDPが、13議席、

AfDが、8議席、

Linkeが、3議席

となる。

 この議席配分を小選挙区での勝敗数と換算すると、SPDと緑の党は、比例代表制での配分数を、勝った小選挙区の当選者数と相殺できる可能性があるが、CDUは、本来21議席のところ、小選挙区で33議席も獲得しており、差額の12議席分を無効とすることは、当該の州の民意に背くことになるので、これはできない。こうしてできる過剰・超過の議席を、ドイツ語では、Überhangmandat、複数形:Überhangmandateと呼ぶのである。上から被さった蔓系の植物が崖っぷちから垂れさがっているイメージが、このÜberhangなのである。

 しかし、これをこのままで通すと、小選挙区戦で強い、つまり全国に政党組織を持つ、いわゆる、「足腰の強い」政党に有利であり、比例代表制の本来の目的である、民意をできるだけ得票率配分において反映させる比例代表選挙制度の目的に反する。

 2013年までは、それでも以上のような選挙方法で議席配分が決めらていたのであるが、ドイツの連邦憲法裁判所で(日本にもこういう司法制度があると、行政機関の一部である内閣法制局の「お世話」になる必要がない)、これまでのやり方が憲法違反であると判断されたことにより、選挙制度が改正されて、Überhangmandateは認めるとして、それで「壊された」比例代表制における得票比率を補正するAusgleichsmandate(アウスグライヒス・マンダーテ:均衡補正委任議席)を各党に配分することが決められたのである。

 こうして、連邦全州からはじき出された、Übergangmandateは、21年の選挙では、全政党で34議席で、全体で632議席となり、これを、さらに連邦全体の各政党の第二票の得票率数と換算していくと、全政党で104議席ものAusgleichsmandateを配分しなければならないことになった。

 つまり、第20回ブンデス・タークは、総議席736議席(デンマーク系少数派の1議席を含む)という大所帯になったのである。という訳で、今回のブンデス・タークは、本来、598議席のところ、154議席増の736議席となり、世界の民主主義国家中、最多の議員数を保持していると言う。(州レベルには、再度、落として計算し直して、その州レベルでのAusgleichsmandate数を計算する。この計算によると、バーデン・ヴュルテンベルク州は今回102名の議員数が配分された。)

 以上、長々と説明してきたが、さて、このようなドイツの選挙制度はいいものなのか。欠点は明々白々で、連邦議会が膨張してしまうことである。これによりまた、議会運営経費もまた上昇する。しかし、民主主義の原点を考えるなら、比例代表制の、国民の投票行動をできるだけ議席数に忠実に反映することもまた、無視できない原則ではないか。この両点のジレンマを、この10月26日に選挙後初めて開催された連邦議会で選出された、第一党SPD出身の女性議会議長は、是非解きたいと早くも抱負を語っている。

 ちなみに、日本で先日行われた第49回衆議院総選挙における、比例代表制部分での自由民主党の得票率は、総務省の統計資料によると、34,7%であった。仮に、ドイツと同じく、小選挙区数と比例代表数を同じくして、単純に衆議院議員総数を578として、計算してみると、自民党が201議席となり、今回の確定した、自民党の獲得議席262と比較すると、61議席少ないことになる。さて、このことをどう考量すべきか。

 次回の投稿では、第20回次ブンデス・タークについて、さらに各論、詳論を書いてみたい。

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