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(41)レンズ1本を完全解剖する・前編

 交換レンズの企画、設計から、そして研磨、組み立て、さまざまな検査を経て完成するまでの様子を順を追って、以下のよう3回にわたって解説をした。

 ①レンズを設計する
    ━━ 新型レンズの企画、設計、試作まで

 ②レンズを研磨し加工する
    ━━ レンズを研磨して加工、仕上げまで

 ③レンズを組み立てる
    ━━ レンズの組み立て、調整、完成まで


 そこで、今回(前編)次回(後編)の2回にわけて、レンズ組み立てとは逆ルートで、順を追いながら1本の製品レンズの「分解=解剖」をしながら、レンズの細部を眺めてみることにしたい。

 1本のレンズにどんな部品が使われ、どのように組み上げられているか、部品点数はどれくらいあるのか、などを「レンズ解剖」の様子を見て、現在のレンズの精密さの一端でも理解してもらえればと思う。

 なお、このレンズ解剖の様子は2014年末に「デジタルカメラマガジン」で掲載した記事を大幅に加筆修正したものだ。取材は八王子にあるオリンパス・石川事業所でおこなった。今のOMデジタルソリューションズとして独立する少し前のころである。

 「解剖」するレンズはOMシステム(取材時はオリンパスイメージング)に全面協力をしていただき「M.ZUIKO DIGITAL ED 12~40mmF2.8 PRO」を〝解剖台〟に載せることにした。現在、このズームレンズは「II」となりマイナーチェンジされて〝新しく〟なったが、基本的な仕様も機構も構造も、外観デザインもほとんど変わっていない。

(図-A)

 レンズの分解解剖をするにあたっては、12~40mmの鏡枠(機構)設計を担当された光学開発部の安富 暁さんと、光学設計を担当された木股宏彦さんの手を煩わせた。加えてオブザーバーとして光学開発部部長の加藤茂さんに立ち会っていただいた。ここであらためてお礼と感謝をしたい。なお、所属と肩書きは取材当時のものである。

 12~40mmレンズは、マイクロフォーサーズ用の最高級「Proシリーズ」初となるズームレンズである。9群14枚構成のレンズ群に、DSA(大偏肉の両面非球面)レンズ、EDA(低分散ガラスの両面非球面)レンズ、HR(高屈折)レンズ、HD(高屈折高分散)レンズなどの最新の特殊レンズをたくさん使用している。高解像力と小型化を両立させ、優れた操作性、防塵防滴、耐低温などの特長を備えているのも特長のひとつ。レンズ内部の構造は ━━ 以下の「レンズの解剖」写真を見ていただければおわかりになると思うが ━━ きわめて精密かつ複雑で、当時のオリンパスのレンズ設計と製造技術の粋を集めたともいえる。

M.ZUIKO DIGITAL ED 12~40mmF2.8 PRO レンズについて

 レンズの解剖を始める前に、まず12~40mmズームレンズの外観と操作部名称を見ておきたい。(図-A)を参照。

(図-B)

 M.ZUIKO DIGITAL ED 12~40mmF2.8 PROレンズは、レンズ全長が焦点距離約16mmのときにもっとも短くなる。広角端12mmで少し伸びて、望遠端40mmのときにもっとも長くなる。
 (図-B)のイラスト図の上が広角側にズーミングしてレンズが短くなった状態、図の下は望遠側にズーミングしてレンズ全長がいちばん長くなった状態である。5つのレンズユニットがわかりやすいように色づけしてあるので、それを見ればズーミングしたときのユニットの移動の様子がわかると思う。

(図-C)

(図-C)は12~40mmズームのカットモデルとレンズ構成イラスト図である。カットモデルの写真とイラスト図を見比べてもらえば、レンズ構成の配置などがよくわかる。
 レンズは9群14枚構成で、①~⑭(赤文字)が使用されているレンズの位置を示している。「①ー②」、「④ー⑤」、「⑨ー⑩」、「⑪ー⑫」、「⑬ー⑭」の5カ所はレンズ貼り合わせ部である。
 ユニット~ユニット(青文字)はレンズ枠に固定された部分で、ピント合わせやズーミングのときにユニットごとに移動または固定されたままになる。ユニット⑪ー⑫)の部分はフォーカスレンズ群で、AF/MFでピント合わせをしたときに前後移動する。

