信号連立政権 [その4]  Ampelkoalition (アンペル・コアリツィオン) [その4]

 Ampelkoalition「信号連立政権」については今日で4回目の投稿となる。前回分の1から3までは、筆者の2021年3月19日と11月30日、そして12月21日の同名の投稿を読まれたい。今日は、前回予告した通り、この12月8日に成立した、連邦レベル初の「信号連立政権」の内閣の顔ぶれ、そして新政権の政策のポイントについて書こうと思う。

 新内閣の陣容についてまず目に付くことは、連邦首相のOlaf Scholzオーラフ・ショルツを除くと、16人の連邦大臣がおり、その男女比が8対8であるということである。ショルツ首相は、首相候補となった早い段階から男女の均等配分を目指すと公約していた。故に、この人員の配分は公約を実行するものであったが、新内閣組閣時にこれだけ女性大臣の比率が高いのは、北欧までとは行かないが、ある程度男女平等化が進んでいるドイツでも戦後初めてのことである。

 この「均等配分」をドイツ語で、die Parität(ディー パrリテート)という。変音ウムラウトä音は、「エ」と日本風に発音して、まず大丈夫である。さて、この言葉は、もともとはラテン語から来ていて、「平等、同じ強さ」の意味である。そして、この言葉が政治の場面で使われる時には、例えば、委員会の構成において、多数派、少数派の観点で委員を配分するのではなく、各党派、各グループの代表を均等に配分し、多数派の「横暴」を避ける、あるいは、少数派の立場を尊重する、という観点に立つことを意味する。ゆえに、男女同権という観点に立ってParitätを実行すれば、16の大臣の椅子を男女で半々に均等に分けるということになる。政党の党首においても、SPD、緑の党については、党首が一人ではなく、二人であり、それぞれ男女1名ずつが共同党首となっているし、左翼党においては、現時点では女性二人が党首となっている。

 次に、内閣構成員の平均年齢であるが、今回は50,4歳で、前回のメルケル政権が成立した2018年と較べると、僅かではあるが、0,8歳若返った。今回の内閣で一番平均年齢を上げたのが、ショルツ首相自身で、63歳である。最年少が、緑の党の女性党首で、今回連邦首相候補だったA. Baeabockベアボックで、彼女が40歳、同様に緑の党の出身で、同い年、しかも同じ日に誕生日である「家族」省の女性大臣A. Spiegelシュピーゲルである。(二人とも誕生日が12月15日なので、12月下旬に入った現在は41歳となっている。)という訳で、内閣の年齢構成は、40歳代が6人、50歳代が10人、60歳代が1人ということになる。

 出身地ということで見てみると、とりわけ注目されたのが、東西比である。メルケル政権では、メルケル女史自身が東ドイツ出身なので、他の大臣がどれだけ旧東ドイツ出身なのかは、それ程問題にされなかったが、今回は、首相が西ドイツ出なので、この東西比が気になるところであった。新内閣では、首相も入れて17人中の二人だけが東ドイツ出身なので、この比率としては、また、旧東ドイツでは、右翼ポピュリズム反対政党であるAfD(「ドイツのための選択肢」;一部ネオ・ナチ)が強いこともあって、問題である。同様に、CDUと共に今までの政権党であった、バイエルン州の地方・中道右派政党CSU(キリスト教社会同盟)が、現連邦政府に一人も閣僚が出せないことから、この経済力の強い州から誰一人も閣僚が入っていないことも、問題であると言えば言えるであろう。つまり、今回の内閣は、出身地から言うと、北西ドイツに偏った人事であると言える。

 では、信号連立政権内閣内部での各政党間の比率を述べると、16の大臣中、7人がSPD、5人が緑の党、4人がFDPである。これは、もちろん、議会選挙における比例代表制の部分での得票率に対応する振り分けである。ここでは、Paritätを効かせる訳にはいかない。でなければ、選挙民の意志の反映にはならないからである。

 しかし、今回の組閣で新しいのは、本来第二党である緑の党が、大臣中最重要の「大蔵大臣」(あえて、「財務大臣」とは言わない。なぜなら、「金融」も管轄しているからである。)を出すところであったものが、連立政権内第三党のFDPが、今回大蔵大臣を出している点である。FDP党首のChr. Lindnerリントナーが大蔵大臣になった代わり、その分として、緑の党の男性党首R. Habeckハーベックが、副首相となり、また、大蔵大臣の席を退いて、「経済」大臣ともなった。しかも、この省に今内閣では、「気候保護」の管轄を付け加えた点も目新しい点である。日本と異なって、「経産省」の下に「環境省」が事実上置かれるのではなく、ドイツ経済を気候保護、環境保護の最優先課題に合わせて、「変換」していくことを意図しているのである。この経済「変換」の、今政権のキーワードが、Transformation(トrランスフォrルマツィオーン)である。