 以下、レンズ解剖の解説のときに、これら(図-A)(図-B)(図-C)を参照してもらえると、よりわかりやすくなると思う。
 あわせてイラスト図の下部には特殊ガラスレンズの位置と名称を示してある。それぞれのレンズ略称の意味は以下に。

 HD ー 高屈折率高分散ガラス(High Refractive index & Dispersion)
 DSA ー 大偏肉厚両面非球面レンズ(DuaI Super Aspherical)
 Aspheric ー 非球面レンズ(Aspherical)
 DEー 特殊低分散ガラス(Extra-low Dispersion)
 EDA ー 特殊低分散非球面レンズ(Extra-Iow Dispersion Aspheric)
 HR ー 高屈折レンズ(High Refractive index)

レンズの「解剖」を始める・前編

 では、さっそく「レンズの解剖」を始める。解剖の様子は順を追って並べてある。それぞれの解剖手順や内容は写真に添えたコメント文を読んでもらいたい。

(01)ー(02)

(01) このコンパクトな「M.ZUIKO DIGITAL ED 12~40mmF2.8 PRO」ズームレンズを分解解剖することに。今回レンズを解剖してしまうと再び組み立てはしないで(不可能なため)、モッタイナイがそのまま廃棄処分に。
(02) レンズ解剖のために用意した道具は、おもにプラスドライバーとピンセットのたった2つ(ここには写っていないが、ただ1カ所だけ、はんだされた部分をはずすために「電気ゴテ」と接着剤で固定された部分をはずすために溶剤を使った)。

1.レンズマウント内径のプラスチックカバーをはずす

(03)ー(04)

(03)(04)
 レンズ解剖の「第一刀」はレンズ後部のマウント部にある電気接点周りのプラスチックカバーをはずすことから始める。プラカバーをはずしてもカメラボディとの通信用電子接点部はそのまま。

2.レンズマウントをはずす

(05)ー(06)

(05)(06)
 次にレンズマウントをはずす。マウントは4本のネジで固定されている。マウント部が少しでも歪んだり傾いたり、ガタついたりしてしまうと正しいピントは得られず片ボケしてしまう。
 マウントの固定ネジの数はメーカーやレンズの種類によって異なる。3本から5本で固定しているのが一般的で、OMデジタルの場合4本留めが多い。むろんマウント形状は各レンズとも共通だが、一部、レンズ後部の構造の違いでマウントの裏面形状が異なるものもある。

3.レンズマウント外周部の防塵防滴防止ゴムをはずす

(07)ー(08)

(07)(08)
 レンズマウントは真鍮金属からの削り出しのあと、メッキ処理。レンズでもっとも頑丈なところだが、とてもデリケートな部分でもある。製品状態の外観からは見えないがマウントの外周部には、防塵防滴用の特殊ゴムリングが巻き付けられている。この後もレンズ解剖するにしたがって、あちこちに防塵防滴対策がほどこされた部分が出てくる。レンズだけでなくOMデジタルのカメラも、レンズも防塵防滴には徹底的にこだわっている。

4.調整ワッシャや、アース線をはずす

(09)ー(10)

(09)
 レンズマウントを固定するネジ部には、フランジバックなどを微調整するための調整ワッシャ(調整シム)が4カ所ある(矢印)。レンズ組み立て作業の後半、レンズマウントを固定するときに厚みの異なる小さなワッシャから最適なものを選んで光軸の傾きの微修正をおこなう。1/100mm単位の「厚み」の異なるワッシャが数種類用意され、レンズ個別のMTF検査データに基づいて4カ所それぞれに最適なワッシャを選んでセットする。
(10)
 レンズマウントをはずすとその裏側に円形のハード電子基板がある。電子基板にはAFや絞りなど、レンズの動作を集中制御する頭脳部が集中配置されている。金属のレンズ外装部で発生する静電気を逃がすため、ハード電子基板の横からアース線が出ている(矢印)。静電気は基板上のCPUなどに悪影響を与える。静電気を受けても基板が壊れることはほとんどないそうだが、カメラ動作が中断したり、設定がリセットされたりすることがあるという。