 さらなる連邦省庁の陣容であるが、まず、前政権と較べると、全体で15省であったものが、16省と一つ省が増えた。その一つ増えた省が、建設省である。社会の貧困格差是正という点でも、また、中間層保護という点でも、新内閣は、現在の家賃の急上昇に対抗政策を打ち出すべく、年間40万個の住宅を建設し、その内の25%を社会住宅に当てて、家賃を社会市場的に制御しようという構えなのである。この住宅政策は、SPDが今回の選挙で公約に上げた一点で、同様に、最低賃金をこれまでの9,60 ユーロから12ユーロ(!)に引き上げる政策も、粛々と実行に移すことになっている。「労働・福祉」省は、前政権から引き継いで、SPDの有能な大臣が現政権の大臣となっている。(日本の「厚労省」との重点の置き方の違いに注意したい。「健康大臣」には、コロナ禍でもあり、流行疫病学専門の大学教授が就任している。)

 さらに、防衛大臣はSPDの女性大臣、上述の緑の党のベアボックが外務大臣、さらに、内務大臣(戦後の日本と異なり、ドイツにはこの省がある)が、これまた、SPDの女性大臣と、今内閣では、外憂・内憂の安全保障は、すべて女性大臣の手に握られているという具合である。ローマ帝国時代の「三頭政治」になぞらえて「女性三頭政治」と呼ばれている、この陣容は、防衛大臣は既に2013年以来3回連続で女性大臣であり、外務・内務大臣は、今回の人事を以って、それぞれ戦後ドイツ史上初めての女性大臣であるという目新しさである。

 ベアボック外務大臣は、任命の翌日の12月9日に早速パリに向かい、さらには、EU委員会の所在地ブリュッセル経由でポーランドに表敬訪問をするという忙しさであるが、ドイツは、今度の22年1月からG7の議長国でもあり、国際外交に環境保護とフェミニズムの「タッチ」を加えたいと張り切っているようである。また、新内務大臣は、右翼、とりわけ、AfDの一部を構成する人種差別主義者、ネオ・ナチの取締りが最重要課題と、その抱負を既に明らかにしている。

 今政権のスローガンが、緑の党が加わっていることから明らかなように、「環境保護」が最優先であることは言うまでもない。まず、ドイツ経済の変換Transformationのために緑の党のハーベック大臣の下に「経済・気候保護」省という、スーパー連邦省が置かれ、「環境」省を緑の党左派の女性大臣が取り仕切るのは、当然の人事であるが、これに、メルケル政権下で環境大臣であったSPD女性政治家が、「経済協力と発展」省の大臣として、発展途上国との経済協力を担当することの意味は大きい。対外経済協力を環境保護の観点から読み替えていこうという意図が明らかである。さらに、「農業経済省」も、緑の党の下に置かれたが、この省の大臣は、もともとトルコから来た移民労働者の息子であり、そのような移民の経歴を背景に持つ人間が連邦内閣に席を置くことになったのも戦後初めてのことである。彼は、緑の党の元党首で、今回は地元の選挙区で40%の票を得て、「緑の党の直接選挙の王」と言われている。(因みに、IT技術を導入した、有機農業経営を中核とした、ミクロ経済的な地域経済循環こそが、第六世代の「産業革命」であると、筆者は密かに考えている。)

 環境保護政策という、今内閣のモットーからすれば、緑の党が交通省を取れなかったことは、その路線の一貫性という点からすれば、片手落ちではあるが、連立政権である限り、そこは妥協が必要であり、今回は、交通大臣はFDPが手に入れた。併せて、インフラ整備という観点から、この省に「デジタル化」の管轄が与えられて、FDPは、「技術革新による環境保護」路線を貫いたと言える。この点が、両党での重点の置き方は違えども、緑の党とFDPが妥協を結べた、今政権の三つ目のスローガンである。

 脱原発はドイツの既定方針であり、後戻りは、社会的同意が得られる可能性がない中、この選択はありえない。(今年末までに、つまりあと約一週間で、原子力発電3基が、来年末には最後の3基が停止されることになっている。)脱炭素化は、世界の潮流であり、ドイツは、可能であれば、早ければ2030年、遅くとも2038年までにはニュートラル化を達成する意志である。この意味で、ドイツは、この二重のエネルギー転換を遂げて、これまでの産業構造をTransformationする、新しい時代の技術大国を目指していると言える。さて、今は「世界の」Toyotaしかない日本が、このTransformationへの「バス」に乗り遅れてはいないか、危機感を募らせているのは、筆者だけではあるまい。

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