5.円形の電子ハード基板をはずす

(11)ー(12)

(11)
 ハード基板やフレキシブル基板のCPU制御ソフトの設計や開発は電子設計部門が担当するが、それぞれの基板の形状設計は鏡枠設計者がおこなう。ハード基板にはカメラボディとレンズとの情報のための電子接点が11カ所ある。
(12)
 ハード基板はレンズ内部から出てきたフレキシブル基板のいくつかと繋がっている。フレキシブル基板は人間でいえば脊髄の神経束のようなものか。フレキシブル基板とハード基板の接合部ではんだ接続された部分が1カ所だけある。そこをはずすために基板を裏返してから、ハンダごてを使って取り外す。

6.後カバーをはずす

(13)ー(14)

(13)
 マウント部と「ズ ー ムリング」の中間にある「後カバー(金属製)」を外す。(図-A)を参照。後カバーとズームリングの合わせ部分には防塵防滴用の特殊ゴムリングが巻かれている(ブルーのリング)。こうした防水ゴムは一つ一つ手作業で組み立て時にセットするという。防塵防滴用のゴムリングはセットする場所を間違わないように色分けされている。こうしたゴムリングの「ゴム材」は材質を指定して特別注文したものを使っている。
(14)
後カバ ー は金属製のため静電気を逃すためのア ー ス線がある。基板の横から出ていたのがこのア ー ス線で金属製のレンズマウント部に繋げられている。

7.ズームリングをはずす

(15)ー(16)

(15)
 ズームリングの外周部はアルミ金属製。(図-A)を参照。ズームリングの内側はプラスチック材で、空気抜きのための穴が多数ある。防塵防滴仕様のレンズはズーミングしたときに、レンズ内部の空気圧の変化により操作性が阻害される。それを防いでスムーズな動きを確保するためのもの。
(16)
 ズームリング内側の穴は、空気圧による操作感を損なわないように空気だけを通し水は通さない機構になっている。この穴の裏側にはそうした働きをする特殊素材(ゴアテックスのようなもの)が貼り付けてある。

8.外装ユニットをはずす

(17)ー(18)

(17)
 レンズ固定枠から外装ユニットをはずす。外装ユニットにはAF/MF切り替え機構を内蔵したフォーカスリング、MF時にピント合わせした位置情報を検出するためのエンコーダなどが見える。
(18)
 金属製のフォーカスリングからも静電気を逃すためのアース線や、レンズの根元部分にあるファンクション(L-Fn)ボタンのためのスイッチ部とフレキシブル基板などなどが組み込まれている。このレンズ内枠は射出成型で作られた樹脂製。ここにも防塵防滴用のブルーの特殊ゴムリングがある。

9.フォーカスリング(ピントリング)をはずす

(19)ー(20)

(19)(20)
 12~40mmレンズではフォーカスリングを前後スライドすることでAF/MFがワンタッチで切替できる。リングを手前側に引くとMFモードに、レンズ先端部にスライドするとAFモードになる。切り替え操作のためのバネやスライドスイッチ、MF時にピントリングを回転してピント合わせするためのリングギアなどの複雑な機構が内蔵されている。ピントリング操作部にも防塵防滴用のブルーのゴムリングが巻き付けられている。

   ━━ 後編につづく ━━

 「レンズの解剖」はまだまだつづくが、ここでいったん前半ひと区切りとして、そのつづきは後半の

「(42)レンズを解剖する・後編」


のほうに移ってご覧いただきたい。電子制御絞り機構や手ぶれ補正機構を取りはずして「解剖」などする。


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